●漠然とした不安
間引き運転の通勤電車は今日も満員でしたが、待たされても混んでいても誰も文句を言わず、サラリーマンやOLが黙々と職場に通っています。職場では1日中FMラジオを聴いていますが、番組のパーソナリティが殊更に「元気に」とか「明るく」を連発しています。聴いていると、かえって暗い気持ちになります。まあ、東京は全体的に重苦しい沈黙に覆われているような気がします。あえて最悪の事態を考えないようにしているのでしょう。不安を持つ人々は、精一杯自制心を働かせて、日常生活を維持しているのでしょう。
昨日明らかになった千葉県八千代市の浄水場の汚染隠しに代表されるように、政府もお役所も全ての情報をリアルタイムで公開する気は全く無いようです。私たちは、何が不安だと言って、情報を全て得られないことがいちばん不安なのです。買い占め、買いだめをするな…と言っても、政府やお役所が八千代市のような情報隠しをやっている限り、絶対に無理です。基準値以下であっても福島県や茨城県、千葉県産の野菜を全く食べない人が多いことを「風評被害」だといって怒る人がいますが、見当違いです。実は汚染されているのにそれを発表していない、意図的に全ての産地の土壌や野菜を検査していない…と誰もが疑心暗鬼になっているから、安全を見越して食べないだけのことです。
食品から検出される放射能の安全基準値、水道水の安全基準値を、原発事故後に1桁書き換えたことを、今や誰もが知っています。政府がこんなデタラメをやっているから、誰も野菜を食べなくなるし、メネラルウォーターを買い占めたりするのです。
また、常にネットで情報を収集し、移動中もスマートフォンを離さず、twitterをはじめとするソーシャルメディアを駆使して有益な情報を交換している「情報強者」なんて、実はホンの一握りの人間の話です。年配者を中心にネット環境とは無縁の人間もたくさんいるし、若くて携帯電話やスマートフォンを所有してSNSで遊んでいる人であっても、実は「情報弱者」の方が多いことは誰でも知っている通りです。社会階層という言い方が差別的だと非難を受けるのならば、「情報社会階層」なるものが存在することは、まったく周知の事実です。その情報社会階層で低いところに位置する人間、すなわち「情報リテラシーが低い人間」が、実は社会の大半を占めているのが現実です。そういった階層に属する人たちが、水やトイレットペーパー、ガソリンなどを買い占めすることを、情報リテラシーが高い人間、または自分で高いと思っている人間が、上から目線で批判しているのをTwitter上などで見かけると、ムカつきます。情報リテラシーが低い上に、政府やお役所からまともな情報を得られなければ、不安になって自己防衛の行動に走るのは当然です。
実際のところ、いくら放射能を不安に思ったところで、東京脱出なんて大半の人にとっては不可能です。いや東京どころか、福島原発から50km~60km圏に住む100万人以上の人々だって、大半が自主避難なんてできないでしょう。仕事のこともあるし、子供の学校のこともある、何よりもお金の問題があります。住んでいる場所から長期間離脱できる人は、よほどお金に余裕がある人か、住む場所に関係なく仕事ができる「高いスキルを持つ自由業」「特殊技能を持つ人」ぐらいでしょう。世間の90%以上の人は、住む場所を簡単に離れることはできません。
さて、原発の事態は深刻です。専門家も全く先が見えない状態です。大量の放射性物質が大規模に拡散する破局的な事態が起こるのか起こらないのか、どうすれば事態が収拾へ向かうのか、また事態の収拾に何年かかるのか、誰もわからないのが現実です。今回の事故とその後の経緯は、人類が初めて経験するものです。
例え破局的な事態を回避できたとしても、当面の間、少なくとも数ヶ月以上は「放射能ダダ漏れ」状態が続きます。ダダ漏れ状態が年単位で続くかもしれません。いくら「直ちに健康に影響が無い」とはいえ、累積して浴びる放射線の量は、今後も徐々に増えていくのです。被災地の近くだけでなく、関東一円に済む数千万人の人々の間で、不安感は今後さらに増幅していくでしょう。外出や遊びを控える人が増える中、経営的に立ち行かなく飲食店や、倒産する中小企業も増加するでしょう。被災地でなくとも、収入が減る人、収入が途絶える人がどんどん多くなってくるでしょう。景気後退もあって、将来の生活に対する不安感は、今後日本中に広く蔓延するはずです。
今はまだ、震災からあまり間が無い時期でもあり、震災の被災者を思いやる気持ちも強いので、誰もが黙々と日々の不安に耐えて生活しています。停電に文句を言う人もほとんどいません。
しかし、震災から日が経つにつれて、震災のショックも薄らぎ、さらに避難所などに暮らす悲惨な被災者の状況も、多くの人にとって「日常のニュース」と感じるようになってくるでしょう。そうなった時が怖いのです。この東京を覆っている重苦しい不安感が、どのような形で放出されるのか、非常に気になります。
原発が破局的な事態を迎える以前に、社会不安から何かが起こる…、私はそんな恐れを抱いています。既に被災地での犯罪の多発が報告されていますが、東京を含む関東圏の治安も、今後悪化するかもしれません。
そして私は、こうした心配が杞憂で終わることを、心底望んでいます。