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画像日記   〜都会に暮らすサイレント・マイノリティの発言

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2005/4/27

 先日、池袋の西口公園(IWGP)を通りがかったら「古本まつり」というイベントが開催されており、古書店のテントが立ち並んでいました。普段はほとんど古書を買わない私ですが、ある書店でたまたま眼に留まった本を購入しました。パトリック・バルビエ「カストラートの歴史」(筑摩書房)という本です。定価2900円のところを1400円で、まあ美本でした。
 カストラートには、以前から強い興味を持っていました。というのも、「去勢」というのは、古代オリエント、地中海世界、中世のイスラム、中国、インドなど世界中で風俗、風習、制度、刑罰など様々な形で行われた例が知られていますが、中世のヨーロッパで、それもカトリック教会の庇護のもとに行われていたカストラートという去勢の実態は、あまり知られていないからです。加えて、ヨーロッパの音楽全体に大きな影響を与えながら、その存在の異様さから、あまり表立って語られてこなかった経緯もあります。

 カストラートは映画にもなっっており、よくご存知の方も多いでしょうが、まずはこちらで、カストラートについて簡単な説明を読んでみましょう。さらに、こちらにもう少し詳しい説明があります。「ホルモンと天使の声」という解説も面白いです。それから、こんな本もあるようです。

 ヨーロッパに「去勢」の風習が持ち込まれたのは、それ以前から宦官制度を持っていたイスラムからで、そのイスラムの勢力化にあった12世紀のスペインで「音楽」のために少年を去勢する慣習が始まった…とのことです。バチカンの教皇聖歌隊の記録に最初。のカストラートが登場するのが1599年、そしてカストラートの歌声は、17世紀、18世紀のイタリアの大劇場で花開いたわけです。
 当時第一級の劇場歌手に上りつめたカストラートの声は、まさに「人間業ではない超絶技巧」に支えられたものでした。もって生まれたジェンダーを捨て(子供の頃に捨てさせられ)、特殊な訓練で声帯を鍛え上げ、「人間」には誰にもできないほどの声を出すことで名声を得ようとしたカストラート…、なんとも不思議な存在です。
 また、そうしたカストラートを熱狂的に受け入れた当時のイタリアの音楽環境、「カストラートの歴史」には、息子をカストラートにすることで貧困から逃れたい親によって去勢された下層階級の子供が、当時のナポリの音楽院でどのような扱いを受けていたかが詳細に書かれています。去勢された子供は「去勢者」「五体満足でない者」などと呼ばれていたそうです。
 厳しい声帯の鍛錬に耐え、長じて歌手として成功し大劇場で歌い、名声を得たカストラートの生活ぶりも詳しく描かれています。ともかく、「カストラートの歴史」は興味の尽きない本です。

 それにしてもカストラートは、オペラに興じる大衆以上に「教会が必要とした」ことは確かです。19世紀にカストラートが終焉を迎えてからも、まだ一部の教会の聖歌隊では密かにカストラートに歌わせていたそうです。そもそもカトリックの教義で、去勢という行為を正当化することなど絶対できないはず。実際に公式声明としては去勢行為を非難し続けています。しかし教会は、自らの都合と聖職者の快楽(よい音楽を聴く快楽)のために、カストラートの存在を許容し続け、カトリック教会の最高中枢とも言えるバチカンの教皇聖歌隊にカストラートを迎え入れ続けました。しかも、オペラの世界からは事実上カストラートが消えた19世紀後半から20世紀に入ってからも、密かに教会の聖歌隊カストラートを養成さえしたようです。カトリック教会の掲げる「道徳」なんてものは、しょせんはそんなレベルです。

 「ジェンダーの狭間」にあって当代第一級の劇場歌手、声楽家として賞賛を浴びながら、貴族や大衆の前で最高の芸術を歌い続けたカストラート。少年時代に去勢された体は、その後生きていく中で「心」にどんな影響を与えていたのでしょう。自分が「去勢者」であることと、「第一級のオペラ歌手」であることとを、どのように折り合いをつけていたのでしょう。その心のうちを推し量ると、なんだか複雑な気分になります。

2005/4/26

 北朝鮮から流れてくる映像と戦前・戦中の日本の記録映像との類似性を指摘する声は非常に多いですね。先の戦争を体験している年配の方が、よくそんな感想を述べられています。特に、アナウンサーがあの独特の声調で読み上げるニュースは、「大本営発表!」で始まるニュースそっくり。そしてもう1つはマスゲームで、これも戦前の日本で行われたマスゲームに似ている…と指摘する人がいます。何でも北朝鮮でマスゲームが行われるようになったのは、植民地時代に日本人が伝えたからだとか…  北朝鮮のマスゲームについては、他にも冷戦時代に東欧の社会主義国から伝えられた…との説もあり、真偽のほどはわかりません。でも私は「マスゲーム」という妙な集団体操(?)は、いったい誰が、いつ始めたのかとても気になります。そして、日本の植民地時代の朝鮮半島でマスゲームが実際に行われていた、という事実はあるのでしょうか? ネットのソースだけで、簡単に調べてみました。

 まずはWikipediaで「マスゲーム」を検索すると、次のように書いてあります。
 マスゲームとは、多人数が集まって体操や演技をすることである。語源として多人数を表す「マス」(mass)と「ゲーム」(game)を合わした和製英語である。日本においては、運動会における演技や国民体育大会の開会式などに行われる。また、共産国においては人民の団結を見せつけるため、国家的に盛大に行われる。

 マスゲームの起源については、あまり資料がありません。Web上で探してみたら、「イラストと写真でみるマスゲーム」という本の紹介記事があり、その中で「ソコル」というチェコスロバキアの体操団体がマスゲームの起源の1つとして紹介されています。チェコのマスゲーム専用施設(当時のものらしい)として「ププラハのストラホフスタジオン、観客22万5000人を収容可能な世界最大のマスゲーム専用施設である。縦205m×横330m、フィールドでは同時に3万3000人の演技が可能。伴奏音楽は地下にある112個のマンホール型スピーカーから流れるよう になっており、それによってフィールド上の位置による音のバラつきを回避している。手前の建物は控室(9棟ある)、それに加えて病院が1棟用意されている」…などと書かれていますが、すごいですね。
 こちらに、ソコル(チェコ語で鷹を意味する言葉)とは、「愛国的」な体操団体であり、第二次世界大戦前の最盛期には百万以上の会員を擁していた巨大な結社…とあります。また、当時(1926年の第8回ソコル祭典)行われた集団体操の写真がありますが、これはすごい光景ですね。
 こちらの資料によれば、ソコルは1862年に設立されたとのこと。最も盛んだ時期は1880年代から第一次世界大戦までの時期で、むろんこの間はチェコは第一共和国時代で共産主義体制ではありません。共産主義政権下でソコルは一時は「ブルジョア反動的」な存在として忌避されたらしいですね。
 その後、このマスゲームはドイツで広まったようです。比較的集団行動を好むドイツ人の性向に合ったのかもしれません。  「ドイツのスポーツと体育」という資料には、古代ギリシャの体操とJ.J.ルソーの自然主義の教育思想の影響、体操の創始者であるグーツムーツ(18世紀の体育理論家)の体操の話、そしてスエーデン体操の影響の話などと並んで、次のような記述があります。「ヒトラーの体育:この項については、2つのエピソードを紹介したい。サッカーはハンドボールとともに「格闘競技」として、ナチス政権下では推奨されてい たという話が一つ。もう一つはマスゲームの発展のきっかけである。アーリア人としての立派な身体づくりと、兵士教育のために体育の授業数が増える。体育教 師の数が不足して、一人の教師が数クラスの生徒をまとめて指導する状況が生まれる。マスゲームはそのような状況に合った教材となった…」とあります。  確かにリーフェンシュタールの「民族の祭典」には、ナチスによって行われた、現代の北朝鮮に勝るとも劣らないマスゲームの様子が「美しく」描かれています。
 また、「ニュルンベルク、『ナチス党大会会場資料館』が問いかけるもの!」…という日経新聞の記事には「ナチスが古代ローマのコロシアムをまねて建てた巨大な集会場。未完成のまま戦後放置されていた会場の一角に、ニュルンベルク市が2001年11月に開業させた資料館があります。ニュルンベルクが年1回の党大会を開く都市に制定されたのは、ヒトラーが政権に就いた1933年。資料館は党大会でのマスゲームやナチス党員の行進、歓声 を上げる市民の写真や映画フィルムをふんだんに紹介しています。ナチスがどのように人々を威圧・洗脳し、ユダヤ人虐殺などの国家犯罪に導いていったかに焦 点を当てています」…と書かれています。
 いずれにしても、「全体主義とマスゲーム」は切っても切り離せない関係のようです。
 参考までに、ヨーロッパにおける体育教育史についてよくまとめられているのが、こちらの「近代体育とクーベルタン:体育学の教育思想史」です。

 さて、マスゲームの起源がヨーロッパらしいということはわかりましたが、日本ではいつ頃からマスゲームが行われていたのでしょう。
 日本におけるマスゲームは、「運動会」で行われたのが最初のようです。その運動会の起源についてはこちらの資料に、「運動会の始まりは東京である。明治政府が招いた英国の軍事顧問団の提案により一八七四年、築地の海軍兵学寮で「競闘遊戯」として行った。十八種目。大半が日本初だった」…とあります。
 運動会は「軍隊」が始めたものなんですね。…まあ、想像通りです。「日本と諸外国の運動会の違いとは?」というソースには、「第2章 日本の運動会の特徴・問題点」に、次のように書かれています。「運動会の起源のひとつとして海軍兵学寮によるもの、その発展によって戦前は戦意高揚に利用され、やがて、内容的には授業成果の発表を中止とするものに変わっていった。これらに基づいて行われる運動会の主な特徴として、全員強制参加型、順位付け、徒競走、休みの日に行われる、観客が大勢見に来る、軍隊意識による団体の重視といったことがあげられる」…と書かれています。
 さらに、運動会とともに、「体操」もまた明治時代に伝えられました。「はじめて物語」というソースには、「日本の体操は明治11年(1878)よりというのが定説ですが、明治5年(1872)の学制公布とともに、「体術」として学校の授業に登場しました。その内容はドイツ、スウェーデン、デンマーク等のいいところだけをとって今日に至っています。民間では盛り上がりがいまひとつ、と感じている人々も多い ようですが、昭和29年から行われている日本体操祭や国体のマスゲームでは世界的にも大きな評価を得ています」…とあります。
 日本スポーツ史年表によると、1869(明治02)年:高知藩で綱引、操練、器械体操、号令の稽古実施、1870(明治03)年:弘前藩、この年開所の津軽藩弘前伝習所でフランス式体操(器械体操)を実施…などとあります。
 運動会の起源も体操の起源も明治時代ですが、明治時代にマスゲームが行われた…という記録は、ほとんど見つかりませんでした。  しかし大正時代以降になると、マスゲームの記録は飛躍的に増えます。こちらには大正時代の女学校の運動会でのマスゲームの様子を写した写真があります。
 まや、こちらは、1932年に行われた明治学院の前身である東山学院創立55周年の大運動会で行われたマスゲームの写真、なかなか壮観です。
 さらに昭和に入って軍国主義の空気が濃くなってくると、マスゲームは国策として大々的に広まり、運動会はもとより、様々な催しで行われるようになります。ここらへんは、ナチスドイツと同じですね。
 「私的昭和の風景」という資料には、「昭和10年前後の小学校では秋の新学期が始まると同時に運動会の練習一色だった。軍国主義の時代だから先生の指令のもと一糸乱れず行動しなくてはならな い。午前と午後の最初に全校児童2000名が学校の行新曲を歌いながら400メートルのトラックを何周も歩く総行進は現在の高校野球の入場行進にそっく り。マスゲームの練習はきつかった」…とあります。
 NHKドキュメンタリー「昭和の映像の記録」には、「割烹着を着て日章旗を持ってマスゲームに励む国防婦人会のご婦人」…という写真があります。「割烹着を着て日章旗を持ってマスゲーム」ですから、大変なものです。

 さて、こうして軍国主義化の日本で隆盛を見たマスゲームは、植民地時代の朝鮮半島へつたわっていたのでしょうか。当然伝わっていたと思います。戦前の朝鮮半島では、初、中、高等学校ともに日本の学校制度がそのまま持ち込まれました。当然ながら運動会が開催され、そこではマスゲームも行われました。
 さらにこちらのソースに拠れば、「植民地時代の朝鮮において最大のスポーツ大会として開催された朝鮮神宮競技大会は、競技種目の増加、開催期日の長期化、開会式を彩るマスゲームの導入、またラジオ中継を行うなど、その規模は年々拡大され、朝鮮における最大の「スポーツ大会」として確立されていく…」とあります。やはり、朝鮮半島では国策による大規模なマスゲームが行われていたようです。
 こうなると、現代の伊朝鮮におけるマスゲームのルーツは、社会主義化された戦後にヨーロッパの社会主義国から伝わった…という説よりも、それ以前に伝えられていた日本植民地時代をルーツとする…という見方には、ある程度の根拠と可能性がありそうです。
 ところで、「全体主義とマスゲーム」という視点で見ると、以前は創価学会が北朝鮮に勝るとも劣らない大規模なマスゲームを行っていたことが知られていますね。まあ、この一文に他意はありません。

2005/4/22

 昨夜は池袋西口の「笹周」で知人と鴨鍋。季節も終わりに近づいた鴨鍋を4人で囲みながら、熊本の「香露大吟醸」と池田の「呉春」を飲み、気持ちよいひと時を過ごしました。その後、さらに場所を「FREE FLOW RANCH」に移し、ライ・クーダーなどを聞きながら深夜までバーボンを痛飲。二日酔いとまでは言いませんが、午前中はまだ昨夜のお酒が体に残っている感じでした。いかんなぁ…

 キリスト教ファンダメンタリストについて、前回ちょっと触れましたが、今日は「インターネット・ファンダメンタリスト」についてです。日本語に訳せば「インターネット原理主義」のことで、これは1999年に発刊されたかなり古い本ですが、名和小太郎「デジタル・ミレニアムの到来」(丸善ライブラリ)が初出のようです。
 まあ妙な言葉ですし、最近はあまり使われていないようです。その意味をゴチャゴチャ説明するのも面倒なので、こちらこちらをお読み下さい。これらの論評や議論にはあまり興味がないのですが、「ネット上のあらゆる規制に反対する」というのがインターネット原理主義の基本…ということであれば、そのスタンスの是非について考えることは、当時より格段にネット社会が成熟した現在においても、けっして無駄ではないでしょう。いや、この手の問題はますます切実になりつつあります。

 私は、インターネットは民主主義と対立するものか? それとも究極の民主主義を実現するものか?…というつまらない命題について、漠然とですが昔から考え続けてきました。いや「民主主義」という言葉は好きじゃないので、この部分は「社会の平等性」あたりの言葉に言置き換えてもいいでしょう。むろんこれは「ネットになんの規制がない」という状況を前提にして、の命題です。

 まずは、ごく常識的に話を進めれば、例えば中国などの「情報規制国家」においては、インターネットは自由な意見の交換や、情報の入手に大きな役割を果たし、ひいては民主主義の発展に大きく寄与する可能性があります。いわば「情報取得の機会」と「発言機会」の平等化による効能のようなものです。
 逆に日本やアメリカのようにネット文化がある程度成熟した国家においては、匿名による中傷や非難、さらには特定の個人や商品などへの意図的な攻撃や脅迫などによって、個人の人権や生存権、企業や国家の安全などが脅かされる危険性を持っています。また個人情報の漏洩問題やSPAM送信問題などもあります。いわばネットの「ネガティブな効用」の面がクローズアップされます。
 インターネット原理主義者にとっては、後者の危険性は「自由なネット社会がもたらす素晴らしい成果を得るために甘受すべきリスク」であり、そうした危険を犯しても守らなければならないのが「ネット上のあらゆる規制の排除」といわけです。

 私はハッカーを賛美するつもりは毛頭ありませんが、実はかなり「インターネット原理主義者」に近いかもしれません。これは、民主主義に貢献するか対立するか…などといった議論以前の、私自身が生来持つアナーキーというか、斜に構えた性向によるものでしょう(笑) 私は「秩序」が大好きと言うわけではないし、逆に「混乱」「混沌」が嫌いではないからです。ましてや「規制」「統制」されることは当然嫌いです。だからといって、ネットを利用した匿名による中傷や非難、さらには特定の個人や商品などへの意図的な攻撃や脅迫を容認するわけでは、むろんありません。そうした危険について、私は「甘受すべきリスク」と考えるのではなく、むしろ「性善説」に近い考えを持っているのかもしれません。人間は、楽しさや自由を得るためならば一定のモラルや倫理を自然に発揮する生き物…だと思っている次第。そして、モラルや倫理のない人間が混乱を引き起こしたとすれば、それはそれで面白い…と不謹慎に考えております。むろん、犯罪者の家族のプライバシーが暴かれたり、個人情報が漏洩してトラブルを呼ぶなど、当事者にとって「面白い」では済まされる問題ではない、という点は重々承知。ただ、こうしたネット倫理を持たない人間に対して制裁を与え、排除する機能は、「ネットコミュニティそれ自体が持つべき」などと考えます。
 そしてそう思う反面、誰かが「インターネット原理主義者」であり続けるためには、いくつか留意する点があります。

 1つは、「ネット技術に関する一定のスキルが必要」という点。もう1つは、スキルを持たない万人が「自由なネット社会がもたらす素晴らしい成果」を得るためには、「インターネット・ガバナンス」について考えなくてはならない、という点です。
 スキルが必要というのは、特に説明の要はありません。自分で自分の身を護ることができてこその原理主義です。また、規制なんてものは「個人の力量で突破すればいい」と考えるなら、そこでも原理主義者にとってスキルの持つ意味は重要になります。ただ問題は、「スキルの無い人は原理主義者ではいられないのか」…という点です。スキルの無い人間を保護し、ネット上で自由に振舞えるようアシストする何らかのWebシステム…が必要でしょう。
 インターネット・ガバナンスと言えば、狭義ではドメイン名やIPアドレスなどのネット資源管理を指しますが、それ以外にドメイン名と絡む知的所有権問題、世界中に散らばるルートサーバ管理等々、要するにインターネットは「誰かが維持管理」を行わないと混乱が生じる…というレベルのたくさんの問題を含んでいます。確かにネット資源の管理は必要でしょう、しかし誰が何を管理するにしても、管理者が存在するというだけで、「公平・平等」が本当に守れるのか…という疑問が沸いてしまいます。トップレベルドメインに関する情報を司るルートサーバの管理なんかも気になります。ルートサーバは確か世界で13台と聞いていますが、他に英語以外のドメイン名を管理するiDNS用の専用ルートサーバも存在します。これらをきちんとしたルールの下で管理することは絶対必要ですが、IANAを頂点とし、NSIや各国のNICが管理していた現状には、情報管理や公平性の視点から見てどうも違和感がありました。DNSの民営化が進みICANNも設立された今もなお、米国政府や先進諸国政府の影響がかなり大きいのは気になります。各国共に、インターネットの管理に対する、政府レベルからの影響を排除することは難しいと思います。中国政府が行っているフィルタリングなんてのは、むしろ小さな問題です。先進国と言うか、世界中のネットユーザがもっと本質的な部分で、国家に管理されているのが現状のようです。
 結局のところ、インターネット原理主義者にとって、そのインターネットそのものが誰かに管理されていないと運営できない…という事実は、様々なジレンマを生むことになります。

 インターネットの運営・管理という話になったので、実は前々から思っていたつまらないことを書きましょう。ここまでの話との脈絡はありません。

 2ちゃんねるという「巨大匿名掲示板」の是非については議論され尽くした感がありますが、私は2ちゃんねるは重要なメディアだと、度々発言してきました。ただ私は、「2ちゃんねる」というメディア自体が「自由に発言できる場」だとも考えていません。これは、一定の自主規制があるから…とか、法律で他者への中傷やプライバシーの侵害が規制されているから…という理由ではありません。実は、「誰かが背後で2ちゃんねる全体の表現を操っている」可能性が十分にあるからです。荒唐無稽な例えをすれば、「政府や大手広告代理店がバックについて、数千人の隠れスタッフが各板、各スレの全ての発言全てを検索して削除したり、何か意見を書き込んだりしながら、思い通りの方向性に収束させる」ということだって、原理的には不可能ではないと思うからです。
 そこまはいかなくとも、メディアとしての2ちゃんねるは、実はかなりよく制御されていると感じることがあります。板によっては混沌、無秩序は見せかけで実は「統率された意志」が存在するのでは、と感じることがよくあるのです。むろんそれが先の例えのような特定の個人や団体の「恣意」ではないにせよ、非常にスキルの高い人間が数十人のチームを作ることで、「ニュース板」等で全体的な発言の流れをコントロールすることは十分に可能だし、実際にそういうことが行われているかどうかについては、多くの人が疑問を感じたことがあるでしょう。
 むろん、関係者が特定の商品や宣伝のために書き込んだりしてもたいていはすぐにバレますが、では絶対にバレないように話の流れをコントロールできないか…と言えば、そんなことはない。実際にあちこちで行われていると思います。ただ私が思うのは、2ちゃんねるを商品の宣伝に使うとかいった話は、その逆の何かのサービスや商品を中傷することも含めて、別にあっても構わないし、気にするほどのことじゃないと思います。
 でも、もっと巧妙で大規模に「世論」をリードされたりするのは、考えようによっては怖い話でもあります。「自由に発言できる匿名掲示板だからこそ、真実が含まれている」…という思い込みは、持たない方がよいと思う、今日この頃です。

2005/4/21

 昨日の日記に対して、3〜4通のメールを頂きました。1つは、「カトリックは平和的な宗教であり、政治には関わっていない。ブッシュのイラク攻撃にも反対した」という、これはおそらく敬虔なカトリックの信者さんからのものでしょう。
 もう1つは、「アメリカにおいてカトリック教会は政治的中立を保ってきた。プロテスタント右派の方が政治的主張は強い。けっしてブッシュ政権を支持してはいない」というものです。似たような意見は、掲示板にも書かれていました。

 まず「カトリックは平和を希求する宗教」と断定するのは、どうもピンと来ません。むろん、これは中世ヨーロッパのカトリック教会が暴虐の限りを尽くした歴史的な経緯だけを見て言っているのはありません。確かに「絶対平和」を希求し、無私の精神で奉仕するマザー・テレサのようなカトリック信者が存在することは事実です。これは否定しません。また、現代のローマ教皇が戦争反対を強く訴え、イラク戦争にも反対する発言をしたことや、バチカンの使者であるエチェガレイ枢機卿が和平を求めてイラクを訪問したことなどはよく知っていますが、でも私は、そうした教皇の行動が「カトリック教徒に共通した倫理感・メンタリティ」を代表しているとは思えないのです。

 ところで、こちらに「そのとき教会は? 同時多発テロ後の各国の教会の動き」…という、非常に面白いソースがあります。これによれば、同時テロ後の米英によるアフガニスタンの攻撃やイラク攻撃に対して、カットリック教会の高位の聖職者は、次のように述べています…

 バチカン国務省の高官Tauran大司教は、「アメリカの軍事行動は正当化しうるものであるが、市民の生命を危険にさらしてはならない。自衛のために武器を取ることは暴力の論理に堕す危険がある。軍事行動は明確に定義された目標への力の行使に限るべきである」。
 国際法学者で教皇の伝記作家でもあるGeorge Weigel氏は、「カトリックは何が違うか。正戦論を正す(聖戦論を糺す…の誤り?)」という記事において、テロへの先制攻撃は倫理的に正しいと述べた。
 フィラデルフィアのBevilacqua枢機卿はブッシュ大統領に書簡を送り、「アメリカのテロへの戦争は正しい戦争である」と賞賛した。「このテロをわが国の道徳的退廃への神の罰である とする考えや、これは合衆国の外交政策の必然的な結果であるというような考えは間違っている。私はテロ攻撃への大統領の多面的な対応を支持する」と述べた。

 …ソースの全てを読む限り、「アフガニスタン攻撃の場合は、教会内で容認と批判の双方が渦巻いていたが、イラク戦争については批判論が圧倒的に優勢である」…ことは確かですが、それでもカトリック教会が「反戦」の一枚岩ではなく、かなり「報復攻撃容認論」が存在したことは、忘れてはいけないと思います。カトリック教会の「平和」への認識や倫理観は、しょせんは政治的な状況に左右される程度のものに過ぎないと…私は確信しています。「カトリックは平和を求める宗教」というメールを頂いた方には申し訳ありませんが、マザー・テレサの尊い倫理感は、カトリックの教義に固有の倫理と言うよりも、「個人の資質」に負うところが大きいと思っています。
 上述のソースの中では、特にフィラデルフィアの枢機卿がブッシュ大統領に書簡を送り「アメリカのテロへの戦争は正しい戦争である」と賞賛した事実は、この後の話を読む上でも重要です。

 さて、「アメリカにおいてカトリック教会は政治的中立を保ってきた。プロテスタント右派の方が政治的主張は強い。けっしてブッシュ政権を支持してはいない」…というメールに対して、「ブッシュ政権でもカトリック右派が大きな影響力を持っている」と書いた私の、基本的な考え方は次のようなものです。

 プロテスタントの信者であるブッシュに対して、対立候補のケリーはカトリック信者です。本来ならば、カトリック教会はケリー支持に回るはずだったのです。さらに湾岸戦争時にアメリカのブッシュ大統領(パパ)が教皇の声明を無視した経緯があり、ブッシュとカトリックは、第一期政権スタート直後まではけっしてよい関係とは言えませんでした。ところが、こうした従来の図式が前回の大統領選で一気に変化したことは、選挙中・選挙後の情勢分析で話題なりました。これはどのメディアでも述べていたので、特にソースは必要ないでしょう。
 さらに、ブッシュ政権とカトリック教会との関係が大きく近づいた契機は、実はブッシュ再選時の大統領選挙よりも前で、第一期政権中に起こった例の同時テロにあったと思われます。

 先般行われたアメリカ大統領選では、米国の大統領選史上、それまで比較的政治的中立を保ってきたカトリック教会が、保守派を中心にかなり明確に反ケリー、反ブッシュを鮮明にした…というのが、大統領選中のアメリカのメディアの分析報道の中心的な見方でした。
 自身がカトリック教徒であるケリーに対して、中絶禁止や同性婚反対を訴えるカトリック教会が聖体拝領を拒否し、破門にも等しい処置を与えたことは、米メディアで何度も大きな話題になりました。それまでポーズの上では「政治的中立を是」としていたはずのカトリック教会は、大統領選史上おそらく初めて特定候補者に肩入れを行いました。各地の高位の聖職者があからさまなブッシュ支持の説教を行い(教会で露骨にブッシュ支持の説教をするカトリック司祭の様子はTVニュースで放映されていました)、以後、カトリック保守派はなだれを打ってブッシュ支持に回りました。また、従来は民主党のかなり強固な支持基盤でもあったヒスパニック系住民(カトリック教徒)の一部もブッシュ支持に回ったと、日本のTVニュースでも報道されていました。こうした動きの前で、ローマ教皇のイラク攻撃反対の意思表明など、どこかへ忘れ去られてしまったのです。
 従来からブッシュ支持であった福音派はむろん、カトリック右派も多い中西部がより強固なブッシュの支持基盤になったのは、ブッシュに対してカトリック、ファンダメンダリストが明確な支持を与えたから…というのが一般的な見方でした。加えて接戦が予想された州の全てで、カトリックの投票がブッシュに傾いたことが、選挙の帰趨に影響を与えたと、米国メディアの選挙後の分析にもあります。
 さらに、上述した、フィラデルフィアの枢機卿が「アメリカのテロへの戦争は正しい戦争である」と賞賛したのは、実はテロ攻撃直後の2001年10月のアフガニスタン報復攻撃決定時のことで、ブッシュ再選よりもかなり前のこの時期に、既にカトリック保守派の一部が第一期ブッシュ政権の政策に熱烈な支持を与えていたことを忘れてはなりません。
 結局のところ、ブッシュに対するカトリック教会の支持…の正体は、「戦争」に対しても、中絶や同性愛など「社会問題」に対しても、カトリック・プロテスタントに関わらず、キリスト教ファンダメンタリストの倫理感は、根っこが同じ「保守主義」にあった…という、当たり前の話が確認されただけでしょう。
 再選後のブッシュ政権において、再選の最大の功労者たるカトリック教会が大幅に影響力を増し、ブッシュ政権の高官が頻繁にカトリック教会に対して好意的で気遣い溢れる発言をしていることは、その後のメディアで多く報道されています。そして、ブッシュ大統領夫妻は、教皇ヨハネ・パウロ2世の葬儀に参列しました。現職の米国大統領が教皇の葬儀に参列するのは、史上初めてのはずです。これが、いかに大変な出来事と認識されているかは、米メディアの大々的な報道ぶりによっても、よくわかります。

2005/4/20

 ローマ法王(正しくはローマ教皇)が決まりました。ドイツ出身のラッツィンガー枢機卿が「法王ベネディクト16世」に就任します。前の教皇の名が、ヨハネ・パウロ、そして今度の新教皇の名がベネディクト、この名前はどうやって決めるのかと不思議に思っていたら、こちらのサイトに面白い話が書いてありました。何でも「自分で名乗る」のだそうです。ヨハネ・パウロとかベネディクトなどの名前は、教皇の名にふさわしい伝統的な名称を選んで付けているとのことです。例えば、今回のベネディクトというのは「祝福」と言う意味で、過去にも同じ名前の教皇が存在まします。あとは、ヨハネとかパウロとかレオとか、確かに歴史に出てくる教皇名にありますね。過去の教皇名を見ると一番多いのはヨハネスで、次がグレゴリウス(16人)ベネディクトゥス(15人)そしてクレメンス(14人)イノケンティウス(13人)レオ(13人)と続きます。上記のサイトには、この名前が何になるかを賭けるトトカルチョがあるそうです。
 いや、知らなかったので勉強になりました。

 今回の教皇選出ですっかりおなじみなったコンクラーベですが、これは司教たちを閉じ込めて鍵を掛け、食料と水の差しれを徐々に減らしていくことで、早く決めさせた…そうですから、昔は市民の力も強かったようです。

 さて、少し前に「ローマ教皇とナチス」(文春新書)という本を読んだので、今回の新教皇がドイツ人というのは、なんとなく気になります。「ローマ教皇とナチス」は、第二次世界大戦下の教皇だったピウス(ピオ)12世(エウジェニオ・パチェリ)がユダヤ人弾圧に加担した経緯が書かれた本です。ピウス12世自身はドイツ人ではないのですが、ドイツに大司教・大使として赴任していたことで親ドイツであったこと、ヒトラーのちからに逆らえなかったこと、そしてかなり熱烈な反共産主義であったがゆえにナチスを支持したこと…などが、ユダヤ人弾圧を「少なくとも制止しなかった」理由として書かれていました。
 ヨハネ・パウロ2世も、社会問題に関しては保守派の教皇と言われながら、東欧の民主化に貢献したことが偉大な業績のひとつとして挙げられています。ただ、近世以降のカトリック教会が伝統的に「反共産主義」だというのはよく知られています。ヨハネ・パウロ2世もその伝統に従っただけかもしれません。

 ところで、学校で習う世界史の中でも中世ヨーロッパ史はかなり退屈で、出てくるのは宗教絡みの話ばかり。中世前半はローマ教皇と世俗権力(諸侯)との権力争い、中世後半は宗教改革後の戦争、もう「歴史」とは名ばかりのどうでもいいような「宗教史」を覚えさせられます。30年戦争だのユグノー戦争だのオランダ独立戦争だの、わけがわかりません。しかも教皇の名前がボニフェイスとかイノセントとか覚えにくい。それでもいまだに、カノッサの屈辱とかアナーニ事件とかナントの勅令とかいろいろと覚えているのは、まあ受験勉強の賜物でしょう。そんな受験勉強で覚えた知識を駆使しても、いまひとつわかりにくいのが、現代におけるローマ教皇の「位置」です。

 ローマ教皇とは何か…というのは、意外とわかりにくいものです。辞書によれば、「ローマ‐カトリック教会の最高位の聖職。地上におけるキリストの代理、使徒ペテロの後継者であり、全教会に対する首位権をもつ」と書かれています。「ローマ・カトリック教会の最高位」というのはわかりますが、首位権とは何ぞや、どこか歴史の授業で聞いたことがあるかもと思ったら、Wikipediaに「教皇首位説」の解説がありました。ふんふん…と思って読んでみても、イマイチよくわかりません。
 こうなりゃもう、カトリックについて再度いろいろと調べるしかないと思い、こちらこちらの解説などを読み直してみたんですが、歴史的な経緯はともかく、現代におけるローマ教皇のポジションというか、具体的な権限・権力については、よくわかりませんでした。事実上は聖職者の任命権ぐらいしかないんじゃないか…と思う次第です。
 まあ、俗世の具体的な権力があるわけじゃないかもしれませんが、それでもローマ教皇たるもの、カトリック信者とカトリック信者が多いキリスト教国に対して、たいへん大きな影響力を持っています。
 近世以降のカトリック教会が伝統的に「反共産主義」…と書きましたが、第二次大戦後の世界で「カトリック」というのは、概ね自由主義国の「保守本流」の位置を占めてきました。キリスト教国においては、反社会(共産)主義、反リベラルを主旨とする政党や政権と結びつくことで、政治的に大きな影響力を持ってきたということです。ヨハネ・パウロ2世が反グローバリズムを支持した…なんて話もありますが、欧米諸国においてカトリック教会が政治的には「右寄りの保守勢力」と結びついてきたことは確かです。ブッシュ政権でもカトリック右派が大きな影響力を持っていることは、よく知られています。

 …こうした世界の政治に果たすキリスト教、特にカトリック教会の役割を冷静に見ていると、現在のような形でカトリックと言う宗教が政治に影響を与えるのは「よくない」と、つくづく思う次第です。そりゃ、カトリック教会は○○○真理教やら○○学会などの新興宗教とは違って、長い歴史を持ち世界の文化史の中で大きな役割を果たしてきたことは事実でしょう。
 でも近代の民主主義国家においては、合理的に国家を運営するためには、「政教分離」によって宗教の影響を排除することが非常に重要…とのコンセンサスが確立しているはずです。過去の世界の歴史の中で、宗教の対立が数え切れないほどの戦争を生み、また宗教が政治に影響を与えることでいかに不合理・不条理な国家が数多生み出されたかを、人類はもう一度考えるべきでしょう。
 今回のローマ教皇選出騒ぎ、カトリック国の民衆の熱狂を見る限り、人類は歴史から何も学んでいないのでは…などと思ってしまいます。
 まあとにもかくにも、誰がローマ教皇になろうと、私は知ったこっちゃありません…

2005/4/19

 よせばいいのに、ナショナリズムの話題を続けます。むろん、「独り言」です(笑

 中国全土に拡大しつつある反日デモは、依然として収まる気配を見せていません。国内向けの不満を逸らすために中国政府が意図的に「後援」しているかどうかは別にしても、共産党政権の成果と正当性を訴えるために政権成立のきっかけとなった抗日戦争を称揚する教育を行ってきた中国政府とすれば、「反日デモ」を露骨に弾圧することで自らの抗日戦称揚教育そのものを否定するのはまずい…ということなんでしょうね。在留邦人や旅行者の安全が心配です。実は6月に北京を訪問する予定があるのです。また、既に大きな影響が出始めている日本企業・日本経済へのダメージの拡大も気になります。
 日韓関係もまた、悪化の一途を辿っています。。いや、これは関係を修復するのに時間が掛かりそうですが、この原稿を書くのにも安価で性能のよいサムスンの液晶モニタを使っており、さらに韓国製のMP3プレヤーを日々愛用している私としては、あまり経済関係が悪化して欲しくはないですね。

 ところで、今回の中国・韓国に限らず、世界各所に「反日本」という心情を持つ人間が存在する、という現実はよく理解できます。日本人にだって、反アメリカやら反イスラエルやら反中国やら反イスラム国家やら、様々な感情を持つ人がたくさんいます。ある国家の「有り様」が嫌い…という話はわからないでもありません。また、ブッシュが嫌い…のように、国の政策を司る指導者に対する、他国民からの好き嫌いの感情も理解できます。
 しかし私は、「反日本」に加えて「反日本人」という心情が存在することが、個人的にいまひとつ理解できません。現在中国で反日デモに参加している人に対して、個人レベルで「反日本人」かどうかを問うたとき、果たして彼ら、彼女らはどう答えるのでしょうか。
 言い換えれば、「反アメリカ」「反ブッシュ」はわかりますが、「反アメリカ人」という思考が理解できない…ということです。アメリカという国に住む人を個人レベルで見ると、価値観も宗教も文化基盤も実に多様です。アメリカに住んでいた私ですら、未だに「アメリカ人とは何か」という問いに対する答を持ちません。
 私自身、比較的豊富な海外での生活経験や滞在経験がありますが、その私でも特定の国に対する好き嫌いはありますし、特定の国の特定の個人に対する好き嫌いもあります。でも、「その国に住む人間」という包括的な括りを対象とした好き嫌いの感情を抱いたことはありません。

 さて、「反日」と「反日本人」の違い…を解き明かすために(要は自分が納得するために)、まずは「日本」と「日本人」の違いについて考えてみました。特に、「日本人とは何か」という問いに対する答です。この、「日本人」(の属性)を定義する…ことの難しさは、以前から多くの人によって指摘されています。
 「私は日本人である」という言い回しでは、普通「日本国籍を有している」という意味で使われます。これはもっとも簡単な定義です。しかし「私は日本人の心を持っている」と言う時には、「日本国籍を有しているかどうか」が問題にされるのではなく、もっと「別の何か」が必要になりそうです。その「別の何か」というのは、非常にわかりにくいものです。
 まず、宗教や民族、特徴的な文化等で定義できる集団は、比較的、包括的な理解が容易です。しかし日本は無宗教者も多く含む多宗教国家であり、多民族(私は「民族」という概念は欧米人が作り出した虚構と考えていますが)で構成される国家です。民族の概念の成立要件としてよく言われる「身体形質面での共通性」を探していくと、こちらのサイトに示されているように、身体形質においては中国、モンゴル、朝鮮に住む人との差異さえ明確ではありません。こうした医学的データを見る限り、身体形質面での共通性で日本人を定義することは不可能ですし、それどころか大陸や朝鮮半島に住む人々と区分することすら不可能に近いようです。
 次に文化的共通性です。「日本の国土・風土が、独自の文化や伝統を育んだ」…ということは事実です。それは日本語という言語であり、その言語が生んだ和歌の世界であり、数々の美術・工芸品であり、茶の湯などの精神文化であり、そして皇室神道などもそうです。挙げていけばキリがありません。しかし、こうした「日本という風土が育んだ歴史的な文化」が、現代に生きる日本人の精神性やライフスタイルに何らかの影響を与え、「日本人」を定義するに足り得るだけの「共通性」を付与しているかとなると、これはもう甚だ疑問です。

 文化の基盤となるのは、まず言語です。しかし、「日本語を話すから日本人」という日本人の定義は、成り立ちそうにありません。海外日系人など、日本人の心を持ちながらも日本語を上手く話したり読み書きが出来ない人はいくらでもいます。日本人ではないピーター・バラカンが操る日本語は、少なくとも渋谷のセンター街でコンビニの前に座り込んでいる若者どころか、下手な大学生よりも豊富な語彙を駆使しています。逆に異様な記号と表記でコミュニケーションを交わす若者の携帯メール文化は、標準的な日本語とはかけ離れたものです。また、日本語の大きな特徴の1つである、敬語や丁寧語、謙譲語なんてものは、既に若者の間からは死滅しています。ともかく、日本語の使用状況は、日本人の定義の一部にはなるかもしれませんが、絶対要件ではありません。
 次に「伝統文化」です。いまや日本では一生のうちに一度も和装をしない人が増えました。茶道、華道、歌舞伎など、日本の全人口のうちの半分以上は実際に体験したことも見たこともないでしょう。また、現代人の日常の文化に、茶道や華道が反映されている例が多いとも思えません。
 宗教文化はどうでしょうか。初詣や受験祈願は神道、結婚はキリスト教、葬儀は仏教…という「宗教的節操のない」日本人を見ている限り、宗教的な部分で国民に共通性を見出すのは困難です。奈良や京都の寺社仏閣を好む観光客は依然多いものの、清水の三年坂で得体の知れない土産物を買い漁る修学旅行生や観光客の群れからは、「寺に参拝する」という宗教的で敬虔な心情は全く伺えません。古くから山岳信仰の聖地たる富士山の山麓は、不法投棄されたゴミの山となっています。
 では、精神文化はどうでしょう。まず日本人の精神文化の源流としてよく取り上げられる「武士道」なんて、とてもじゃないけど日本人の精神の源流に関係があるとは思えません。こちらのサイトのリンク先を読めばわかる通り、本来の武士道は「なんとしても生き延びる」「手段を選ばず敵を倒す」という合理性に基づいたもので、よくわからない「葉隠の精神」なんてものは明治以降に無理矢理作られたものです。実際に、戦国時代の武将は言うに及ばず、鎌倉、室町の両武士政権、そして江戸幕府もが、敵対者を倒すために陰湿で卑怯な謀略の限りを尽くしています。現代の日本人には、逆に本来の武士道の精神であるところの「手段を選ばず敵を倒す」という合理性が欠如しているように思えます。
 「勤勉の精神」はどうでしょうか。これは確かに、ごく最近までかなり普遍的に日本人に備わっていた特質だったと思います。私の両親もそうでしたし、私自身も「仕事面の勤勉さ」だけは人後に落ちません。しかし最近では、日本は先進国の中では最も「ニート」が多い国ですから、とてもじゃないけど普遍的な日本人に「勤勉の精神」があるとは言えそうもありません。今後、ニートはさらに増え続けると予測されています。いまや、バンコクあたりで見かける人々の方が、よほど勤勉です。
 親や先輩、年長者を敬うという儒教文化はどうでしょうか。これはいまや、韓国の方がずっと強く残っているような気がします。韓国どころか、私の知っている限りではこれもタイやインド等のアジア諸国の方が、親を大切にする若者がはるかに多い。世界の国の中でも稀に見るほど「核家族化」が進んだ日本では、親の老後の面倒すら見ない世代が増えてきました。田舎へ行けば一人暮らしの高齢者ばかり、こんな国は世界に少ないと思います。儒教的な良心なんてものは、日本ではとっくに失われました。
 そういえば、R・ベネディクトが「菊と刀」で主張した「恥の文化」というのも、日本人の特質を表す精神文化としてよく語られます。ベネディクトは次のように書きました。
 …「恥を知る人」とは、あるときは徳の高い人を、あるときは名誉を重んじる人を指している。"恥は日本の倫理において「良心の潔白」、「神に義とされること」、罪を避けることが、西洋の倫理において占めているのと同じ位置を占めている…
 日本において本来、最も高い「徳」を有しているべき人であろう、政治家や企業経営者などが絡んだ最近の事件を見ていると、「恥を知る人」なんてもう見たこともありません。山拓やムネオあたりの顔を見ていると、そして彼らのやっていることを仄聞すると、胸がムカつきます。このクラスの人ですらそうですから、一般庶民の「恥」に対する認識なんて、言わずもがな…です。電車の中で自分の子供が騒いでいるのを注意されると逆ギレする母親、電車の中や喫茶店で兵器で化粧をする女性…、こんなのはもう「日常的な日本の光景」です。欧米などと比べても、公共の場で見る恥ずかしい行為の数々は、日本が圧倒的に上回っています。「恥の文化」なんて、現代の日本にはありません。
 では、「争いを避け、和を重んじる」というのはどうでしょうか? 日本という国が成立して以降1500年以上の歴史を通してみて、日本人が特に「争いを好まない」という証左はまったくありません。欧米の国や他のアジア諸国と比較して、戦争や殺戮を行った回数は、特に遜色はありません。他国への侵略の回数は、建国以来の歴史の長さから見れば確かに少ないかもしれません。しかしこれは、単に日本が島国で陸地続きで他国の領土と接していなかった、という地勢学的な理由によるものでしょう。ビジネスの現場などで争いを好まない、根回しが好き…というのは、確かにありますが、これは単に「面と向かっての論争・交渉毎が嫌い、できない」だけのような気がします。いずれにせよ、日本人の伝統として「和をもって貴しと為す」というのは、根拠の無い話のようです。

 ところで、先に「私は日本人の心を持っている」と言う時には、「日本国籍を有しているかどうか」が問題にされるのではなく、もっと「別の何か」が必要になる…と書きました。
 これはおそらく、「ユダヤ人の定義」と同じ話です。イスラエル建国の父であるベングリオンが、「我々は3000年間、定義などなしでユダヤ人として生きてきたし、今後もまた生きていく。ユダヤ人には、宗教共同体とか民族といった面からの定義もあろうが、ユダヤ人という意識だけで充分である」…と言った話は知られています。だから、日本人の定義も、当人が「私は日本人だ」と自覚しているかどうかだけが問題になるはずです。
 私もそれでよいのだと思います。でも、ユダヤ人には、最低でも宗教面での共通性があります。共通性がほとんどない日本で、「私は日本人だ」と主張することは、何をもってするのでしょうか。
 「現代の日本人」の生き方や行動、価値観の現実を見て、その中から共通する規範、共有できる価値観などが存在するか、また日本の風土が育んだ伝統的な文化と現代の日本人の精神風土に何らかの関連があるか…と問われると、即答できる人はほとんどいないような気がします。私も「日本人とは何か」…は、よくわかりません。

 こうして書きながらも明言しておきますが、私は現代の日本に住む人の「特別な部分」だけを見て書いているつもりはありません。少なくとも「現代の日本に住む人全体の半数以上、場合によっては大半を占める人間の行動や特質」の現実を見て、書いているつもりです。例えば伝統文化に対する理解。日本に住む人の中にも、当然ながら伝統文化に理解がある人もたくさんいます。しかしそれとて、伝統文化など何も知らない…という人の数と比べれば圧倒的小数派であることは否定できません。例えば、海外で高く評価され、日本の伝統的絵画・工芸文化の真髄とも言える「尾形光琳」がどんな人か、何時代の人か、渋谷の街角で不特定多数の人を捕まえて聞いてみればわかるでしょう。世代を問わず、おそらく10人中9人が答えられないと思います。尾形光琳の作品の実物を見たことがある人、これも10人に1人いないでしょう。絵画・工芸品を問わず彼の代表的な作品の名前を1つでも挙げられる人は、これは100人に1人いるかいないでしょう。
 儒教文化についても同じです。例えば親が死ぬまで同居して面倒を見る…と言い切る若い世代がいったいどれだけ存在するのでしょうか? これまた、おそらく10人に1人ぐらいでしょうね。
 90%以上の人間にないものは、もう「文化的共通性」とは言えないのが当然です。

 先に「尾形光琳」がどんな人か、何時代の人か、10人中9人が答えられない、作品を見たことがある人も少ない…、という話を書きましたが、実はこれってかなり不思議なことです。自国を代表する美術家・芸術家の名前を知らなかったり、作品を見たことがなかったりする人って、欧州あたりでは非常に稀です。アメリカのような多民族国家は別にしても、日本のような人口の流動性が少ない国家では、まずあり得ない。オランダ人で「ファン・アイク」を知らない人には、まず出会うことがないでしょうから。
 しかし日本人は、尾形光琳の「八ツ橋図屏風」を知らなくても、「モナリザ」のことを聞けば、誰でも知っている。これっていったい何でしょう。確実に言えることは、日本人が日本の伝統文化に興味を失っているわけです。むろん、教育課程で日本の伝統文化に関する紹介が少ない…という部分はあるかもしれません。でも、私が記憶する中学校の美術の教科書では、日本の絵画、美術工芸品の紹介ページは、決して少なくありませんでした。面白くも何とも無かったですけど。
 そういえば、絵画の鑑賞を趣味とする日本人の中で、フェルメールのファンがやたら多いと何かの雑誌の特集に書いてありました。何でも作品数の少ないフェルメールの作品を見るために、世界の美術館を回っている人が多いそうです。だって、フェルメールなんて中学・高校の美術の教科書にだってそれほど大きくは扱われていないはずだし、日本では過去にあまり紹介されてこなかった画家です。
 よく知りませんが、フェルメールのファンがたくさんいる国って、欧米以外の文化圏の国で、日本以外にあるんでしょうか。逆に、例えば自国の伝統的絵画を代表する狩野探幽のファンというのは、ほとんど聞いたことがありません。まったくもって、日本は掴み所のない国としか言いようがありません。

 この、「日本人を定義しにくい」「日本人に文化的共通性が見つけにくい」…という点は、表層的にはアメリカと似ています。しかし、先に書いたように、アメリカは極端な「異文化混合国家」であり、共通する文化的基盤がほとんどありません。それに較べて日本が特異なのは、アメリカという国が国家の成立が新しく、しかも世界中からやってきた移民で成り立っている国であるのに対し、日本は1500年以上の歴史を持つ国で、しかもその間人口の流動性が非常に低い…という違いです。こういった「長い歴史」を持つ国で、ここまで「共通する文化」を抽出しにくいというのは、何とも妙な感じがします。
 しかし、日本という国の歴史の長さを感じる特質の差もあります。アメリカは個人レベルでの「多様な価値観」が共存しています。日本人には、そこまでの「多様な価値観」は見られません。日本人は、比較的「他者との同一性」を好みます。端的に表現できるような文化的共通性や、伝統文化に基づく共通性が著しく少ないにも関わらず、「なんとなく共通する行動特性、精神風土」の存在は、逆に強く感じます。その上で「共通性に属さないものの排他」を好みます。それは、1500年間、日本列島という国で共同して生活を営んできた…ということの結果ではありそうですが、それが宗教だの、儒教文化だの、武士道だの、徳と恥の文化だの…といった巷間よくいわれるようなものを基盤としたものではないことは確かです。そうした部分での共通項は現代の日本人にはありません。ではいったい、この「日本人になんとなく共通する行動特性、精神風土」なるものの正体は何でしょう。

 「日本人の定義」は難しくても、「日本人の行動特性」、または「日本人になんとなく共通する精神風土」についてならば、いろいろと見えてくることはあります。例えば、「あまり自己主張をしない(自己主張が下手)、多数の意見に容易に同意する」「他者との同一性を好み、目立つ個性の発露を嫌う」「集団で行動するのが好き」「所属集団への帰属意識が強い」…こういった部分は、全ての日本人とは言いませんが、比較的多くの日本人が持っているようです。ただ、これらの「日本人になんとなく共通する行動特性、精神風土」は、「日本人の定義」をする上で、何か役立つでしょうか。いずれも、「個人の資質の問題」に近過ぎて、日本人であることの決定的な証左にはなりません。こんな人は、どこの国にもたくさんいます。特に韓国人などは、「他者との同一性を好み、目立つ個性の発露を嫌う」「集団で行動するのが好き」「所属集団への帰属意識が強い」…などの点で、比較的よく似た行動様式を持っています。ただ、私が親しくしている韓国人の大学助教授は、「自己主張」の部分では、韓国人は日本人とは違って欧米人に近いほど積極的な人が多いと話していました。

 話を最初に戻しましょう。結局、こんなに書いてきても「日本人の定義」は見つかりませんでした。日本に伝統文化、伝統の精神文化はあっても、それに基づく、または影響を受けたライフスタイルや行動特性を持つ日本人は、現代において非常に少ないのが現実です。伝統文化とは異なる部分で、「多くの日本人に共通する精神風土・行動特性」は存在しますが、それは日本人を定義する上で、あまり役に立ちそうもありません。
 そうなると、「自分は日本人である」という現実は、日本国籍を有しているという事実以外に、何に準拠して考えればよいのでしょう。「私は日本人の心を持っている」と言う時に必要な「何か」とは、いったいどんなものなのでしょう。結局よくわかりませんでした。日本人の私ですら、日本人のことが定義できないのです。これを他国に当てはめても、「○○人」を定義することは、きっと難しいでしょう。

 どこの国にも「共通する精神風土・行動特性」はありそうですし、国によっては、構成する人に共通する宗教や文化が、もっと明快に存在するかもしれません。構成する人の身体形質面での特徴の差異が、もっと明確な国だってあるでしょう。しかし、それでもなおかつ、そうした共通性は、「個人」の資質の違いを前にした時、微々たるモノでしかないような気がします。
 こんな話になると、私の知り合いのイラン人を思い出します。彼は、敬虔なイスラム教徒ですし、本人曰く「生粋のペルシャ人」です。外見的に見る限り、身体的形質も明白です。しかし彼は、学生として日本に滞在すること5年、その後6年間に渡って日本で働き、既に10年以上日本に住んで、日本人と結婚しました。彼は、イスラム教で禁止されているお酒だって嗜みます。外国人が嫌がる銭湯にだって行きます。こうした様々な「外国人らしくなさ」「イラン人らしくなさ」を指摘されると、彼は必ず上手い日本語で言います、「郷に入れば郷に従え」と…

 こうなるとやはり、「○○という国を嫌う」ことはともかく、「○○人を嫌う」というのは理解しにくい心情です。

 私はアメリカ、しかも人種の坩堝でもあるニューヨークに住んでいたことがあるせいか、肌の色や言葉が違う人間が1つの国を形成している…という状況には全く抵抗がありません。誰もが知っている話ですが、ニューヨークやLA、マイアミあたりでは、英語を話す人間よりもスペイン語を話す人間の方が多い…というのが実情です。別にアメリカに限らず、仕事で行った欧州でも肌の色も言葉も異なる人間が、日本よりも自然に日常生活を共有しているのを見ました。アメリカやフランスなどでは、全く異なる文化、全く異なる生活習慣を持つ人間が共存して1つの国を形作っています。むろん、これらの国にも「異文化を持つ人と共存したくない」という人間が存在することは確かです。しかしそうした軋轢を乗り越え、文化の多様性を維持するために、フランスなど欧州諸国は国家レベルで様々な努力をしています。

 日本は、そろそろ「文化的多様性を許容する」国へと向かうための努力を、もっと真剣にすべき時期に来ているのかもしれません。

2005/4/15

 私には、以前からよくわからない言葉があります。それは「国際法」です。  アメリカが大量破壊兵器を理由にイラクを攻撃した時には、アメリカの武力侵攻に「国際法上の根拠」があるかどうかが議論になりました。そして最近話題になっている日韓、日中の領土問題においても「国際法」という言葉がよく使われます。例えば「竹島は国際法に照らしても日本の領土」「韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠」などといった主張をよく見かけます。

 さて、現実に「国際法」という法律があるわけではない…ことは誰もが知っています。じゃ、国際法って何?…と問われると、法学部で国際法を学んでいる学生でもない限り、明確に答えられる人意外と少ないようです。私もその1人です。
 今日は、その「国際法」について自分でチョコチョコよ整理したことを書きます。このメモは、1週間ほど前から書き始めたもので、個人的な「頭整理メモ」のようなものです。

 まずはWikipediaで「国際法」を検索してみました。

 …国際法とは国際社会における国家をファクターとして、そのファクター間の関係を規律する国家間の法律。「国際公法(droit international public)」とも呼ばれる。成文化されたものと、慣習によって成り立つ不文のものとがある。歴史的には16-17世紀のヨーロッパにおける宗教戦争の混乱を経て、オランダの法学者フーゴー・グローティウスやスアレス、ビトリアらが創始。成文化された国際法の例として条約がある。締結する国家や地域が、その内容に同意して採択し、また批准して効力を発揮する。これは、条約を締結した国家や地域のみについて有効な法律となる。国際慣習法は、多数の国家がそれが法的なものであるとの意思(法的確信)のもとに、一定の慣行を守ることによって成り立つとされる。国際連合憲章について言えば、国連にはいまや世界のほとんどの国が加盟しているため、ほとんど慣習法化された成文法と言える。

 次に、比較的わかりやすく整理されているところで、こちらのサイトの中の「国際法の存在形式」を読むと、次のように書いてあります。

 …国際法の存在形式としては、「条約」と「慣習国際法」があげられる。「条約」と「慣習国際法」を補完するものとして「法の一般原則」、また、補助的なものとして、「裁判上の判決や国際法学者の学説」があげられている。
 いや成文化されている国家間の取り決めである「条約」ってのは比較的簡単に理解できますね。ここに書いてあるように「国家及び国際組織相互間において、当事者間に一定の権利義務関係を生じさせるために締結される明示的な合意」のことですから、これはよくわかる話です。
 でも、「国際慣習法」となるとぐっと曖昧さがまします。

 …慣習国際法とは、同法を裁判適用法規として認めている国際司法裁判所の定義によれば、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」であ り、一般に慣習国際法が成立するためには、客観的・事実的要素としての「一般慣行」と主観的・心理的要素としての「法的信念」の二つが必要とされている。
 「一般慣行」は統一的な行為(作為・不作為)が、公判かつ長期にわたって繰り返されることを言う。完全な画一性が求められるわけではなく、またすべての国家によって行われる必要もなく、一般的な一致と主要な利害関係国の参加があればよいとされる。さら に時間的経過についても、形成されようとしている慣習法の対象によって一律ではなく、きわめて短期間の間に慣習法が成立することもある。
 「法的信念」とは国家によってなされた行為(作為・不作為)が、法的権利義務の概念を伴っているという規範的意識をいい、国家実行が繰り返されていく中で次第に形成されて いくとされる。国際法においては、黙示の合意というものが重要な役割を果たし、他国のとった行動に対して、相当期間内に意義を述べない場合、その行動に対して黙示的な合意が認められ、法的信念への一つの目安となるのである。

 いやもう、まったくもって曖昧なものです。「条約」はともかく、「慣習国際法」はわかりにくい。まあ「一般慣行」はよいとしても、「法的信念」に至っては、共通の価値観をベースにしなければ到底成り立たないような気がします。例えば、価値観の異なる欧州諸国とイスラム諸国の間に「黙示的な合意」なんてものを介在させるのは難しいでしょう。
 ともかく、「国際法」というのは非常に「緩い概念」だということがわかります。

 「国際法」についてもう少しわかりやすく、明確な定義がないかと探していたところ、こちらで以下のような一文を見つけました。

 …国際法は、国際関係(とりわけ国家 関係)を規律するルールであり、国際機構は、国際社会の利益を増進するための組織であり、フォーラムである。国際機構は、設立文書に基づき創設され、その中に、その機構の目的、組織、運営手続、権能などが記されている。国連の場合であれば、国連憲章が設立文書である。この設立文書とよばれる法文書も条約 であり、国際法である。そして国家の合意に基づいて作られている。条約に入っていない国家は、その条約に拘束されることはない。国際機構に入っていない国は、国際機構の決定や勧告に従う必要はない。国家は主権を有しており、他からの干渉を受けないからである。したがって、今日の国際法や国際機構の基本問題 は、国益を重視し、国家主権を擁護するためのものと考えるか、国際社会全体の利益のために国家主権の制限をも行うものと考えるかという点にある。現行の条約や現存の国際機構に関しては、国家主権を擁護するために条約や設立文書を厳格に解釈するか、国際社会の利益増進のためには国際機構の自立性を求め、時代 のニーズに応えるべきであると考え、条約や設立文書を自由に解釈するか。両者の微妙なバランスの上に、国際法も国際機構も立脚しているのである。

 ふむふむ…
 この文の意訳、そしてこれまでにあちこち読んだ資料の理解を加えると、国際法のおおざっぱな定義は、次のようになると理解しました。
  • 国際法なんてものは、明文化されたものすら「国と国との取り決め」に過ぎず、2国間、あるいは多国間でバラバラに決められたルールの集合。
  • 多国間の共通ルールとしての国際法は、より「慣習法」的な側面が強くなる。
  • 「国連」のような国際機構で参加国の合意のもとに作られたルールは国際法。しかし、非参加国はそのルールに拘束されない。
  • 国家は主権を有しており、他からの干渉を受けない。国際法は、国家主権を制限しない(することができない)。
 他にもいろいろな資料を読んだり、大学のサイトで国際法講義のレジュメを読んだりして、なんとなくこのあたりまで理解したところで、某大学の法学部にいる友人の大学助教授に、私の理解が正しいかどうかを聞いてみました。彼は国際法が専門ではないのですが、概ね私の理解を肯定した上で、現在最も考え方にバラツキがあるのが、「国家主権に対する考え方」だと教えてくれました。どうも最近では、国際秩序のためには国家主権の制限も止むを得ない…という考え方もけっこうあるのだそうです。

 こうなると、国家主権とは何か、国際法上定義される国家とは何か…という点についても明らかにする必要がありそうです。
 まず「国家」は、国際法における主要な法主体であり、国際法上、国家であるためには、通常は@永続的住民A一定の領土B政府C他国との関係を取り結ぶ能力(外交能力)の四つの要素が必要とされています。その上で、国家には「基本権」があり、@主権A平等権B自衛権C国内問題不干渉義務…あたりが認められているそうです。さらに国家の「主権」という概念は、「統治権」を意味するだけでなく、それ自体が多義的なものなんだそうです。

 …話が逸れましたが、国際秩序のためには国家主権の制限がある…とは言っても、それはあくまで当事国が「主権の制限まで含む連合構想」に明確に同意した場合であって(例えばEUが典型的な事例)、やはり「国家主権の制限に同意しない国」に対しては、他のいかなる国家も当時国の主権を制限することはできない…というのが基本的な考え方である点は、ほぼコンセンサスが固まっているとのこと。

 そして最後に、面白い事実が見つかりました。実は、歴史上「世界の国全部が合意した取り決め」は未だに一つもない…のだそうです。まあ、考えてみれば当然でしょうね…

 国際法なんて、たかがこの程度のものか…というのが実感です。条約や同盟に参加しない国に対しては何もなし得ないし、ベースが慣習法である以上しょせんは武力の強い国家の都合の良い方向に動くのが道理なわけですね。
 で、思ったのですが、例えば日韓・日中の領土問題なんてのは、最終的には当時国間で解決する以外に方法はなさそうです。

2005/4/14

 この手の話題を取り上げると、いろいろと不愉快なメールが来たりする…とわかっていながらも、またしてもナショナリズムのお話。私も懲りないなぁ…
 まあ、他人に読んでもらうための文ではなく、ストレス解消を目的とする個人サイトでの独り言、与太話の類ですから、他者からの意見は無視します。

 まずは、私の「サヨク嫌い」の話から…
 昨日から、北田暁大「嗤う日本のナショナリズム」(NHKブックス)という本を、電車の中でヒマツブシにパラパラと読んでいました。北田暁大と言えば、東浩紀宮台真司 /、山形浩生あたり(味噌もクソも一緒かも…笑)と並んで、ネット文化を語りネット上で積極的に発言を続けている気鋭の論客(??)の一人です。
 …で「嗤う日本のナショナリズム」は、その冒頭で、ゾンビたちの連合赤軍 〜「総括」と60年代的なるもの…と題し、凄惨な隣地殺人を行った連合赤軍事件で、キャンプの中で集団を指導する立場にいた森・永田の2人が、集団の中で「批判を許さない絶対的な存在」になってくプロセスを分析していました。
 ふむふむ…って感じで読み流していたのですが、「自己否定」「自己批判」なる言葉についての話は、かなり面白かった。私、「自己否定」「自己批判」という言葉が大嫌いなんです。ひいては、この言葉を多用したかつての「サヨク」が嫌いでした。
 私自身は「ポスト団塊世代」ですから、全共闘運動が高揚した時代に大学のキャンパスにいたわけではありません。むろん、直接的に全共闘運動や左翼運動に関わった経験もありません。私が大学に入った頃は、もう学生運動は凄惨な内ゲバの時代に入っており、60年代後半の全共闘運動が持っていた(…であろう)社会変革へのダイナミズムなんてものは、カケラもありませんでした。
 私は高校卒業後上京して大学に入学したとたん、教養のキャンパスはロックアウト。学生運動の全国的なピークに大幅に遅れて、わが大学は時期外れの全学ストをやってました。確か理由は、学費値上げ反対…です。わざわざ都心のキャンパスまで週2回ほど授業を受けに行く…という不便な生活を強いられました。私自身は教養キャンパスの敷地のホンの隣、理工学部との間に下宿していたので、サークル棟で毎晩のように内ゲバが行われているのがよくわかりました。当時の日吉の執行部は確かブント某派、同じ東横線沿線に敵対する社青同解放派(懐かしい言葉…笑)が拠点としている大学があり、夜毎ブントが巣食うサークル棟に襲撃を掛けてきていたようです。ケガ人が続出していた状況は、当時のキャンパス内の立て看などに書かれていたので、なんとなく覚えています。
 私が、サヨク嫌いになったのは、別にこうした内ゲバを見ていたからではありません。
 高校時代の私の友人には、いわゆるセクトに参加していた人もいましたし、大学の友人の中にもたくさんいました。そういう彼らの口からよく聴いた言葉が、「自己否定」「自己批判」です。議論または、議論に近い状況になると、彼ら、彼女らの口からは、必ず「自己否定」「自己批判」の言葉が出てきました。
 当時の左翼系学生にとって、自己批判という行為は必須のものだったはずです。なぜなら、「嗤う日本のナショナリズム」の中でも触れられている通り、本来プロレタリアートではあるはずがない大学生が、プロレタリア開放の思想にコミットするわけですから、自己否定から始めなければ、運動の中における自分の「立ち位置」を明確に出来るはずがありません。だからこそ、プチブル学生が語る「自己否定」なる言葉には、もともと何がしかの「贖罪意識」が込められていた…はずです。
 しかし、本書の中で引用されているように、作家の高橋和巳は「…自己否定という言葉は贖罪的ニュアンスではなく、まず自らの肉を斬っておいて、そのことによって相手の骨を斬る正当性を確保する…ために使われた。被害者加害者の逆転の契機としての自己否定…」
 いや、当時、まさにその通りだと感じました。「自己否定」とは「相手に対して倫理的優位性を確保し、その上で相手を攻撃する」ために使われた言葉であったと、強く感じたわけです。
 私は、当時の左翼学生運動家に共通する(…と感じた)、ともかく相手に対して「倫理的優位性を確保」し、その上で「おもむろに相手を攻撃」しようとする姿勢、やり方に強い違和感、いや嫌悪感を感じました。「論理」に対しては容易に反論できますが、「倫理」には反論しにくい部分があります。「倫理」による「自己の正当化」は、相手を攻撃する時、非常に強い武器になります。「自分はこんなに高い倫理の下に行動している。だから私の言うことは正しい。翻って君は整然と論理を述べるが、倫理的に見て自己を総括しきっているか?」のような言われ方が、非常に不愉快だったのです。特に「個人の生活上の快適や個人の幸福を追求することは、大義のために自己を犠牲にする行動と比べると、倫理的に劣っている」…といった切り口で語られることが、たまらなく嫌だった。
 まあ、実際に当時の自分の心理を書くともっと話は複雑かもしれませんし、周囲の学生運動家のスタンスだって多様であったとは思います。こんな昔話を長々と書くのは面倒です(笑) 大雑把に言うと、こうした部分が、私が左翼嫌いになった大きな理由かもしれません。

 さて、この「倫理的優位性に立つことで相手を攻撃する」というスタンス、実はあの時代から数十年が経過した今も、あちこちで見られます。しかも「サヨク」ではない人たちの口で語られています。
 例えば環境至上主義的なエコロジストたち。「子供の世代に美しい地球と自然を残そう」というのは、もう批判のしようがないほど完璧な論理。でも、これも論理と言うよりも倫理の匂いがしちゃうんです。「後世のために」という崇高な理念を持ち出されると、「現世の快適」を求める人間は、もう倫理的に下位に立っちゃいます。これを言われた後では、経済状況や生活の利便性確保を前提とする現実的な環境保護の議論が続きません。その上で、これを言う相手が田舎暮らしかなんかを実践してたりすると、仕事の関係で田舎暮らしなんか出来ない都市生活者は、圧倒的に不利な立場に立ちます。だから、この手のお題目は胡散臭く感じちゃうんです。なんだか、かつての左翼運動家の亡霊を見ているようです。心の中で「あんたは立派な人間だよ、私はそんなに立派じゃないから」と毒づきたくなるんです。
 昨今は、「ナショナリスト」も同じように「倫理的優位性」を確保しようとします。典型的な雰囲気を持っていたのが、あの北朝鮮拉致問題でした。拉致問題が発覚したとき、それに対して取るべき日本人のスタンスは、あらかじめ絶対的な尺度で決められていました。
 「ある日突然子供や兄弟を奪われた被害者家族の悲しみ、心情を思いやる」→「無実の一般市民を国家的意思のもとに拉致した憎き北朝鮮」→「北朝鮮に対する強硬姿勢を要求する拉致被害者の会の主張は当然」…といった感じです。
 要するにわれわれは、拉致事件に対するスタンスの基盤を、「ある日突然子供や兄弟を奪われた被害者家族の悲しみ、心情を思いやる」ところから始めなければならなかったのです。そして、そうしたスタンスは実際に正しい。「倫理的には絶対に正しい」のです。そう考えることが「人の道」です。私だって、拉致問題では全く同じ思いを抱きました。「拉致被害者家族の心情はいかばかりか」「北朝鮮という国はなんて外道な行為をするんだ」と…
 しかしこの拉致問題、国家間の関係の現実を踏まえた議論となると、当然異なるスタンスから始めることが要求されることもあります。北朝鮮を同胞国家と見る韓国国民の心情、その韓国と日本の経済的な深いつながり、過去に日本が行った植民地政策体験の共有も含めて北朝鮮寄りの立場を取る中国、その中国と日本との複雑な経済関係、さらには経済大国・消費市場としての中国を重要視する欧米諸国…といった様々な要素を含めて、国際社会の枠組みで拉致問題の解決を図ろうと考えれば、現実の議論の中では「拉致被害者家族の心情を逆撫でし、踏みにじる」意見もあるでしょう。
 お断りしておきますが、私は拉致被害者家族の方々には深い同情の念を覚えています。そして、北朝鮮なんて国家が地上から消えてなくなっても、いっこうに構いません。かの国の独裁指導者の言い分に、一分の理があるとも思っちゃいません。
 しかし、現実を踏まえた議論の全てが、「拉致被害者家族の心情に反する」「だから人の道に外れる」といった「上位の倫理」で封殺されることに、生理的な違和感を覚えるのです。この違和感は、先に述べた一部左翼運動家の「自己否定による倫理的優位性の確保」に感じたものと、非常によく似た感覚です。

 結局のところ、「倫理」や「良識」なんて概念自体が、多様なものであるはずです。世の中に「倫理」を振りかざす人間がいる限り、私は社会の様々な事象に対して、スノッブにならざるを得ません。そして、そうした自分の視点の中心は、いつも「個人の幸福」です。昨日の日記でも述べたように、「個人の幸福」を上回る形で振りかざされる「倫理」に対しては、私は条件反射的に背を向け続けるでしょう。そして私は、「自己肯定」こそを信条として生き続けたいと思っています。

 今日の日記、読み直しちゃいませんが、どうもデジカメサイトらしからぬ面倒なことを書いた気がします(笑)。後で読み直したら、全文を削除することになるかもしれません。

2005/4/13

 先日のLATEX話ですが、多くの皆さんが気付いたと思いますが、LATEXという言葉にはもう1つ意味があります。組版用ソフトのLaTeXですね。TeX(テフ)とは、スタンフォード大学のDonald E. Knuthが作成した組版用ソフトウェアで、LaTeXはDEC社のLamportが作成したTeXの拡張マクロのこと。ただし、同じLATEXという文字列でも、表記としては「LaTeX」のように大文字と小文字を交互に書きます。

 私が運営に参加している「カシログ」が@niftyの「デイリーポータルZ」で紹介されたとたん、連日4000〜5000というアクセス数を記録、サーバーがパンクしそうになりました。現在このカシログは、全く新しく開発したBlogプログラムへの移行を進めています。Movable Typeのような既成のBlogではなく、新規に一から開発したBlogシステムです。着々と出来つつあるので乞うご期待。カシログは、いずれ何らかのビジネスモデルを導入して再構築する予定です。

 中国全土に拡大しつつあった反日デモは、多少なりとも落ち着いてきたようですが、中国政府のコメントを見ても判る通り、今後については予断を許しません。この反日デモに関しては、日中双方のネット利用者がナショナリズムを煽りあうという様相を呈しています。市民の政治的な動きを規制する力を持つ共産党政権下でこれだけのデモが行われているのですから、一部の報道にあるように中国政府が黙認・後援をしていることはほぼ確実でしょう。しかし、中国でも急増しているネット利用者が情報を交換し反日行動を扇動しているという背景もあるようです。中国のネットには、「南京虐殺の報復のために、東京虐殺を敢行しろ」といった過激な書き込みも反乱しています。一方でわが国のネットピープルも「支那」や「キ○ガイ」といった言葉を連呼しながら、ナショナリズムを煽っています。竹島問題で日韓のネット利用者がナショナリズムを煽りあったのと全く同じ状況ですね。
 そんな日本のネットピープルの動向を見てみようと、有名Blogを中心にサーフィン。こちらこちらでは、あい変わらず「支那」や「キ○ガイ」のオンパレード。私はいつもながら、「どちらが悪い」という論争には全く興味を持ちません。両国政府の政治的な思惑にも興味がありません。ですから、ここで歴史問題や領土問題などその手の話に振るつもりは毛頭ありません。
 しかしながら、こちらのBlogの数日前のエントリーの中に、ナショナリズム的言辞以外の部分で、非常に気になる一文がありました。
 「…今私たちがなすべきことは支那に『行かない買わない投資しない』に尽きる。この『3ない運動』を静かにやっていれば支那はやがて自滅する…」
 いや、これは現在の日本の経済状況、さらには日中貿易の状況や複雑に入り組んだ経済関係を前提とした上で書いているのでしょうか?

 私は、現時点では、日本経済が中国市場に依存する度合いは、その逆に中国が日本の経済に依存する度合いよりはるかに高い…と考えています。日本が中国への投資をやめれば、欧米企業、特にEUの企業がその穴埋めをするだけ。中国は自滅するどころか、おそらくほとんど困らない。結局、日中の経済関係の破綻は、日本のみが一方的に不利益を蒙る可能性が高い…と思います。それも、日本はかなり致命的な傷を負うでしょう。つまり、自滅するのは日本の方ではないかと思うのです。

 2005年の日本の対中貿易総額は対米を初めて上回り、中国が最大の貿易相手国となる見通しです。対中国貿易はかつては入超でしたが、香港経由分を勘案すると、中国のWTO加盟(2001年末)を境に対中貿易赤字は急速に縮小、2004年にはほぼ均衡し、2005年には黒字となる見込みです。加えて、輸入分の中には、中国に進出した日系企業からの逆輸入も増加しており、これは日本経済の発展に寄与しています。
 また、こちらのレポートなどに書かれている通り、「…中国市場での競争において日本企業は中国企業との差別化を図り、中国企業との分業体制も構築した。すなわち、低コストでの大量生産に長ける中国企業との正面衝突を避け、日本企業は自らの競争優位性を発揮し、技術力をバックにハイテク製品、キーパーツで勝負し、ブランド力をバックに高級品を販売し、きめ細かいサービスも提供するようになった。実際、日本と中国は異なる発展段階にあり産業構造も異なるため、日本企業と中国企業の間には補完的な関係が構築できる…」という状況で、貿易摩擦が起こりにくい状態にあります。日中の経済関係は、基本的には両国間で補完的な産業構造を発展させることでうまく成立しているわけです。
 貿易統計の数値とその中身を見るまでもなく、現在の日本の経済成長、そして今後の安定した経済を支える鍵は中国にある…、ということは、純粋に経済的な視点から見る限り疑うことのできない事実でしょう。

 さらにもう1つ認識しておかなければならないことがあります。日本は現在世界の経済大国ですが、「国力」というか「国の力のポテンシャル」では、明らかに中国の方が上です。しかも相当に上。実際にGDPで中国に抜かれるのは時間の問題ですし、このまま行けば日本は近々インドにもGDPで抜かれることになります。加えて単にGDPの問題だけでなく、国土の広さ、保有資源、人口、そして教育水準(トップレベルの)のどれをとっても、日本と中国ではもう比較にすらなりません。インドも同じです。アジアの経済大国は、中国でありインドである、一千兆円にものぼる借金を抱えて苦しむ日本は凋落しつつある…という事実を、世界の多くの人が認識しています。そして中国人も、こうした点を自覚しています。
 歴史問題や靖国問題、領土問題などで日本が主張をすることが悪いわけはないのですが、極端な話、このままでは中国は日本の主張など歯牙にもかけない、鼻も引っかけない状況になることは確実です。中国やインドと友好関係を結ぶ以外に日本が生き残る道は、小国ながらハリネズミのように武装し、核武装によって現在でも中国より優位にあるところの軍事力をさらに強化し、軍事大国として中国と対峙していくぐらいしか、思いつきません。経済的な凋落を続ける日本が、今後そんな軍事費の負担に耐えられるとも思わないし、実際に戦争になれば、都市部に人口が集中する日本は国土の広い中国に勝てるわけがないし、戦意の部分でも勝てそうにありません。極論すると、軍事力を高めるのだって経済力が必要だし、借金まみれの日本のどこに軍備を拡大する予算があるのでしょう。福祉予算を削りますか? 増税しますか? 年収200万円以下のフリーターや無収入のニートが増え続けている国で、増税にどれだけの意味があるんでしょう。負担可能な個人や企業は、税率が上がれば間違いなく次々と国外に逃げるでしょう。
 さらにアメリカは、日本と中国のどちらかを選択する…と言う状況になれば、迷うことなく中国を選択し、日本を見捨てるでしょう。理由は簡単、アメリカにとって中国市場は絶対に失うことができないものだからです。アメリカにとって、対日経済関係よりも台中経済関係の方がはるかに重要です。これは欧米も同じで、日本と中国の択一をしなければならない状況なら、欧米諸国は迷うことなく中国を選択します。

 確かに、農村部と都市部で極端な経済的格差が生じ、貧富の差が際立ってきている中国では、共産党政権は崩壊するかもしれない。共産党政権の締め付けが強い内陸部と開放が進む沿岸部の間で、国家分裂が起こるかもしれない。軍部と党の関係も一枚岩ではない。その意味では、中国との経済関係を強化することには確かにカントリーリスクがあるかもしれません。しかし、だからといって中国への投資をやめ、中国市場への進出をやめれば、日本経済は限りなく大きなダメージを蒙る可能性が高いと考えます。
 某氏が言うところの「支那の自滅」と「日本の自滅」と、どちらが早いか、けっこうビミョーです。

 私は、国と国の関係において経済関係だけを優先すべきだとは言いません。だからといって、経済関係にだけ眼を向けると「売国奴」と呼ばる状況も、気に入らない。だって日本は、経済的発展の面では、もう袋小路に入りつつあります。教育水準はアジアの中でも低水準に落ち、いまや将来の技術立国なんて夢のまた夢。国家の財政的破綻が目前に迫ってきているのに、その経済を救ってくれる可能性がある国、「支那に行かない買わない投資しない」…というのは、私にとっては甚だ説得力のない話です。私は「理念」や「倫理」は、メシが食えてこそ…と考えています。ウヨクでもサヨクでも無い私は、「個人の幸福」よりも上位の理念なんてないはずだと考えています。国民にまともにメシも食わせられない国に対して、誰も愛国心は抱かないでしょう。

2005/4/11

 マガジンハウスから「relax」という雑誌が発刊されています。とある編プロ経由で、この「relax」に原稿を書いて欲しい…という話が来ました。で、その話はメールで来たんですが、メールでは「RELAX」と大文字で雑誌名が書いてあったんです。この「RELAX」という雑誌名を見た私は、あの「relax」という雑誌がパッと頭に思い浮かばず、一瞬「LATEX」という雑誌名だと思い込んでしまいました。
 あ、むろん「relax」という雑誌は書店でよく見かけるので知っていますよ。自分では買ったことはありませんが、オフィスのスタッフが買ったものを読んだこともあるし、書店の店頭で立ち読みすることもあります。あのフニャっとしたrelaxというタイトルロゴは、よく知っています。でも、そのよく見るrelaxというタイトルロゴが、メールに大文字で書かれた「RELAX」という文字と、頭の中で結びつかなかったんです。いやこうして、「RELAX」と普通の書体の大文字で打って見ると、やはり字面は「LATEX」とよく似ていますよね。おまけに、メールには雑誌名だけで、出版社名は書いてありませんでした。
 そんなわけで、なぜか私は「LATEX」という雑誌から原稿依頼が来たと思った次第です。

 …で、そこで私は考えました。「LATEX」って何の雑誌だろう…と。一瞬、ゴムの技術雑誌かとも思いましたが、依頼内容は技術系の話ではありません。そこで思い浮かんだのがフェチ系の雑誌ではないか…ということです。つまり、ラバーフェチ関係の雑誌ではないかと考えたわけです。「LATEX(ラテックス)」という雑誌名はいかにも、この手の雑誌にありそうです。こんな雑誌名は一度も聞いたことがありませんが、エロ系、準エロ系のコンビニ雑誌なんて、知らないものが山ほどあります。そういえば昔SMマガジンなんて雑誌もあったわけで、それ系で「LATEX」という雑誌があっても不思議じゃないと思いました。

 さて私は、ラバーフェチ系の「LATEX」なる雑誌に原稿が書けるなんて、実に楽しい話だと思いました。むろん私はラバーフェチではありませんが、各種フェチの中では、ラバーフェチのメンタリティは比較的理解できるし、共感を覚える部分があります。つまり、私は露骨な裸よりも着衣、それも露出が少ない方に、性的な魅力を感じることが多いからです。ある意味で私はもともと「着衣フェチ」です。さすがにラバーの感触や匂い云々に興奮するわけではありませんが、ラバーに限らず、ライクラ、ナイロン、スパンデックスなど伸縮性の高い素材で、露出が少ない衣類を女性が着ているのはセクシーだと感じます。トゥームレイダーのアンジェリーナ・ジョリー、古くはバーバレラのジェーン・フォンダ(これはちょっと昔過ぎかも)、そして最近ではキャットウーマンのハル・ベリーなど、私は嫌いじゃありません。嫌いじゃないどころか、はっきり言って大好きです(笑)

 それにしても、アメリカやヨーロッパのサイトを中心にlatexやrubberといったキーワードで検索すると、実に多くのラバーフェチ系サイトが開設され、マニア間で話題が盛り上がっています。さらにこうしたサイトの多くがさらに膨大なspandexやlycra、nylon等のフェチサイトにリンクしており、この種のフェチ、愛好者が非常に多いことを伺わせてくれます。でも、欧米のラバーフェチサイトの中には、非常に過激なものも多いですね。単にラバーの衣類を身に付けるというだけでなく、ガスマスクをつけたり、わざわざ窒息寸前に自分を追い込んだり、けっこう危険なラバーマニアも多い。まあ趣味の世界とは言え、非常に奥深いものがあります。

 …ああ、今日の話、何のオチもありません。メールをよく見たらlatexじゃなくてrelaxだってことはすぐにわかりましたし、もし本当に「LATEX」という雑誌があって原稿依頼が来ても、実際何を書いたらいいのかよくわかりませんし…

 今日の雨で満開の桜はほとんど散りつつあります。昨日撮った、雑司が谷墓地の桜の画像をアップしておきます。



2005/4/5

 先日のことですが、「携帯電話の着うたを巡り、大手レコード会社5社が公正取引委員会から独占禁止法違反(共同の取引拒絶)で排除勧告を受けた」…というニュースがありました。そして今日は、「排除勧告を受けた大手レコード会社5社のうち4社が、勧告を応諾しない方針を公取委に通知した」…というニュースがありました。

 私は街中に流れる「着うた」を、この上なく不愉快に感じています。大嫌いです。比較的静かな通勤電車の中や商談中の喫茶店などで突然場違いな着メロが流れる…、それだけでも十分に神経を逆撫でされていたのですが、その着メロが音源高度化によってリアルな音楽に変わり、さえらにそこにボーカルまで加わった着うたとして流れるとなると、もうガマンできません。騒音が嫌なわけじゃありません。「リアルな音楽」ゆえにガマンができないのです。
 もとより私は音楽が大好きで、1日中音楽なしではいられない生活を送っていますが、「音楽」の趣味というのはきわめてパーソナルで個人的なもののはずです。他人に…、少なくとも見も知らぬ他人に自分の好きな音楽を「聞かせる」ものでは、絶対にないと思うのです。また、アカの他人の音楽の趣味なんて、知りたくもありません。それを強制的に、しいかも突然聞かせられるのだから、たまりません。ましてやその音楽が自分が嫌いな音楽であったら、もう不愉快極まりない話です。通勤電車の中などで、突然不快な音楽が鳴り響き、しかも鞄の中からケータイを取り出すのに手間取って、その音楽が延々と流れていたりすると、これはもう個人的には一種の拷問にあっている状態になります。「ウルセー!」と怒鳴りたくなります。

 かつて、電車の中でポータブルオーディオプレヤーを聴く時の「音漏れ」が、マナー違反かどうかでずいぶんと話題になったことがあります。ケンカなども発生してニュースになりました。ヘッドホンから漏れてくる「シャカシャカ」という小さな音を「不愉快」だと言う人が多いことに驚きました。私は、別になんとも思いません。まず音量が小さいこと、それにちゃんと音楽として聞こえないことから、ただの「音量の低いノイズ」に過ぎません。私には電車の走行音の方が、よほどうるさく感じます。そして、突然鳴り響く高音質の着うたの不快さ、煩さは、こんな音漏れの煩さの比ではありません。

 現代の街中にはノイズが溢れています。しかもかなりの音量のノイズが溢れています。都会生活をしているのだから、ノイズを気にしていたら生きられません。道路を走る自動車の音も、人込みの喧騒も、駅のアナウンスも、様々な電子音も、すべてはノイズです。私は、基本的にノイズは気なりません。しかし、音楽はノイズとは違います。音楽には、一瞬で注意を向けさせるリアルな力があります。人の感性に直接訴えてくるので、無視しにくいのです。だから無理矢理聴かせられると、実に鬱陶しいのです。携帯電話の着信音は、それが普通の電子音である限りはノイズです。しかし、多重発音の高音質着メロは立派な音楽です。これが着うたになると、あまりに鮮明な音楽です。ノイズとは比較にならないほど、気になります。無視したくとも、嫌でも耳に入ってきます。しかも着うたを設定している人は、たいていかなり音量をアップした状態で設定しています。
 いったいなぜ、自分の好みの音楽を周囲の人間に大音量で聞かせる…必要があるのでしょう。なぜ、静かな電車の中に突然鳴り響く、つまらないJ-POPを聞かなきゃならんのでしょう。そうです、着うたってのはそのほとんどが、どうでもいいようなJ-POPです。ORANGE RANGE とかD-51とかBoAとか…、そんなくだらない音楽を聴かせないで欲しい。そして、嫌煙権を主張することが出来るのなら、「嫌着うた権」を主張させて欲しいものです。

2005/4/1

 今日から、二輪車の高速道路2人乗りがやっと解禁されました。もう20年以上も前に、私は高速道路の2人乗り規制撤廃を求める運動に関わったことがあります。あるバイク雑誌の編集者や国会議員などが中心になって、ライダーの署名を集めたり雑誌記事に特集を組んだ路して高速道路の2人乗り規制撤廃を訴えたのですが、暴走族が多かった当時はバイクやライダーに厳しい眼が注がれている時期で、この運動はまさに「蟷螂の斧」に終わりました。その後、「外圧」があったり、バイク乗りに対する世間の目が多少緩和されたり、大型スクーターが増加したりして、今日の解禁に至りました。
 それにしても今回の規制解除は、私にとっては「いまさら」と言う感が強いですね。バイクに乗っていちばん楽しかった頃、女の子とタンデムであちこち遠くまでツーリングしていた時代に解禁されていたら…と、つくづく思います。例えば、バイクの後部シートに彼女を乗せて土曜日の午前中に東京の自宅を出発、荷台に山用の軽量テントとコンロやコッフェルを積んでひたすら20号線を走り、まだ通行規制期に入る前の初夏の上高地の小梨平キャンプ場に夕方到着、テントを張って一晩ゆっくりと過ごして早朝の穂高連峰を眺めながらコーヒーを飲んで帰ってくる…、20代の頃はそんな1泊ツーリングが好きでした。タンデムで、1週間にも及ぶ東北1周ツーリングを敢行したこともあります。
 まあ、孤独にライディングを楽しむ…という「バイク乗りの本道」からすれば、操縦安定性が落ち、タンデムは、ある意味で邪道でしょう。でも私は、タンデムツーリングが好きです。街中での2人乗りは絶対嫌ですが、ツーリングならば、タンデムにはタンデムの良さがあります。20代の頃は、今のヨメさんも含めて女の子とのタンデムツーリングを楽しみました。
 バイクの後部シートに乗ることは、クルマの助手席に座ることとは根本的にメンタリティが異なります。まず、実際にバイクの後部シートに長時間乗って見ればよくわかると思うのですが、ともかく疲れます。1日中バイクの後部シートに乗っていると、もう相当に疲れるし、つらい思いをするはずです。しかも私の場合、タンデムでもごく普通のロードバイクを使いますから、アメリカンスタイルのバイクはむろん、昨今の大型スクーターの後席のようにゆったりとは座っていられません。場面によっては、運転者と同様の前傾姿勢を強いられます。そして言うまでもなく、バイクに乗るのですから、寒い日は寒いし、雨が降れば濡れます。バイクの後部シートに座ってタンデムツーリングを共にしてくれる女性は、こうした苦行を共にしてくれるわけですから、当然ある種の絆を感じたりします。女性との、そんな関係が好きでした。

 今回のバイクの高速道路2人乗り解禁は歓迎しますが、ともかく私にとっては「遅きに失した」という感が強いのです。現在、女性を後ろに乗せてロングツーリングをする気力や体力が無くなったわけではありませんが、仕事面や私生活面を考えると、昔のように気ままにバイクに乗れる環境にはありません。ああ、つまんねぇ…

 それにしても、バイクってヤツはここ20年で本当に面白くなくなりました(オジサンの愚痴ですけど…)。「尖がった」バイクがなくなったのです。まあ、オンロード車もオフ車も、排気量を問わず似たような性能のバイクばかり。違うのはデザインだけ…って感じです。ましてや大型スクーターなんて、私の感覚ではバイクとは種類が異なる乗り物です。
 個性が無く面白くないバイクばかりになった最も大きな要因は、やはり2サイクル車が無くなりつつあることでしょう。構造上、エンジンオイル成分を含む未燃焼ガスが一緒に排気されてしまうため、排ガス中の炭化水素が多いということです。技術的にはクリアできるのですが、やはりイメージが悪いということや、エンジンオイルが必要な面倒さなどあって、各バイクメーカーは2サイクル車の生産を大幅に縮小してしまいました。
 特に、中・大排気量の2サイクル車が無くなったことは寂しい限りです。シングルやツインなどシリンダー数が少ない2サイクルエンジンの最大の特長は、太くてフラットな中速トルクです。より厳密に言えば、2サイクルエンジンは「高回転高出力と低・中速トルクを両立」させることができます。4サイクルエンジンの場合、シングルや2気筒だと低・中速トルクは大きくても高回転時の出力は低い。逆にマルチシリンダーだと高回転時の出力は高くても低・中速トルクは低い。バランスを取るのが難しいのです。そういった意味では、高回転高出力と低・中速トルクが両立した2サイクルの2気筒エンジンは、速さとパワーを兼ね備え、しかも機構がシンプルで整備性がよいという、バイク用エンジンとして非常に優れた特性を備えています。個人的な考えですが、2ストのツインは、中排気量(250〜400ccクラス)のバイク用エンジンとしては、もう「究極の完成品」と言っても過言ではありません。このクラスに、RZ250/350やRG250/400γ、さらに古くはRD250/350/400などの2ストツインの名車が過去数多く輩出したのは、そうした理由です。私のバイクライフの最後期を飾ったTDR250も、2ストツインの実によいバイクでした。
 ところで、私が最も好きだったのは完成度の高い2ストツインではなく、2サイクルのシングルシリンダー、しかも大き目の排気量のヤツです。まさに図太いトルク感と力強さを味わえ、しかも高回転時にも振動は多いながらも、「ブン回している」という実感が味わえます。2ストの単気筒車は軽量に設計できることから、オフロード車によく搭載されました。有名なのはハスラー250やDT250など250ccクラスのオフロード車で、それはそれで好きだったのですが、ハスラー400、DT400(RT360)など400ccクラスの2ストシングルは、さらにメチャ面白かったですね。太いトルクと高回転時のすさまじい振動は、まさに暴れまわるエンジンといった感じでした。もうポンポンとウィリーしましたね。まだモノサスが無い時代の貧困なサスペンションの2サイクルのビッグシングルは、暴れ馬のような代物でした。そういえばSUZUKIからは、「ハスラー500」というとんでもないヤツも出てたと記憶してます。乗ったことはないですけど、あれも2ストシングルだったんでしょうね…

 ああ、毎度おなじみの「2スト賛美」を、またやっちゃいました(笑)

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