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2009年11月30日

●真夜中に聴きたい50曲 (14)

(14)Bob DylanOne More Cup of Coffee」(ボブ・ディラン:コーヒーをもう一杯)

 「Desire(欲望)」はディランのアルバムの中で最高のセールスを記録していますし、その「Desire」に収録された「One More Cup of Coffee」は、「風に吹かれて」や「時代は変る」「ライク・ア・ローリング・ストーン」などメッセージ性が高い初期の数々の名曲を除けば、彼の作品の中では最もよく知られている曲の1つでもあります。アルバムは日本でもけっこう売れましたし、「One More Cup of Coffee」もよくラジオでかかってました。

 むろん、まだ大学紛争の余波が多少は残る1970年代に高校生活を送った私ですから、初期のディランの曲には強い思い入れがあるし、中学生の頃に初めて手にしたギターで「風に吹かれて」や「ミスター・タンブリンマン」などを唄った世代でもあります。しかし、メッセージとしてディランの曲、ディランの歩んだ道に深い興味を持つのとは別に、シンプルに「音楽」「楽曲」としてディランを聴いてみれば、アル・クーパー、マイク・ブルームフィールドらが参加した「追憶のハイウェイ61」とともに、この「Desire」というアルバムに非常に大きな魅力を感じるのは私だけではないでしょう。

 ところで、「Desire」の中では、他に「One More Cup of Coffee」以外にもう1曲「Mozambique」が好きなのですが、いずれの曲も言わずと知れたエミルー・ハリスのコーラスつきです。まあ、エミルー・ハリスが大好きなことは何度も書いていますし、前回書いたグラム・パーソンズを読んで頂ければわかるとおり、私はエミルー・ハリスというシンガーは、彼女自身が非常に優れたシンガーであると同時に、競演することによって他のシンガーのよい部分を引き出す力を持っている…と強く感じるのです。そして、この「One More Cup of Coffee」という曲、ひいては「Desire」というアルバムは、エミルー・ハリスの透明感がある歌声とスカーレット・リヴェラが弾くエキゾチックなバイオリンが、ディランのメッセージ性の強い声と歌詞を適度に中和し、結果的に異なる要素と音が複雑に調和したとても心地よいアルバムに仕上がってるのだと感じています。

 まあ勝手なことを書きましたが、やっぱりディランのアルバムを聴くとなると、初期のアルバムを聴くことの方が圧倒的に多いのも事実。初期の曲で好きな曲と言えば、例えば「Positively 4th Street」などで、これを真夜中に1人で聴いていると少し感傷的になっている自分がいます。

2009年11月27日

●真夜中に聴きたい50曲 (13)

(13)Gram ParsonsLove Hurts」(グラム・パーソンズ:ラブ・ハーツ)

 グラム・パーソンズのソロ2枚目のアルバム「Grievous Angel」から、あの名曲「Love Hurts」です。「Love Hurts」という曲は多くのミュージシャンが歌っており、曲自体は特に名曲だとも思わないのですが、このグラム・パーソンズとエミルー・ハリスがデュエットで歌う「Love Hurts」は、間違いなく永遠の名曲です。

 個人的に言えば、グラム・パーソンズについて語りだすと、いくら単語を費やしても語り尽くせない程の思い入れがあります(普段は誰にも語りませんけど…)。一般的には「カントリーロックの始祖」といった形容詞がつけられることが多い彼ですが、私はグラム・パーソンズの音楽は、「カントリーロック」などというジャンルで簡単に括られるようなものだとは思っていません。私が好きな「アメリカの音楽」、本来の意味での「ルーツ・ロック」そのものを具現化した音楽であり、そんな理屈抜きに、聴いていると非常に心地よい音楽なのです。

 グラム・パーソンズというミュージシャンについて熱く語る人の多くは、彼の死後に自分が好きな何らかの音楽ジャンルの系統を辿っていくことで「結果的に彼に辿りついた」という後追いの形で知る人が多いのですが、かく言う私も同じです。高校時代にザ・バーズがけっこう好きだった私は、「ロデオの恋人」をよく聴き、ザ・バーズのメンバーとしてのグラム・パーソンズの名前は知っていました。しかし、1974年に彼がLAのモーテルで酒とドラッグの過剰摂取で死んだことも知らなかったし(棺桶が盗まれて遺体が砂漠の真ん中で焼かれるというミステリアスな話)、その後クリス・ヒルマン(前に取り上げたSTEPHEN STILLSのアルバム「MANASSAS」にも参加しています)らと共にフライング・ブリトー・ブラザース(The Flying Burrito Brothers:イーグルスを途中で脱退するバーニー・リードンも参加していました。またアル・パーキンスも参加しています)というバンドを作ったことも、さらに脱退後に2枚のソロアルバムを出したことも知りませんでした。1970年代の終わり頃、東京で働きながら、結婚もして少し生活が落ち着いてきて、休日ごとにバイクで走り回る中、いろいろな音楽雑誌を読んだりレコードを買ったりする中で、グラム・パーソンズの死の経緯と彼がその後のロックシーンに与えた影響を知ったわけです。

 しかし、その後1980年代、90年代、そして現代に至るまで、グラム・パーソンズは、音楽シーンでさほど大きく話題になるミュージシャンではありませんでした。しかし、この80年代以降の時期に私は、彼が最初にニューヨークで結成したバンド、International Submarine Band(ここにもバーニー・リードンがいました)時代のアルバムから、The Flying Burrito Brothers時代の名盤「黄金の城」(The Gilded Palace of Sin)とそれに続くセカンドアルバム、そしてソロになってからの「GP」「Grievous Angel」など、入手可能な彼の音源の全てを入手して聴き続け、心地よいサウンドと甘い彼の声に、もうどっぷりはまって抜け出せなくなった次第です。
 それにしても、その後のウェストコースト・ロック(こんなジャンル分けはヘンかも)の流れを見るにつけ、グラム・パーソンズの影響がいかに大きいかがわかりますし、このあたりの詳しい経緯は、私以外の人がたくさん書いています。

 今回取り上げた「Love Hurts」は、事実上彼自身が発掘した新人女性シンガーであり当時公然たる愛人でもあったエミルー・ハリスとの情感溢れるデュエットが何とも言えず心をくすぐります。
 前に私はエミルー・ハリスのアルバム「Wrecking ball」に衝撃を受けたと書きましたが、この「Wrecking ball」以前は、彼女はグラム・パーソンズの影響から全く抜けきれていなかったわけです。いや、影響どころか、グラム・パーソンズの敷いたレールの上を走ってきたのがエミルー・ハリスという歌手の実体だったのでしょう。しかしラノワがプロデュースした「Wrecking ball」によって、初めて彼女は「グラム・パーソンズの呪縛」から逃れることができ、一皮むけた…と、個人的に思った次第です。

 さて、グラム・パーソンズ、エミルー・ハリスという大好きな2人に対する思い入れを除いて純粋にグラム・パーソンズの曲から選ぶのなら、「Love Hurts」以外にもっとよい曲がたくさんあります。特に私が好きなのはThe Flying Burrito Brothers時代の曲で、アルバムThe Gilded Palace of Sinの中の「Dark End of the Street」などは今でも必ず月に数回は聴くほど、愛聴しています。

2009年11月20日

●カニ島で遊ぶ

 先週は出張で1週間ほどバンコクに滞在していました。滞在中は多忙で、目新しい場所にはどこにも行けませんでしたが、行きつけのイサーン料理レストラン、クルア・ロムマイで絶品のガイヤーンとコームーヤーンを食べられたのが唯一の収穫です。

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 ところで、ほんの1ヶ月前、10月中旬にも海外に出かけていました。もっともこちらは遊びですが、3連休を利用して友人とマレーシアに行きました。1ヶ月も前の話ですが、ちょっと面白い話なので、経緯を書いておきます。

 今年の夏頃にたまたま池袋で友人5人でトルコ料理を食べながらワインをガブ飲みしていた時、突然、みんなでどこか海外へ美味しいものを食べに行こうという話になりました。誰かが「カニを食べたい」と言い出し、別の誰かから「そういえばマレーシアに、カニ料理で有名なカニ島というのがある」という話が出て、飲んだ勢いでその「カニ島(ケタム島)」へ行くことに決めたわけです。ちなみにこのカニ島、マレー語では「プラウ・ケタム」と言い、プラウは島、ケタムはカニの意です。
 みな多忙なので、連休を利用できる近場に限定されるのですが、ケタム島はクアラルンプールから電車で1時間、船で30分という行程で行けるので、これなら3日間の連休利用でもOKです。というわけで、顔ぶれは男3人、女2人の計5人。連休の前後の休日の取り方も違うし、皆旅行慣れしており現地までの行き方も好みが分かれるので、結局ケタム島へ行く日だけを決めて、その前日にクアラルンプールで現地集合という話になりました。ケタム島へ行く日は10月11日の日曜日。打ち合わせを兼ねた現地集合日は10月10日、夜7時30分にブキッ・ビンタン近くの有名な屋台街、アロー通りの「Jalan Alor」の大きな看板標識の前で…ということに決めました。
 関空発の前日夜行便を利用してバンコク経由で来た1名と当日マレーシア航空でやってきた4名は、無事アロー通りで合流し、屋台メシを食べながら翌日の日程を確認しました。

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 10月11日、午前11時にモノレールのブキッ・ビンタン駅に集合、まずはセントラル駅に向かいます。セントラル駅でKTMコミューターに乗り換え、終点のポートクランに向かいました。マレー半島の西海岸へ向かうローカル線に揺られて、約1時間でポートクランに到着。駅前のフェリー乗り場が工事中で300mほど移動したところにある船着場からケタム島行きのフェリーに乗り、中国人ばかりの乗客に混じって約40分で、マラッカ海峡に面したマングローブの島、ケタム島に到着しました。

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 ケタム島の桟橋から10分ほど歩くと、小規模なレストラン街があり、適当な店に落ち着いて、片っ端からカニ料理を注文、タイガービールを飲みながら2時間ほどカニ(日本のワタリガニに近い)やいろいろなシーフードを食べまくりました。勘定は5人で250リンギット程度、1人当たり50リンギット(1400円程度)でお腹いっぱいです。

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 そのまま夕方クアラルンプールに戻り、夜は有名なハッカ(客家)レストランで、皆でスティームボート(タイスキのような鍋料理)を囲みます。またしてもお腹いっぱいになるまで食べて飲んで、その日は終了。翌日は先に帰った1名を除く4名で早い時間から飲みまくり、翌12日の便で帰国しました。

 ただ、マレーシアに食べに行っただけの短い旅行でしたが、それぞれ勝手なスケジュールで現地集合の気楽な行程で、かなり面白く過ごせました。費用も飛行機代、宿泊費、食費等全部混みで1人当たり7万円程度に収まる安さ。マレーシアは何度も訪れていますが、ケタム島は初めてだったこともあり、近場ながら非常に興味深い旅行でもありました。

2009年11月19日

●真夜中に聴きたい50曲 (12)

(12)Al Kooper&Stephen Stills&Mike BloomfieldAlbert's Shuffle」(アル・クーパー&スティーヴン・スティルス&マイク・ブルームフィールド:アルバートのシャッフル)

 アル・クーパー、スティーヴン・スティルス、マイク・ブルームフィールドと言えば、あの名アルバム「Super Session」です。このアルバムの素晴らしさやセッションの経緯などについては、多くの人が語っているので、私が個人的に付け加えることもありません。

 さて、「Albert's Shuffle」はリマスター盤で聴くべきです(現在はリマスター盤しか購入できないと思いますが…)。リマスター盤には2002年にリミックスされた「Albert's Shuffle」が、ボーナストラックとして収められており、これが何とも素晴らしい。デジタル技術を駆使したリミックスによって、40年前の録音が、指が弦を擦る音やギタリストの息遣いまで聴こえるような臨場感溢れる演奏として再現されています。私は古い演奏は何でもリミックスすればいいとはけっして思いませんが、この「Albert's Shuffle」に限っては、昨今のデジタル技術がもたらした恩恵にため息が出てしまいます。

 リミックス版で聴く「Albert's Shuffle」のマイク・ブルームフィールドの名演奏は、あくまで本物の「ブルース」ではないものの、ある種陶酔するようなギター演奏の真髄を楽しむことができます。まさに「真夜中に聴く曲」として、ぴったりです。それにしても、「Super Session」全体を聴いて、これがとても40年前の演奏だとは思えません。時代を超えて、いい音楽はいい…と素直に思わされてしまうアルバムです。

2009年11月18日

●真夜中に聴きたい50曲 (11)

(11) Lucinda WilliamsI Lost It」(ルシンダ・ウィリアムス:I Lost It)

 女性シンガーの曲が続きましたが、もう1人続けて女性シンガーソングライターの曲をピックアップします。
 今回取り上げたルシンダ・ウィリアムスは、日本では何故か「玄人筋の評価だけが高い」シンガーです。アメリカでは、現代最高の女性シンガーソングライター…に近いほどの高い評価を受け、広く大衆から支持されてグラミー賞も受賞しているにもかかわらず、日本ではあまり知られていない上、音楽好きの間で語られることもかなり稀な存在です(私の周囲の話だけかも…)。

 それはそうとして、今回紹介する「I Lost It」はルシンダ・ウィリアムス自身が作った曲で、彼女のいろいろなアルバムの中で歌われていますが、私が好きなのは「Car Wheels on a Gravel Road」に収録された「I Lost It」です。
 (9)のエミルー・ハリスの「Goodbye」のところで触れたスティーブ・アールも参加している「Car Wheels on a Gravel Road」は、個人的には文句なしに彼女の最高のアルバムで、厚みのあるサウンドは、土臭いアメリカン・ルーツロック、サザンロックとして聴いても、非常に良い雰囲気を出しています。ただ、個人的な好みで言えば、独特の鼻にかかった声と歌い方がくどい感じがする時もあるので、「Car Wheels on a Gravel Road」の中でもっともストレートに歌っている「I Lost It」が私の好みというわけです。フルボリュームで聴くと、とても気持ちがいい曲です。

 「Car Wheels on a Gravel Road」以降、彼女は「Essence」「World Without Tears」と、次々ヒットアルバムを出し、アメリカの音楽界で頂上へと上り詰めていきます。そして最近では「WEST」などがけっこういい味を出してはいますが、私は「Car Wheels on a Gravel Road」以上に惹かれるアルバムはありません。
 むしろ私は、「Car Wheels on a Gravel Road」以前、セカンドアルバムの「HAPPY WOMAN BLUES」が好きです。このアルバムは1980年に発売された彼女の2枚目のアルバムですが、このアルバムで初めて彼女のオリジナル曲として「I Lost It」が収録されています。ここでは「Car Wheels on a Gravel Road」に収録された「I Lost It」とは全く違う楽曲と言ってもよいぐらい、カントリータッチの軽妙な曲調で歌われているのですが、これはこれで悪くありません。それにしても「HAPPY WOMAN BLUES」のアルバムジャケットのルシンダ・ウィリアムスの写真、すごく可愛いくて好きです。

2009年11月17日

●真夜中に聴きたい50曲 (10)

(10) Joni MitchellBoth Sides Now」(ジョニ・ミッチェル:青春の光と影)

 1967年にジュディ・コリンズが発表したアルバム「Wild flowers」に収録された曲「Both Sides Now」は、1969年に映画「青春の光と影」(原題:Changes)の主題歌となり大ヒットしました。この曲はご存知のとおりジョニ・ミッチェルの曲で、彼女のデビューアルバム「Song to a Seagull」に続いて1969年に発表された「Clouds」に収められています。

 ジョニ・ミッチェルの初期のアルバムには、「Clouds」以外にも、名曲「The Circle Game」が収録された「Ladies of the Canyon」やより内省的な色合いが濃い「Blue」などなど多くの名アルバムが存在しますが、個人的には「Chelsea Morning」や「Both Sides Now」が収録されている「Clouds」が一番好きです。そして今回、その「Clouds」の中でも「Both Sides Now」を取り上げるのは、やはり私の世代特有の「青春の感傷」が含まれていることは間違いありません。
 「Both Sides Now」は、歌詞も含めた曲自体の素晴らしさもさることながら、アメリカの公民権運動、世界各地で盛り上がったベトナム反戦運動や学生運動の嵐の中で、誰もが自分自身のあり方、自分と社会の関わり方を考え続けた「あの時代の空気」を最もよく反映させている曲の1つであり、当時ジョーン・バエズやボブ・ディラン、そしてCSN&Yなどが歌う直接的な反戦歌などよりも、もっと深いところで何かを語りかけてくれる曲であったことが、ピックアップの理由になっています。

 そんな小難しい話は別にしても、ジョニ・ミッチェルというシンガーの素晴らしさは、簡単に語り尽くせるレベルではありません。ロックシンガー(あえて言います)としては非常に特異な存在で、孤高のミュージシャンと言ってもよいと思います。そして、前回取り上げたエミルー・ハリスと同様に、ジョニ・ミッチェルもまた、年を経るとともに独特の深みを増してきたシンガーです。1969年から2007年にかけてグラミー賞を9回受賞しているという事実も、彼女が世代を超えて支持されていることの確かな証です。初期のシンプルな弾き語りのスタイルに始まり、ジャズやフュージョンを取り入れた70年代、最先端のコンピュータミュージックの技法を取り入れた80年代以降、そして原点に回帰するようにシンプルな音楽に戻りつつある近年に至るまで、ジョニ・ミッチェルの音楽のスタイルに変化はあっても、魂のミュージシャンとしての本質は何ら変わりません。ギタリストとしての彼女のテクニックも、依然として素晴らしいものがあります。

2009年11月09日

●真夜中に聴きたい50曲 (9)

(9) Emmylou Harrisgoodbye」(エミルー・ハリス:グッドバイ)

 「goodbye」は、1995年に発売された彼女のアルバム、「Wrecking ball」に収録されています。
 私は、エミルー・ハリスというシンガーを70年代から知っていましたが、真剣にアルバム全曲を聴いたのは1980年代に発売された「Cimarron」からです。「Cimarron」を聴いてから、遡ってそれ以前のアルバムを片っ端から聴きこみ、彼女の本格的なファンになった次第です。しかし、95年に発売された「Wrecking ball」というアルバムは、それまでの彼女のアルバムとは全く異なったものでした。聴き終えた後で、本当に打ちのめされるほどの感動を覚えました。あのU2のプロデュースで知られるダニエル・ラノワがプロデュースしたこのアルバムで、エミルー・ハリスは、それまでの「フォーク、カントリー系シンガー」とは全く異なる顔を見せてくれただけでなく、それまで誰も試みなかった新しいサウンドで、ロックミュージッシャンとしての1つの完成した形を見せてくれたのです。
 いかにもラノワのサウンドらしい、際立つエレキギター、太く響くベースとバスドラム、切れ味のいいアコースティックギター、そしてプログレッシブロックと言ってもよい独特のシンセライクな響き…、そこに若い頃のような透き通った高音を響かせるのではなく、高い音程がかすれて、まるで祈るようなエミルー・ハリスの声が重なり、極上のサウンドを紡ぎだしています。個人的には90年代最高のロックアルバムの1枚と言ってもよいと思います。

 「Wrecking ball」は、もう1つ別の意味でも、私の音楽遍歴の中では感慨深く重要なアルバムです。私が好きな音楽は、基本的に一番多感な頃に聴いた60年代後半から70年代の音楽です。その結果、オールマン・ブラザーズ、ニール・ヤングとCSN&Y、ボブ・ディラン、グレートフル・デッド、ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、ジョニー・ミッチェルなど、60、70年代に好きだった同じミュージシャンの曲ばかりを、90年代になっても聴き続けていました。ところが、90年代の半ばに「Wrecking ball」を聴いて、今度はそれぞれの曲を書いたルシンダ・ウィリアムスや、ギリアン・ウェルチ、スティーブ・アールなどを聴き込み、さらにラノワがプロデュースしたU2のアルバムなども聴くことになり、その結果、より幅広い音楽に注目するようになった部分があります。

 そして、今回紹介した「goodbye」は、あの放浪のシンガー、スティーブ・アール(Steve Earle)の曲。歌詞も最高で、同じアルバムの中の「Orphan Girl」や「Blackhawk」などとともに、あらゆる音楽のジャンルを超えて私の最も好きな曲の1つです。
 ちなみにYouTubeの中に、スティーブ・アールとエミルー・ハリスの2人がこの「goodbye」をデュエットしている動画(http://www.youtube.com/watch?v=Rr2IY8q687I)があります。こちらも泣けるので、ぜひ聴いてみて下さい。

 ちなみにエミルー・ハリスは、「Wrecking ball」以降、「Spyboy」「Red Dirt Girl」や最新の「All I Intended to Be」など次々と素晴らしいアルバムを出しています。声質が少し変わっても、若い頃よりもうんと素敵になった彼女を見ていると、人間は年を取るのも悪くない…と本気で思えてくるから不思議です。