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「よい写真」と「よいデジカメ」を再考する

 なんたって「WES30の世界」はデジカメサイトですから、できる限りデジカメのことを書かなくては…と思います。そう考えていないと、際限なく話が脱線していき、そのうち何のサイトだかわからなくなってしまうことは確実でしょう。
 ところが、困ったことにデジカメについて何かを書こうと思うと、与太話しか出てこないのです。要するに、私にとってのデジカメは、結局は「好きか嫌いか」「自分の好みに合っているかどうか」しか、判断基準がないのです。自分には客観的な評価は絶対に無理です(笑)。


■「普遍的なよい写真」と「自分にとってよい写真」

 誰が見ても「よい」と思う、いわば「普遍的なよい写真」ってどんな写真でしょうか?
 実際の被写体の色や雰囲気をできる限りリアルに再現された写真がよい写真でしょうか?そんなことはないですよね。だって白黒写真にもよい写真はありますし、世の中で芸術性が認められている有名な写真作品の中にはピンボケの作品もあります。ロバート・キャパの写真は、戦場の一瞬を切り取ることで有名になったわけですが、彼の写真の良し悪しを判断する基準に「画質」なんてことを言い出す人はまずいません。
 私はメープルソープの写真が好きですが、彼の写真は現在のデジカメ等の画質判断基準で測れるものではありません。
 むろん、普遍的なよい写真…の基準が絶対にないとは言いません。確かに、「たくさんの人が見てよい写真と認める」というものは存在するでしょう。また相対的に見て、「よい写真には高画質の写真が多い」と言うことはできます。
 でも、例えば芸術的に優れた評価を得ている高画質の山岳写真があったとしても、山や風景に興味のない人にとっては何の価値もありません。芸術的な山岳写真よりもアイドルの水着写真の方がいいという人間は世の中にいくらでもいます。結局のところ、「自分にとってよい写真」というのは人それぞれ違います。
 例えば彼女と行った旅行先で撮った「幸せそうな彼女の顔の写真」が宝物という人がいたり、運動会の徒競走で一等賞になった自分の子供の写真が一番という人もいるわけです。家族の行動の記念写真を“至上”と考える人にとって、「美しい花の写真」や「自分が行ったこともない外国の風景写真」などは無意味で無価値なのです。
 言ってみれば、「自分の琴線に触れる写真」が自分にとってのよい写真であるわけです。写真の良し悪しは、「写真のどこに価値を見出すか」で変わってくるのです。

■よいデジカメとは

 今回「DSC-MZ1」を使ってみて、なんとなくフィーリングが合わなかったことから、よいデジカメとは何か…についていろいろと考えてしまいました。実は私は、FinePix4900zも、日常的に使用するデジカメとしては、あまりフィーリングが合わなかったのです。結局私に合う(よく使う)デジカメは、シンプルな機能のものに限られるようです。

 デジカメのスペックや操作性、撮影画像の細かい差をあげつらって「どっちがよいデジカメか」という議論するほど、バカバカしいことはありません。そんな議論は「デジカメ評論家」や「デジカメ・ヲタ」に任せておけばよいのです。
 たしかに「よい写真」に普遍性がなく、「高画質の写真=よい写真」ではないとしても、「よい写真に高画質の写真が多い」ことも事実です。であれば、「撮ろうと思えば高画質の画像が得られるデジカメ」の方がよいデジカメということは言えるかもしれません。
しかし、だからと言ってよいデジカメの条件が「絶対に高画質の画像が得られること」にはなりません。家族との生活が大事で、家族との行事を写真に残したければ、そのためのカメラを購入するべきです。例えば子供の運動会の写真を撮るためには倍率の高い望遠レンズが必要…という動機は、実に正統的で正しいデジカメの選択基準です。そういった人は、ともかく高倍率のズームが付いているかどうかを第一にデジカメを選びましょう。
 つまり個人的なよい写真の条件が、「自分の琴線に触れる写真」であるのなら、そうした写真が撮れるデジカメがよいデジカメです。
 「高画質の画像が撮れるデジカメ」と「自分にとってよいデジカメ」は絶対に違います。高画質でも撮影スタイルに合わなければ、よいデジカメではありません。「自分にとってよいカメラ」はあっても「万人に普遍的なよいカメラ」なんてものはありません。

■小さく軽いことは、それだけでよいカメラの条件

 私のごく個人的な意見としては、これだけは言えます。相対的に見て「小型で操作性がいいカメラはよいカメラだ」ということです。この論理にはかなり普遍性があるのではないかと思っています。
 よい写真は、たくさんの写真の中から一定の確率で見つかるものです。言い換えれば、できるだけ多くの機会に写真を撮った方が、よい写真が撮れる確率は高いはずです。たくさんの写真を撮れるカメラ、イコール「よいカメラ」ということになります。カメラを使う機会が多くなければたくさんの写真は撮れません。
 大きくて重いカメラは日常持ち歩くのが困難ですし、ということはたくさん写真を撮る機会に恵まれません。そんなわけで、小型で簡単に撮れるカメラの方がよいカメラだと思うわけです。
 世の中にデジカメユーザーがどのくらいいるか知りませんが、どこへ行くにも毎日デジカメを持って歩いているというユーザーはそれほど多くないはずです。カメラを日常的に持ち歩くのは非常に面倒です。高画質のデジカメの中には500g以上ある製品も多いようですが、そんなものを毎日持つ通勤カバンの中に入れて持ち歩くのは狂気の沙汰だし、散歩の時だって持ちたくはありません。そして、重さよりもさらに問題なのは大きさです。ポケットやハンドバッグに入らないデジカメを日常的に持って歩くのは、かなり苦痛です。
つまり、「大きくて重いデジカメ→持ち歩く機会が少ない→写真を撮る機会が少ない→よい写真が撮れる確率が下がる」というのが、常々私が考えていることです。
 旅行に行く時も同じです。重いカメラ(デジカメ)は、パッとカバンから取り出して撮影しようという気にはなりません。結局、名所旧跡だけを撮影して帰ってくることになりがちです。むろん写真撮影が趣味で、一眼レフを2台肩に掛けて歩くのは苦にならない…という人もいるかもしれませんが、そんなユーザーはあくまで少数派でしょう。旅行用のカバンにだって普通は入れたくないはずです。旅行先で持ち歩くカバンに500g以上のカメラを入れても構わない…という人は、写真を撮ることが趣味という人だけでしょう。普通の人は、軽くて小さいカメラじゃなきゃ旅行先でだって持ち歩く気はしないはずです。

 …ということで、「自分の好みのデジカメ」について、「自分の好みにはちゃんとした根拠がある」という勝手な論理を展開しました(笑)。



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