WS30の世界はオルタナティブ・デジカメサイト。デジカメ、MPEG-4動画、PCの話題、サブカル系の駄文コンテンツをどうぞ…
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画像日記   〜都会に暮らすサイレント・マイノリティの発言

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2004/8/30

 かなり古いニュースですが、「静かなブーム:道端で『iPod』を共有するユーザーたち」という話、今週号の「週アス」連載の歌田明広「仮想報道」で紹介されていたので元記事を読んでみました。週アスは他愛のない記事ばかりで、特に読むところもない雑誌なんですが、他に何も購入する雑誌がない時に限って通勤時に読んでいます。この読むところがあまりない週アスの中で、唯一真っ先に読むのが、この歌田明広の「仮想報道」です。時々ですが、私の知らなかったIT周辺情報がなかなか面白い視点で書かれていたりするからです。

 それにしても、「見知らぬ相手とiPodで音楽を共有した」という筆者の体験自体はホントにあった話でしょうし、そうしたブームらしきものがあることも事実でしょう。けど、筆者の体験については部分的にはどうも作り話っぽいというか、脚色もあるような気がします。加えて、この手の行為をiPodユーザ間のブームにしたい誰かのマーケティング的な意志も働いているかもしれません。でも問題はそんなことではなく、お互いに相手のiPodのジャックに自分のヘッドホンのプラグを差して聴いている音楽を交換する「iPodで音楽を共有」…という行為自体が、実に「iPod似合う話」であるという点です。さらに言えば、実に「iPodユーザが喜びそうな話」だとも思う次第です。
 マーケティングの上手さもあるのでしょうが、ともかくiPODは売れています。特にiPod miniの売れ行きは驚異的です。オンライン楽曲販売を成功させたiTUNEの革新性は私も高く評価しますが、iPod mini自体はシリンコン音楽プレヤーとして特に目新しい機能があるわけじゃなし、デザインも特にどうということはありません。ただし、「Macユーザ+アルファ」が飛びつくようなデザインだってことは確かです。
 …で、この手の話を読むと、元広告代理店社員の私としては、Macユーザ(+アルファ)って、実は非常にマーケティングしやすい存在だってことを再認識させられます。
 Macユーザの第一の特徴が「インテリで所得が高め」だってのはよく知られているところ。アメリカのマーケット調査会社によって「MacユーザはWindowsユーザと比べて高所得で高学歴」という調査結果がしっかりと提示されています。でMacユーザは、この「インテリで高所得」に加えて「心情的反体制または自称オルタナティブ」であり、さらに「『文化』という言葉に弱い」という特徴を持つことは確実です。「Windowsのような体制派とは違う」という点にアイデンティティを見い出し、さらに「新しい文化の担い手」なんて言葉を聞くと、もう無条件で喜ぶタイプ。
 これって、マーケティングを考える立場からすると、「もっとも乗せやすい」ユーザ層ということになります。単純なミーハー層は流行に対する好みがどう転ぶかわからないし、ガチガチの保守派は逆に複雑なマーケティング手法を応用する余地が少ない。自らを革新的と考え、自分は流行に左右されないと自認している層こそが、実はもっとも「マーケティング手法を使って恣意的に流行を与えやすい」層である…というのは、広告業界ではよく知られている事実。
 今回話題にした「見知らぬ相手とiPodで音楽を共有した」なんて話は、Macユーザ固有の「ある種の、他者との差別化意識」「文化的な革新性を自認」する部分を、徹底的にくすぐりそうです。「仮想報道」を書いた歌田氏も、この「iPODのジャック交換」を「新しい文化」と見る視点で書いています。しかし、このHOTOWIRED JAPANの記事として紹介されたスティーブ・クランダル氏のエッセイだって、単なる「ムーブメントの紹介」ではなく実は「ブームを広めたい」という意図が働いた記事のような気がするのは、私だけではないでしょう。

 ともかく私は、この手の話を聞くと逆にちょっと引いてしまいます。まあ、iPODユーザは自由に「音楽の共有」を楽しんでください。私は遠慮しときます。
 ちなみに私は、「自分が好きな音楽」を他人に知られ(聴かれ)ることに、時としていいようのない恥ずかしさを感じます。これは「自分の部屋の本棚に並ぶ本の背表紙を見られる」ことと同じ。なんだか、自分の裸を見られる…というか、脳の中身を見られているような気がするのです

 ところで、こんな話を書いたからって私にはMacユーザをステレオタイプに見て貶めよう…などといった気持ちは毛頭ありません。Macユーザにもいろいろな人がいるということは、よく承知しています。第一私自身も、DTP用途に限定しながらも立派なMacユーザです。さらに、かつて1980年代の終わり頃のMacintosh市場の草創期にエバンジェリストとして多くの方にMacというコンピュータの素晴らしさを説いて回った「Macintoshエバンジェリスト」の過去もあります。Macintosh PlusやSE30を、いろんな人に薦めまくったのです。そしてむろん、WindowsとMacintoshのどちらが優れている…といった類の昔からの議論には、まったく興味はありません。
 ああ、こうやっていちいち断りを入れるのは実に面倒。でも、デジカメの「アンチ極小画素論信者」をちょっとからかったら、当のバカ教祖に悪口書かれるわ、その信者達からはアホみたいなSPAMメールがたくさん来るわ…という現状では、ちょっとした皮肉を書くにも、いちいち「他意はありません」という断りを入れる必要がありそうです。ああイヤだ…

2004/8/27

 あまり興味がないながらも、オリンピックのニュースを見る毎日です。…っていうか、TVをつけると一般のニュース番組だけでなく朝のワイドショーなどでも、まずはオリンピックのニュースばかりなので、TVを見ている限りイヤでもオリンピックの競技映像を眼にしちゃいます。
 それで、昨夜はシンクロナイズドスイミングのデュエット決勝で日本がロシアに敗れた試合の映像を見ていました。まあ、こちらにチーム競技の採点に対する多少身びいきな疑惑が書いてありますが、デュエット競技でも細かいテクニックを見ると確かに日本の方が上なのかもしれません。でも、私のようなシロートが見ている限り、正直なところロシアの方がキレがあって美しい演技をしているように感じられ、審判員も同じように感じたのだと思います。
 ところで私は、シンクロという競技で日本が勝てない大きな理由の1つは「音楽」の選択にあると思うのです。同じように感じている人は多いと思うのですが、どうでしょうか。日本のシンクロチームは「妙なオリジナル曲」を使い、ロシアのチームは映画「マトリックス」のテーマ曲を使っていました。そりゃ「なんだか不可解な曲」よりは「マトリックス」のテーマ曲の方が受けるしノリがいいに決まっています。
 こんなことは専門家でもない私が言うことじゃないでしょうが、要するに体型やリズム感などで、欧米人の見栄えに勝つのは難しいので、意図的に「和」のテイストで「ウケ」を狙おうというのでしょうが、完全に「外して」いる感じです。
 そういえば、新体操でも日本人選手が使うのは「和」のテイスト、東洋的な趣向を取り入れた音楽です。そういえば、アイススケートなんかもそうです。芸術性が求められる競技の日本代表の演技には、必ず「和」を意識した曲が使われます。これって、どう考えてもヘンです。音楽における「和のテイスト」なんて、実は欧米人の大半には理解されません。そこのところが関係者にはよくわかっていないのではないか…、と思うわけです。

 以前も書きましたが、アメリカに住んでいたとき、私の周囲にいたアメリカ人の中で、「日本」と「中国」の位置的関係をちゃんと把握している人は稀でした。「東京と北京は隣にある都市」ぐらいに思っている人は、かなり高学歴の人にも多い状況でした。アメリカの場合、高学歴で東洋に関して一定の地理や歴史の知識を持っている人は、人口全体の10〜20%程度といった感じです(正確ではないですが…)。まあ、これもいつも言っていることですが、日本人の中でヨーロッパの白地図の上でベルギーやオランダ、ハンガリーなどの位置を正確に指せる人も20%以下だと思うので、お互い様って感じです。
 黒澤明や小津安二郎の映画などが広く欧米の知識人に受け入れられたり、カンヌ映画祭で日本映画が高い評価を得たり…など、あくまで「知識人」レベルでは、「和」や「東洋」的なものに対する一定の理解は得られています。インテリになると「ゼン(禅)」や「ブッディズム(仏教)」などの東洋思想に中途半端な理解を示したりします。しかし、これはあくまで「知識人」レベルの話で、「一般の」というレベルでは、欧米人にとっての日本とは、サムライ、ニンジャ、チャンバラ、ゲイシャなんて単語が連想されるだけに過ぎず、「経済力にモノを言わせる新興の工業国」レベルの認識があればマシな方かもしれません。少なくとも、私が実際に会って話した欧米の「市井の人」のレベルなんて、こんなものでしょう。小津安二郎を知っている「市井の人」なんてのは、非常に少ないのが現実です。

 さて、問題はそんなレベルの話でもなく、「日本固有の音楽が好き」なんて欧米人にはほとんど会ったことがない…という話です。例えば、太鼓や鼓、琴などの和楽器の音なんて「聞いたこともないし、聞いていも興味を示さない」という人が大半だというのは事実です。この手の日本音楽の海外公演には、それなりに人が集まります。しかし、あくまで興味本位であり、しかもインテリ中心の興味です。歌舞伎なんてのも、外人を連れて行くと1回目は喜びますが、2回も3回も見に行きたいといった欧米人は、少なくとも私の周りにはいません。
 要するに、大半の欧米人は本質的に「日本固有の音楽」を聴いて、楽しいとか面白いとか思わないのが現実です。これは、「日本固有の音楽」を「中国固有の音楽」や「インド固有の音楽」に変えても状況は同じです。いずれも欧米人には「評価しがたい音楽」だし、もっと的確な言葉で言えば「ノレない」音楽です。欧米人の多くは、クラシックやロック、ポップスでなければ体が反応しません。繰り返しますが、太鼓や鼓、琴などの和楽器の音なんて「聞いたこともないし、聞いていも興味を示さない」という人が大半です。佐渡の鬼太鼓座の海外公演などが受けるのは事実ですが、あくまで「変わったものに対する興味」からだというのが現実でしょう。

 ところで、こんな話を書いていたら、「東洋的なもの」に対する欧米人の考え方を如実に見せてくれる文献、エドワード・W・サイード(Edward W Said)の名著「オリエンタリズム」(平凡社ライブラリー)を思い出しました。内容はこちらあたりに書いてある通りで、「現在のポストコロニアリズムの出発点となった」という点で高い評価を得ている著作です。
 もともと、大航海時代どころか、アレクサンダー大王が東洋に遠征したギリシャ・ローマの時代から、西欧人にとってのオリエントは、「理解しがたい不思議な世界」でした。オリエントなる言葉には、イスラム、インド、中国など、ユーラシア大陸西方地域の全てが含まれ、全て一緒くたにしての「オリエント」でした。加えて、サイードが「帝国主義時代における植民地支配の論理(我々はオリエントを知っている。それは西洋とはまったく違った、なぞめいた不変の世界だ)から脱却しきっていない」…と書いたように、中世から続く「オリエントとは西欧文明の支配下に入るべき下等な存在」という差別意識が、サイードがこの著作を書いて以降かなりの時間が経過した現在もなお、多くの欧米人の頭の中からは拭い去れてはいません。そして、「東洋の音楽」もまたこうしたスタンスの延長にあります。「謎めいた音楽」として興味の対象となっている…に過ぎないのです。

 さてさて、そんな考え方は差別だ…とか、間違っている…などといって欧米人を非難して済む問題ではありません。冒頭のシンクロの音楽の話に戻りますが、演技に対する評価を得たいのなら、そして本当に勝ちたいのなら、何もわざわざ「多くの人に受け入れられない音楽」「大半の観客が素直にノレない音楽」を使う理由はない…と思います。映画「マトリックス」のテーマ曲を使っていたロシアの演技を見ている方が、大半の観客も審査員も楽しかったことでしょう。

2004/8/19

 ちょっと昨日の話題を引き摺って、つまらない話…を書きます。

 「Webサイト」というのは、世界中で何億ページもあるそうですが、そのうち「個人サイト」がいったいどれくらいあるのか、誰も正確な数を知りません。もともと、個人のコンテンツとしては掲示板だのチャットだのというコミュニケーションコンテンツ、そしてBlogに代表される「日記」系コンテンツを除けば、圧倒的に多いのが「趣味を紹介するサイト」「絵や文字作品、写真など、自分の作品を紹介するサイト」…でしょう。人間には、自分の趣味や作品を他人に見てもらいたい、そして共感を得たい…という本質的な欲求があるようです。
 私が、当時まだWindows3.0に装備されていなかったTCP/IPソフトを購入して初めてインターネットに接続したのが確か1996年、そして自分で「Webサイト」なるものを作ってみることに興味を持ったのはその直後、しかし実際にHTMLタグを覚えて「自分のWebサイト」を構築したのは、2000年になってからです。初めて作ったサイトは、この「WS30の世界」ではなく、「I Love Motorcycle」(なんて恥ずかしく陳腐なタイトル!)というバイクのサイトでした(現在は公開していません)。これは言うまでもなく「自分の趣味を語るサイト」です。そして、バイクについて語るサイトなんぞを作ろうと思ったのは、多くのホームページ制作者と同じく「自分が好きな世界」を「広くいろいろな人に知ってもらおう」と思ったからです。
 多くの人が「趣味」を持っていますが、私の趣味は「旅(放浪)」と「バイク」です。中でも、私にとってのバイクは、趣味というよりは「人生そのもの」でした。10代の終わり頃からは、通勤通学も含めて明けても暮れてもバイクに乗り、時間が許す限りバイクで旅に出ました。もう、どれくらいバイクが好きだったか…というと、「20代後半にバイクに乗っていて大事故に会い、約1年間の入院とリハビリを経て、難しい手術をしてくれた主治医の許可を得て再びバイクに乗り、そこでまた事故を起こして今度は半年間入院し、退院後は足に身体障害を残して、さらにバイクに乗り続けた」…ほどです。私は結局、粉砕骨折した大腿骨と膝を3度手術しても、まだバイクに乗り続けています。
 そんな「大好きなバイクの世界」を、Webサイトで表現しようとしたわけです。
 しかし私は、「バイク乗り」の中でもかなり特殊な方だったのかもしれません。バイクを趣味とする多くの人は、「道具としてのバイク」にこだわります。そしてそれは、より「高性能なバイク」、より「速いバイク」、または「付加価値の高いバイク(例えばヴィンテージバイクなど)」などを追い求める方向で、趣味が高じていきます。しかし私は、そうはなりませんでした。「排気量が小さい何の変哲もないバイク」に夢中になりました。しかも、正確に言えば「排気量が小さい何の変哲もないバイクに乗って走り続けることの楽しさ」に夢中になりました。90ccや125ccのバイクに乗って、北関東や東北あたりを気が向くままにツーリングし、ツーリング先の文化や風土を楽しみました。そういえば、こちらで「写真集」というタイトルの短い文を書いたように、ツーリング先でカメラマンの故沢田教一氏の夫人である沢田サタさんが弘前で開店していたレストランを訪れ、一夜楽しく語らったことなどもありました。そんな、当時のツーリングの思い出や楽しさは、もう何度思い出しても楽しいものです。
 私がWebサイトを作り始めた頃には、ヴィンテージバイクについて語る人はたくさんいでも、何の変哲もない1970年代の小排気量の2サイクル車について語る人はほとんどいませんでした。ましてや、「排気量が小さい何の変哲もないバイクに乗って走り続けることの楽しさ」を語ったサイトは少なかった。また道具としての「排気量が小さい何の変哲もないバイク」にこだわったサイトも少なかった。確かに、「スーパーカブだけにこだわっている人」のサイトなども多いし、モンキーの改造サイトのようなものも多い。ただ私は、そこまで特定のバイクにこだわることも出来ませんでした。私は、「自分が若かったある時期、自分がバイクとともに過ごした時間」にこだわりがありました。
 例えば私は、「ミニトレ」なんてバイクについて語り出すと、もうキリがありません。今は無き「所沢サーキット」で毎週開催されていたミニバイクレースでの楽しい思い出、ポートの研磨からキャブレターやミッションの変更など、2サイクル車の改造にまつわる様々な事柄、そしてミニトレ80で敢行したロングツーリングなど…、延々と思い出が蘇ります。
 しかし、例えばカワサキ「90SS」「KE125」などが好きだった…と言ったって、乗っていたことのある人以外には興味もないし思い入れもないでしょう。スズキ「GT100」や「GT125」なんてバイクも同じです。ヤマハの「RD90/125」や「DT90/125」あたりも同じ。地味で、思い入れを持つ人が少ないバイクです。これらのバイクは、バイクを趣味とする人の多くにとって「一時期、より高性能なバイクへ移行するまでの通過儀礼として乗るバイク」に過ぎないのです。そんなネット上にあって、こんな素敵なサイトもありますが…。

 かつての恥ずかしいサイトの名残であるこちらこちらこちらを読めばわかるように、こうした自分の気持ちを気持ちを書き始めましたが、うまく文章で表現できませんでした。上記のサイトの名残は、今読んでも幼稚な文だし、何とも気恥ずかしい内容です。人間は、好きなモノについて語る時、あまりに一所懸命語るゆえに、幼稚になるのだとわかりました。だって、「好きなものは好き」としか言えないはずなのに、「好きな気持ちは理屈ではない」はずなのに、何とか「万人が納得する理屈」をつけようとするのです。土台、無理があります。
 結局私は、この「自分の趣味であるバイクについて語るサイト」を短期間公開しただけで、すぐにやめてしまいました。

 ところで、人は、自分が本当に好きなものについて語る時、まず「メーカーの立場」では語りません。そして、「消費者の立場」にもなりません。「ユーザの立場」にしかなれないように思います。「ユーザ」と「消費者」はどこが違うのでしょうか。それは、消費者の立場で述べることが「多数ユーザの最大公約数の意見」であるのに対して、ユーザの立場で述べることは「自分1人の意見」になる…という違いです。人は、自分が好きなものについて語る時、「自分だけの意見」を書くのです。そして、その「自分だけの意見」を他者にわかってもらえる、共感してもらえると、すごくうれしいのです。
 私は、バイクについて語るサイトを作りかけている時、「自分が本当に好きなもの」について語るのは、ある意味で「つらい」し「面倒なこと」だと気がつきました。つらい、面倒と言うよりも、「無駄な労力」を使います。なぜなら、「他人にも自分の気持ちをわかって欲しい」と、真剣に願ってしまうからです。願えば願うほど、語り口に力が入りますし、幼稚な「賛美」を書いてしまいます。おそらくほとんど読まれないであろうサイトにも関わらず、想像する読者に一所懸命訴えてしましまいます。本当に好きなものに対して、「客観的な評価」など不可能です。そして、他者に知ってもらいたい対象ジャンルが「ニッチ」「特殊」であればあるほど、「わかってもらうのが難しく、だから一所懸命語る」のです。

 話は変わって、私はすごく下手ですが、ギターを弾きます。でも、買うのはテレキャスばかり、ストラトにもレスポールにもリッケンバッカーにも興味はありません。テレキャスが好きになった原因は、単純な話しながら、ジミー・ペイジの影響です。ジミー・ペイジといえば、レスポールを弾いている姿の方がはるかに知られていますが、初期のツェッペリンのアルバムでは、かなりテレキャスを使用しています。あの「天国への階段」のソロ部分もテレキャスで弾いてます。この、初期のツェッペリンのアルバムで聞けるテレキャスの音はかなり太い音で、この太い音が出るオールドモデルを買い集めています。でも、ギターについて語っていると、テレキャス好きはかなり少数派のようです。それで私は、あまりギターについて語らなくなりました。

 さて、話は昨日触れた「デジカメの話題」につながります。私はデジカメに対しては、たいした思い入れはありません。でも、デジカメで下手な写真を撮影することは大好きです。また道具としてのデジカメは、バイクと同じように「さして高性能でもない、何の変哲もないデジカメ」が好きです。そんなデジカメライフを趣味とする人間がいたって、いいいじゃないですか。だからこのサイトで、デジカメや写真について自分が考えることを、適当につらつらと書いています。
 デジカメを趣味にする人、デジカメという道具に興味のある人は、すごく多いはず。そうした人が、デジカメについて語りたいのは当然だし、「デジカメについて自分はこれこれこういうふうに考えている」というのなら、もう「何でもあり」だと思います。異なる意見がたくさんあって当然です。「デジカメに関するあなたの意見は間違っている、わたしはこう思う」というのも、また「あり」だと思います。趣味の世界で、他者と議論するのは楽しいものです。でも、「あなたの考えは間違っているから、あなたは嫌いだ」というのは、やめた方がいいように思います。これは、昨日自分が書いたテキストに対し、多少なりとも自戒を込めた結論です。自戒の意味を込めて、テキストの削除はしません。

 いや、天声人語を長くしたような、下手でくだらない文章を書きました。今さらですが、誤字・脱字・誤変換は失礼します。この手の話は、二度と書きません。
 私は、明日から1週間ほど休暇を取るので、この日記を含めてサイトの更新はしばらくお休みします。

2004/8/18

 人並みに、オリンピックの話題でも書きましょうか…

 深夜たまたまオリンピック番組をボンヤリ見ていたら、メダル表面にデザインされている「ニケ」が、今回のアテネオリンピックから「立ち姿」になった…というニュースをやってました。何でも、これまでのオリンピックではメダルに座っているニケの図柄がデザインされていたのですが、ギリシャでは「座っているニケは縁起が悪い」のだそうです。それで立ち姿にしたとのことでした。いや、私は代々のメダルに同じように「ニケ」がデザインされていること自体を知りませんでした。へぇー…です。
 言うまでもなく、「ニケ」とは、ギリシャ神話に登場する軍神アテナに仕えた「勝利の女神」です。アテナの右手の上に常に載せられて戦場に付き従っていました。この「ニケ」が、スポーツメーカー「ナイキ」の名前の由来となったことは誰もが知っていると思います。そういえば「バック・トゥー・ザ・フューチャー3」の中で、1980年代の西部にタイムトリップしたマイケル・J・フォックスが、ガンマン風のスタイルに乗馬ブーツではなくナイキのスニーカーを履いているのを見た町の人が、ナイキのロゴを見て「ニケって何だ?」と笑うシーンがありました。ニケの背中には羽が生えており、ナイキのロゴマークはこの羽をデザインしたもの。そういえば保養地として有名なフランスの港町「ニース」は、もともとギリシャ人の植民都市で、ニケに由来する「ニカイア」という名でした。ニカイアが元になってニースという地名になったとのことです。

 ニケの像として最も有名なのは、あのルーブル美術館にあるヘレニズム彫刻の傑作「サモトラケのニケ」です。1863年、当時のフランス領事シャルル・シャンポワーゾによって、エーゲ海のサモトラケ島で発掘されました。シリアのアンティオコス3世に対する紀元前190年の海戦の勝利を記念してロードス島の住民が奉納したもの…と言われています。
 現在、ルーブル美術館では「ダリュの階段」の踊り場に置いてありますが、そのルーブルで実物を見た時には「デカっ」と思いました。台座となっている船の部分が巨大で、最初はどこに本体があるのかよくわからなかった。というのも、昔から、歴史や美術の教科書に載っている写真を見て、根拠もないのに漠然と「高さが1mぐらい」と思い込んでいたからです。ああ、ついでに自分で実際にルーブルで撮った(確かCP2500で撮影)サモトラケのニケの像の写真をアップしておきます(そんなもの誰も見たくないか…)。

 …いやいや、ニケについて誰でも知っているような「ウンチク」を書こうと思っていたわけではありません。先日Blogの方で紹介した「美術品返せ、ギリシャが五輪で訴え」という記事について、続きをこちらで書こうと思っているうちに、ついサモトラケのニケの話を延々と書いてしまいました。
 この記事内で書かれている大英博物館所蔵の彫刻コレクション「エルジン・マーブルズ」だけでなく、サモトラケのニケなどルーブルに収蔵されている美術品についても、ギリシャは返還を求めています。いやギリシャだけでなく、この記事に書かれているようにエジプトは大英博物館に対してロゼッタストーンの返還を求めていますし、ヘディンやスタインが敦煌から持ち出した経典類なども、中国政府が返還を求めています。いまや、世界中の国が植民地時代や戦乱のどさくさに紛れてヨーロッパ諸国等が「収奪」した歴史的な遺物や美術品の返還を求めています。
 この「返還要求」、確かに難しい問題を孕んでいます。クレタ文明を発掘したエヴァンズや、ミケーネ文明やトロイアを発掘したシュリーマンなど、その功績は認めるべきでしょう。しかし、そうした学術的発掘(シュリーマンなどは学術的とはちょっと言えませんが)の結果の全てが、「遺跡所在地の国家」に戻すべきとなると、大きな混乱が予想されます。また、「エルジン・マーブルズ」のように「合法的」かどうかの判断が難しいケースも多いですし、「規制が無いので正規に売買された」とか、現地の人間が「盗掘品を売った」例なども枚挙にいとまがありません。「文化財略奪の歴史を検討する」という、こちらのサイトなどを読むと、その実状はよくわかります。
 そして、この問題については、日本も第三者ではいられません。日本は、「収奪する側」と「収奪される側」の2つの立場を持っています。言うまでもなく「収奪する側」とは、日韓併合から日中戦争、太平洋戦争時代に植民地から持ち出した大量の遺物です。特に朝鮮半島においては、軍部や民間人が王墓まで暴いて美術品を漁りました。中国からも、相当大量の美術品を持ち出しています。  逆に、江戸・明治期、さらには太平洋戦争後の混乱期に、大量の美術品が海外に流出しています。特に明治維新直後には、かの有名なフランス人実業家ギメなどが、大量の美術品を持ち出しました。廃仏毀釈運動によって、仏像が大量に破棄されたのも大きな原因の一つです。そう言えば、「ギメ美術館で発見された法隆寺の仏像」というこちらの記事に書かれた話は、よく知られてています。私は、アジア美術のコレクションで世界的に知られるパリのギメ美術館に行きましたが、ここの日本コーナーには尾形光琳や俵屋宗達などの逸品が大量に展示されていました。ボストン美術館にある刀剣類などの日本コレクションも有名です。中核となっているのはビゲロー・コレクションで、これはウィリアム・スタージス・ビゲロー(1850-1926)が収集したコレクションをボストン美術館に寄贈したものです。ボストンの医師であり、大富豪でもあったビゲローは1882年に来日し、絵画、木版画、彫刻、刀剣類、染織品、漆器と広範囲な作品を収集し、その数は52,000点に及んでいます。

 ところで、こうした美術品や歴史的遺物の「略奪」や「盗掘品の売買」は、現代でも続いています。今回のイラク戦争では占領したアメリカ軍が様々な美術品を持ち出した…という噂もあります。また、戦乱のアフガニスタンからは現在もなおガンダーラ美術が盗掘されて売られ続けています。盗掘されたアンコールワットの遺物は、バンコクの骨董品店で購入することができます。これらは「治安の混乱」と「貧しさ」がもたらすもので、なかなか流出を食い止めるのは困難でしょう。ある意味では少女売春と同じく、「買うヤツがいるから売られる」のですから、「買う側を厳罰に処す」ことを先進国でのコンセンサスにするのがもっともよい方法だと思われます。

 結論として私は、いかなる問題や困難があろうとも、植民地時代まで遡った上で、その時代に行われた取引や契約の合法・非合法を問わず、歴史的価値が認められる全ての遺物や美術品を「遺跡所在地の国家」に戻すべき…だと考えます。下手に「植民地時代の国家間の合意の持つ合法性」なんてものを判断すると収拾がつきません。この際、全部元の国に返還しちゃいましょう。
 「植民地政策の是非」なんて面倒な問題ではありません。遺物は「本来それがあった国」に保管されている方が、見に行く場合にもその土地固有の風土を背景に見られて、より自然だからです。遺物はその土地固有の風土や文化の中で見るべき…、理由はこれに尽きます。むろん、発展途上国における良好な状態での遺物の保存については、先進国やユネスコが支援すべきです。

 …今日の日記駄文はまだまだ続く、長いぞ(w

 閑話休題…、当サイトの読者の方から昨夜メールを頂き、「Digital Camera Express」内の「文月凉の今日もデジカメ日和」なるBlogに、このサイト内のテキスト(こちらこちら)についてのコメントが掲載されていることを知らされました。9月8日の「マクロの視点がたらんね」という発言です。けっこう突っ込める発言だったので、書かれたことをもっと早く知ってたらBrog上にコメントを返したのに…、チッ…、知るのが遅過ぎた。残念ながら、書かれてから1週間以上経過して旬が過ぎてしまったので、この日記でコメントします。
 全体的にコメントの主旨がよくわからないところもあるんですが、ちょっと真面目に話すと、「デジカメ」について語るか「写真」について語るか…というスタンスの違いが大きいでしょうね。こちらを読んで頂ければ判るとおり、私がデジカメのスペックにこだわらないのは、基本的に「写真撮影を楽しむ」ためにデジカメを使っているからに過ぎません。私は「写真」の本質について、「…『写真を撮る』という行為は、『被写体と、撮影する自分との関係性』の問題と考えるべき…」と書いているはずです。
 そうしたスタンスを明言しているにも関わらず、「…くたくたになるまで数撮って、目が痛くなるまで画像、数見ろ」とか、何が悲しくてそんなバカバカしいことをしなくちゃならないんでしょう? 私は別に、写真撮ってクタクタになんかなりたくありません。オマエ、一人で勝手にやってろ。それに「写真100年の計無し」って、そんなもの私にあるわけがないし、持ちたくもない。あなた自身が「100年の計」を持ってるのは自由ですが、そんなわけのわからんものを万人に求めないで欲しいなぁ。
 で、そもそもこの駄発言を読んでコメントしようという気になったのは、「…こういうタイプの人間は、昔よろこんで前線に死にに行った人間がいたとか理解できないだろうし、『イスラム原理主義』とか言われても『テロ?』ぐらいにしか思いつかんだろう…」と、「…でもきっと『マクロ』って言ったら、マクロレンズのマクロはマクロ経済のマクロだと思うんだろうねぇ…」と書かれている部分。基本的には「意味不明の文字列」ですが、オマエ、いったい何言ってんだ?…
 私はこの「WS30の世界」というサイト内の文を、まあ「シャレ」「遊び」で書いてますから、同様に「シャレ」で罵倒されるのは大いに結構。また、他人に読んで頂くことを前提に書いていないサイト内テキストは、誤字脱字も多く論理矛盾だらけなのも十分に承知。そうした部分についての非難なら別に反論はしません。でも、何でこんなこと言われなきゃならないんでしょう。そりゃ、シャレにならんでしょう。このサイトなり日記なりのどこをどう読んだら、筆者のことを「『イスラム原理主義』とか言われても『テロ?』ぐらいにしか思いつかん」人間…だと罵倒できるんだろうか? デジカメについてこんなヤツと論争する気には毛頭なりませんが、「イスラム文化とテロ」についてなら、いつでも公開論争しますけど(アホらしいか…)。
 「名前を名乗って物書かない人間には、私は意見を述べる資格も無いと思う」…という立派な意見をお持ちですが、「イザヤ・ペンダサン」の山本七平氏の例を出すまでもなく、ライターでも作家でも「匿名で遊ぶ」のは、ごく普通のことだと思ってました。いや、そんな話以前に、この方のサイトでは、掲示板での発言者もBlogのコメント投稿者も「匿名だらけ」ですよね。幾多の匿名諸氏と、この方は嬉嬉として遊んでいらっしゃる。要するに「自分と同じ意見の場合だけは匿名発言を認める」…という「異様に自我が肥大した人」なんでしょうなぁ。
 それにしても、「…こういうタイプの人間は…」や「…マクロ」の発言で、文月凉ってのがかなり頭の悪い人だってことはわかりました。これじゃ、ときどきこのサイトの管理者宛てに、「お前はメーカーの回し者か」とか「お前はサヨクか」といった類の意味不明の罵倒メールを送ってくるヤツらと同じレベルです。個性的でちょっと面白いライターだと思っていたのですが、只のクルクルパーだと判って残念です。いや、別に残念でもないか…
 それにしてもこの人は、なんで「WS30の世界」なんて「チョー地味」で「テキトー」なサイトを読んだのだろうか? 不思議…

2004/8/17

 ここ数日の私、オリンピックも見ないし、高校野球もどうでもいい。閣僚の靖国参拝がどーたらこーたらといった政治的な話題にも関心がない。いや、全てのニュースに、何の関心も沸きません。ニュースに関心がないどころか、仕事や私事を含め、身の回りで起こる個人的な出来事ですら、遠い眼で見ている状況です。マズイかもしれません。
 で、この閉塞状況を打破するためにも、以前日記で書いた「モペット購入計画」を本格的に始動することに。一応買おうと決めていた「TOMOS」は、即決する気でショップに実車を見に行ったのですが、いざ実物を前にしたらイマイチ購入意欲が出ませんでした。で、フキ・プランニング「FK310-DX」というこちらのモペットはどうだろうか…と、あらためて悩んでいるところです。まさに「原動機付き自転車」というスタイルもさることながら、2ストの混合潤滑ってところも気に入りました。東急ハンズでも売っているので、近日中に行ってみるつもりです。誰か、実際に乗っている人の話を聞きたいなぁ。
 「ダイアン・レインが結婚」というニュースを見ましたが、私は彼女がヒロインを演じた「ストリート・オブ・ファイヤー」という映画が大好きです。ストーリーもさることながら、ループが走るシカゴの街が舞台ってところもいい。主題歌の「Tonight is what it means to be young」も好きです。口パクで歌っていたこの時の彼女は、まだ10代だったんですね。

2004/8/13

 「ジェンダーフリー」教育現場から全廃 東京都、男女混合名簿も禁止…というニュースを読んで、非常に複雑な気持ちになりました。
 あらかじめ申し上げておきますが、私も「ジェンダーフリー」という言葉は嫌いですし、ジェンダーフリーを声高に叫ぶ女性活動家…というヤツも生理的に好きになれません。しかし、一方でこの手のジェンダーフリー運動が「社会的に必要」と思わせるほどの女性差別が、現在の日本には歴然と横たわっている現実も直視しなければならない…と思うからです。
 現在、社会のあらゆる場面で女性差別が存在することは、歴然たる事実です。私のオフィスでアルバイトをしていた女子大生から、就職活動の中で何度も悔しい思いをした…ことを散々聞かされました。募集要項に明確に「男女」と書いてあるにも関わらず、エントリーすると「あ、女性の方ね、女性はもう採用枠一杯だから…」などと、担当者が平然と言う企業は、いくらでもあるとのことです。それも、上場クラスの企業です。彼女は、就職活動をやってみればこの国における女性差別がいかにひどいか誰でもわかる…と述べていました。「みんなの就職活動日記」の中にある「採用での女性差別の日記」あたりを読むと、女性差別の事例がいくらでも出てきます。就職活動の現場には、女性の応募者への面接時に、「取引先との宴席で、酔った勢いで相手に多少体を触られたぐらいは我慢できますか?」というとんでもない質問をされた…、なんてふざけた話がゴロゴロしています。こうしたレベルが低い女性差別が厳然と存在する現実を、明確に認識する必要があります。
 社会における女性差別は、こうした「企業社会」「企業文化」の領域だけではありません。研究職などにおいても同様です。独立行政法人、産業技術研究所が行った「研究職の中の女性に関するアンケート」を読むと、国の研究開発期間における女性の位置がよくわかります。工業技術院の研究職員の中で女性職員の割合は現在4%に過ぎません。「女性研究者の比率を増すために何か方策が必要だと思いますか?」という問いに対して、女性回答者の8割程度、男性回答者の7割近くが何らかの方策が必要と回答しています。そして、「新規採用者中の女性の比率の変動に影響を与えるのは何ですか?」という質問に対しては、「日本の男性社会がこの結果を誘発している」と答える男性がたくさんいるのが現実です。

 いずれにしても、一見物分りのよい「外面(そとづら)」を持ちながら、実は「女なんてたいした仕事も出来ないくせに、すぐに結婚してやめちゃうんだよな」…といった意識を持っている男性が、非常に多いのが現実です。そして、こうした「仕事」面だけでなく、社会生活のあらゆる場面に染み込んだ女性差別の意識は、現在の日本社会においても大きな影を落としています。
 差別というのは、人が心の中に持つ「内なる差別意識」が原因です。何世代にも渡る長い時間をかけて醸成された「内なる差別意識」は、同じように何世代にも渡る長い時間をかけなければ、解消されるものでもありません。本来「差別を無くす」にあたっては、世代間教育こそが重要な役割を果たすものです。
 しかし、現実に存在する差別を解消するために、そんな長い時間はかけていられません。人の心に根ざす「差別」を短期間で撤廃するためには、「(強制力を持つ)形から入る」という手法は、実は非常に重要です。
 例えば人種差別問題、アメリカでは60年代以降の公民権運動の高まりの中で、様々な法律によって人種差別を禁じてきました。こうした法律によっても、現実にアメリカ国内で人種差別が無くなったわけではありません。しかし、強制的にであっても「黒人と白人が同じ乗り物に乗る」「机を並べて学ぶ」ことが実現するところから、それまで「珍しい動物」のように見ていた黒人が「同じ人間」ではないかという意識が白人の間に芽生え始めました。確実に「効果」はあったのです。アメリカにおいても、様々な職業における「マイノリティの優先採用枠」に対する批判はありますが、それがなければ、差別解消にさらに長い時間がかかるであろうことは否定できません。
 同じ産経新聞の「正論」で西澤潤一氏が「…男女平等は疑う余地はないが、だから半分ずつにしようというのはおかしい。ある空席に入れる人を選ぶのに男女に関係なく、ふさわしい人を入れるのが男女平等なのである。その結果、ある職種では男が多く、その逆では圧倒的に女になるのは当然だが、なかなか実現しない。大体基礎になる選考方法が確立していない。極端にいえば、男に子供を産めという愚を要求していることがある…」
 この発言には、世界的な学者とも思えない、卑小なレトリックを感じます。言っていることは全て正論です。「マイノリティの優先採用枠」なんてものは、それだけを取り上げれば間違っています。しかし、この意見は「現状への対応」という視点をはぐらかしている部分があります。こうした正論は、「正論が通らない男女差別の現実」を無視したものです。正論が通らないからこそ、「理屈に合わない政策・強制力」が必要なのです。
 繰り返しますが、差別の解消のためには、「(強制力を持つ)形から入る」ことが一定の効果を発揮するのです。

 既に過去に大きな話題になりましたが、石原慎太郎都知事がジェンダーフリー運動について刺激的な発言をしました。彼は都教委の教育施策連絡会の席上で「ジェンダーフリーの考え方はこっけい千万だ」と話し、推進派を「感性の薄れた貧しい人たち」と評した上で、第二次大戦時の特攻隊員が家族のために死んだエピソードを披露し、「手を握ったこともない相思相愛の相手のお嬢さんが、出征する時にみんなから離れて自分を見守って送ってくれた。それに自分の生命をかけるだけの価値が、同じ年代の異性にあった。そういう男と女の兼ね合いをまったく斟酌(しんしゃく)せずにグロテスクな教育を施している」と述べて、ジェンダーフリー教育を非難しました。
 私は、石原慎太郎なる人物を好きではありませんし、彼の「感性」なるものも全く認めていません。また、「第二次大戦時の特攻隊員が家族のために死んだエピソード」を披露するくだりなどは、逆に滑稽です。しかし、私が冒頭で述べたように「ジェンダーフリー推進派の女性活動家たち」を生理的に受け入れられない大きな理由の1つは、石原慎太郎が言うように「感性の貧しい人たち」的な部分を感じるからです。この点では、石原知事の言葉と私の考え方は、表面的には同じです。
 石原知事は、サッカーアジアカップにおける中国人サポーターの反日的言動を見て、「民度が低い国」と非難しました。それに対応して言わせてもらえば、現代の日本という国の人々の一部は「差別問題に関する意識が低い」のであり、これは「民度が低い」ことと同義です。民度の低い人たちに対しては、その意識を改善するために、一定の強制力を必要とするかもしれません。

 イスラム社会の事例、儒教思想などを見て判るとおり、女性差別なんてものは、「文化」と紙一重の概念です。しかしながら、「女性」というジェンダーが、極限状態の中で「弱者」であることは、Blogでも取り上げたこちらのあまりにも悲惨なニュースを見ても判るとおりです。さらに、世界各地で民族紛争が起こるたびに、女性は「民族浄化」の対象としてレイプされ続けている現実があります。かつてはユーゴスラビアで起こり、現在はシエラレオネ、コンゴ、そして最近話題になっているスーダンのカルフール州などで、女性は「民族浄化」の名のもとに犯され続けています。アフリカ大陸を中心に約28カ国で、依然として「FGM」が行われている…という現実もあります。インドでは、持参金が少ない花嫁が焼き殺されています。
 こうした現実を見ると、やはり「女」という「性(ジェンダー)」は、非差別側にあるジェンダーです。

 最後にもう一度言いますが、私も「ジェンダーフリー」という言葉は嫌いです。男と女は生物学的にも生理的な面でも差がありますし、それは「人間が人間であるためにも」認識すべきことです。第一私は、「女好き」です。でも女性が、社会の様々な場面で現実的に差別を受けていること、また多くの男性が意識下で「女性を社会的に一段低く」見ている実状を思うと、「ジェンダーフリー、教育現場から全廃」というニュースを聞いて、複雑な思いを抱かざるを得ません。

2004/8/11

 「携帯電話、ホーム・車内「圏外」に…名古屋市営地下鉄」というニュース、これは到底納得できない話です。いや「ペースメーカーに影響がある」という理由で圏外にするのは構いません。しかし、それなら、なぜ他の鉄道会社が同様の措置をとらないのか、納得できません。こうして特定の鉄道会社が「危険」という理由で通話禁止にしながら、一方で多くの私鉄・地下鉄では駅のホームなどは通話し放題です。この「鉄道会社によって対応に違いがある」というのは、どう考えてもおかしい話です。
 名古屋市営地下鉄のような対応を取られると、もし、自分がペースメーカーを使っていたらなら、逆に怖くて他の電車に乗れなくなります。なぜ鉄道会社によって対応が違うのでしょう。首都圏の私鉄などは、「優先席付近では電源を切る」というのが基本ルールです。
 さらに、待ち受け状態で発信されている電波は、影響がないのでしょうか? 今回の名古屋市営地下鉄のケースでも、この問題については、まったく考慮されていません。特定エリアを「圏外」にすれば、待ち受け時に電波が発信される回数は逆に増えます。

 この「携帯電話のペースメーカーに対する影響」を科学的に判断するためには、次のデータを出せばよいだけです。

  @現行端末全機種の電磁波強度の測定結果(通話時、待ち受け時などの状況別)
  A現行のペースメーカー全機種と主要現行携帯端末の組み合わせによる、誤動作テストの結果

 そして、人体に対する影響も、大規模な疫学的実地調査をやればいい。それも公的機関がやるべきです。

 こうした「当然誰もが知るべきデータ」が、どこからも提示されないまま、民間各社が勝手な基準で携帯電話の禁止・開放を決めている状況は、誰が考えてもおかしいのです。こんな単純な実験のデータを誰も提示しないのは、やはり「携帯電話は新しい産業のけん引役なので、正面切って電磁波の問題を扱うのは不まずい」…と、国や産業界が考えているからでしょうか。
 そういえば、ベルギーやフランスでは電車の中でガンガン携帯電話を使っていました。北京やバンコクでも、電車やバスはもとより、通話可能なあらゆる場所で携帯電話は禁止されていません。携帯電話のペースメーカーに対する影響、さらには人体に対する影響…という問題は、問題国際的なコンセンサスを決める必要もあるはずです。

 繰り返しますが、上記@Aの実験データを、公的機関が公開すべきです。

 さて、本日読了したのは、北森鴻「蜻蛉始末」(文春文庫)です。既刊の単行本が文庫化されたのを機会に読んでみました。
 物語は、明治12年に実際に起こった藤田組贋札事件と、長州出身の政商である藤田傳三郎の半生を描いた、ミステリー仕立ての小説です。藤田も加わった奇兵隊の挙兵から西南戦争に至るまでの維新史が、虚実取り混ぜて、これまでにない新鮮な視点で描かれており、非常に面白い本でした。特に、明治新政府が用済みになった多くの奇兵隊隊士を、様々な手を使って「棄てる」部分は、いろいろなことを考えさせられました。藤田傳三郎は藤田組、花岡事件で知られる後の同和鉱業やワシントンホテルチェーンを展開する藤田観光などの創始者として知られていますが、児島湾の干拓を手掛けたことでも有名です。

2004/8/10

 今日、気になったのはやっぱりこのニュースこちらも同じ)。
 この東北公益文科大は、地元が誘致した「悲願の4年制大学」だそうです。地域の活性化を目的として大学を作ったにも関わらず、卒業生には就職先がなく、地元でも卒業生の受け入れに難渋しているという、いやはやなんとも「物悲しい話」です。卒業生を無理矢理押し付けられる地元企業も困るし、高卒者の採用枠を圧迫してまで無理矢理卒業生を地元企業に押し込んでも、それで地域が活性化するわけありません。
 加えて、「…主催した同大後援会は約200人の地元企業関係者らを前にこう訴えた。『(学生が)できる、できないは二の次。入れてから鍛え直せばいい』とまで言った…」ということは、つまり現実に卒業生のレベルは低いということなのでしょう。偏差値だけで就職適性が判断できないのは言うまでもないことですが、この東北公益文科大の入学偏差値は50以下で、いわゆるFランク大学です。となると、卒業生の中に企業が求める「質のよい人材」がいる確率は、やはり偏差値相応と考えるのが妥当でしょう。現実に大都市部にある同クラスの大学の就職率は50%前後でしょうから、まあ就職活動で苦戦するのは当然です。

 そもそも、地方に新設大学を作ることがなぜ「地域の活性化」につながるのか、その点に誰も疑問を感じなかったというのが怖い。
 大学が産業を生み出す…というのは確かにあることです。特に地元の産業特性や資源、技術の動向に対応した新しい商品の開発や新しいサービスビジネスの開拓を積極的に行っている大学はたくさん存在します。地元企業との産学協同研究の事例も急増しています。しかし、この東北公益文科大は「公益学」なるものを教える大学であり、これは「営利目的ではない"世のため人のため"の行動、思想、組織などを総合的に研究する学問です」と学長自らが言うように、到底「産業を生み出す」学問ではありません。さらに、新しい産業を生み出すような研究を行う大学には、それなりの「水準」が必要でしょう。失礼ながら、このFランク大学に教える側、教えられる側ともにそうした優秀な人材が集まると考えるのも、また不思議です。
 さらに、地元の企業の産業の傾向や各企業の採用動向、景気状況から見て、地元がどういうジャンルの人材を、どの程度の人数必要としているかについては、最初からわかっていたはずです。いったいこの地域の人たちは、何のために「公益学」なんてものを教える大学を作ろうと思ったのか、またそれによってどのように地域が活性化すると考えたのか、実に不可解です。
 「…20年越しで誘致した大学であり、卒業後も地域一丸で人材を育てていきたい。それが庄内地方の活性化につながる。しかし、仮に半分しか就職できないとなったら、大学の存続問題にかかわる。就職もできないで、何が公益かということになる…」という、酒田商工会議所の前会頭で同大後援会の新田嘉一会長なる人物の言葉を聞くと、「アホとちゃうか」と言いたくなります。

 それにしても、この「東北公益文科大」なる大学には、いくつかの突っ込みどころがあります。この大学に対する説明は、次のようなものです。
 「…2001年4月、山形県酒田市に東北公益文科大が誕生した。『公益学部公益学科』の単科大である。『公益学』という言葉自体、聞きなれないが、公益学の提唱者でもある小松隆二学長は、『営利目的ではない"世のため人のため"の行動、思想、組織などを総合的に研究する学問です』と説明する。主にNPO(非営利組織)やボランティア活動を"公益"という視点から総合して考える。始まったばかりの公益学だが、研究対象は幅広い。専門科目は経営学、社会系、環境系の三つである。経営系では、地方財政や公益法人の会計など、行政と公益について学ぶ。社会系では、社会福祉や途上国の国際協力、環境系では、エコロジーと生活環境について研究していく。地域との連携にも積極的である。同大には門も塀もない。図書館は市民に開放している。酒田市でも大学の協力を得て市民講座を開くなど、大学と地域が互いに触発しあい、高め合う『大学町』を目指している…」

 まあ、「公益学」なる学問の有効性についての議論は置いておいても、そのための専門大学を作る必要性があるような学問ジャンルとは到底思えません。「営利目的ではない"世のため人のため"の行動、思想、組織」なんて、既存の大学教育の枠内で十分に教えることが可能だし、「大学が教えるべき本来の学問」とのギャップも感じます。まあ、「環境」だの「NPO」だの「ボランティア」だの、最近流行の耳障りの良い言葉で若者受けを狙った…としか思えません。

 そして最後に、大学なんてこれ以上作る意味が無いのは、もう何年も前からわかっていること。「大学全入」07年度に…という記事にあるように、もう大学の新設なんて不要です。既存の大学の中で、レベルが低い半分以上を潰してもいい状況です。そんな状況の中で、新たにFランク大学を創設したところで、地域が活性化するわけもないし、卒業生の就職先もないことぐらい、考えなくてもわかることです。

2004/8/9

 なぜ、デジカメによく搭載されている「シーンモード」の中に、「室内ヌード」というモードがないのだろう…という話です。被写界深度を深めにして、しかもストロボ光が全体によく回るようにするモードですね。またこの手の写真を簡単に撮れるように、大きめのガイドナンバーのストロボを搭載したコンパクトカメラも欲しいですね。外部ストロボなんて面倒ですから。

 デジタルカメラの普及によって最も変化した撮影スタイルの1つに「プライベート写真」があるのは、自明のことです。今回話題にしたい「プライベート写真」とは、配偶者や恋人の水着・下着の写真やヌード写真、はたまた恋人同士が同意した上で撮影するセックス写真等のことです。私は、この手の「プライベート写真」というジャンルは、「写真を撮る」という個人的行為の中にあって、最も重要かつ必然性が高い領域だと思っているのですが、なぜかまじめなデジカメサイト(…デジカメサイトに真面目・不真面目があるかどうか知りませんが…)ではほとんど取り上げられない話題です。
 この手の写真は、銀塩時代には自家現像をしない人には撮影することがが難しかったもの。例え自分のカメラで撮影したとしても一般のDPEに出すわけにもいかないし、レンタルラボなんてのも使いにくかったわけですから、結果的に撮りたくても撮れない人がたくさんいたわけです。「ポラロイド」という手もありましたが、撮影コストが高過ぎるし画質だって特殊。やはり、デジカメ時代になったからこそ、自由に「プライベート写真」が撮影できるようになりました。従来撮りたくても撮れなかった被写体が、誰でも簡単に撮れるようになったわけですから、これはもう冒頭に書いた「撮影スタイルが変化した」のではなく、「デジカメが新しい撮影ジャンルを拓いた」といった方が正確です。
 私は、こうしたプライベート写真を撮るデジカメユーザーは、相当多いと考えています。さらに、こうしたプライベート写真を撮影したいがためにデジカメを購入する…というユーザだってかなり多く、極論するとデジカメ需要を押し上げる要因の1つになっていると考えています。
 恋人や配偶者のヌードやセクシュアルな姿を撮影したいと考える理由はいろいろあるでしょうが、私なんかは「写真を撮ることが好き」でしかも「日常の生活を撮ることが好き」ならば、特に深い理由なんか無くても親密な関係にある異性の裸を撮ってみたい…と思う方が自然だとすら思います。「芸術かエロか」などいう話とは、根本的に動機が違うような気がするのです。
 例えば私自身は、一般的な意味で「ヌード写真」にはほとんど興味がありません。メイプルソープが撮影したような「芸術的ヌード」にも興味はないし、かと言って「アダルト系画像」にも興味はありません。ヌード撮影会のようなものもあるようですが、当然ながら行ったことなどないし、第一、見も知らない他人の裸やセックス写真を見たって面白くもなんともありません。
 しかし、これが自分の親しい人(私の場合は女性)の裸であれば話は別です。私は、ともかく日常生活のあらゆるシーンを写真撮影するのが好きですから、道を歩いている人でも、散歩途中のショーウィンドウでも、のら猫でも、何でも撮影します。そして、その延長で恋人の裸も写します。デジカメの動画機能を使ってセックスシーンを撮影したことだって、何度もあります。彼女の水着姿、下着姿、そしてヌードを撮るのなんてのは当たり前です。コスプレ写真ってのは、そういう趣味の女性とお付き合いしたことがないので撮影したことはありませんが、機会があれば彼女を被写体にして撮ってみたい分野ですね。
 ともかく、「プライベート写真を撮る」という行為は、私にとっては「ごく当たり前」の行為です。そして、デジカメを使うようになってから、プライベート写真を撮る機会は大幅に増えました。

 考えて見ると、銀塩写真が発明されて半世紀も経っていない19世紀に、既に「ヌード写真」というジャンルは存在しました。エドワード・スタイケンはヌード写真の先駆者としてよく知られていますし、日本では野島康三なんかもヌード写真の先駆者と知られています。現代に入っての写真家では、女性写真家ナン・ゴールディンや先述したメイプルソープなどは有名です。こうしたヌード写真の先駆者たちは、いずれも被写体に「身近な人」または「自分自身」を選んでおり、「プライベート写真」の色が濃いのが特徴です。加えて、ホモセクシュアルであったメープルソープなどは、非常にセックスの匂いの濃い写真が多いですね。
 いや、ここで言いたいのは、おそらく「写真」が誕生したその瞬間ら既に「プライベート写真」なるジャンルが存在し、それはゲンダイまで脈々と受け継がれてきた…という事実です。だからこそ、プライベート写真というのは、もっと多くのデジカメサイトが取り上げるべきだと思うし、もっと議論されてもよいジャンルだと思います。

 さて、先ほど書いたように、「プライベート写真の撮影」が「デジカメの需要を押し上げる要因の1つ」であることは明白であり、こうした事実はデジカメメーカーのマーケット担当者も認識しているはずです。にもかかわらず、デジカメメーカーがサイトにアップするサンプル画像の中に、ヌードってのはほとんどありません。まあ、ヌード写真の基本はポートレートと同じですが、体全体を撮るとなると顔やバストショットなどよりも奥行きがあって複雑な立体感があるわけで、当然撮影は難しくなります。光の回り方や被写界深度などは微妙な判断が必要です。となれば、冒頭に書いたように、昨今のデジカメの多くが装備している「シーン撮影モード」の中に「室内ヌード」なんてのがあっても良いと思うのですが、まあどこのデジカメメーカーも搭載しないでしょうね。
 また、エロでも芸術でもなく、もっと淡々と「プライベート写真」の撮影法を解説しているサイトがあってもよいと思うのですが、これまたほとんど見たりません。女性を撮る手法という意味では、私はこちらのサイトなんかはけっこう好きです。あと、以前もご紹介した、当サイトのリンク集にある藤原さんのサイトなんかも、淡々と女性を撮っているスタンスが好きですね。

2004/8/6

 ここのところ、毎日日記を更新しないので、ごくわずかの読者の方々からは、もう書く気がなくなったのでは…と思われているかもしれません。いや、実際その通りです。別に「暑いから」というわけではありませんが、下降期に入った精神活動は復活の兆しを見せていません。
 さて今日は、「シブヤ経済新聞」の最新号に掲載された「センター街、10代の9割はサー人?」という記事についてです。何よりも「孤立を恐れる」10代の若者の多くが、多様な徒党を組んでいる状況はある程度わかっていましたが、「イベントサークル」なるものにこれほど多くの10代が参加しているとは知りませんでした。
 いや、別に「こんなことをして何が面白いんだ」…などと揶揄するつもりは全くありません。また「最近の若い世代は…」という類の話が書きたいわけでもありません。若い世代にとっての「面白いこと」は、時代とともに変わって当然です。今の10代の行動パターンが、私の世代の10代の時の行動パターンと違うのは当たり前です。
 それに、「同世代が集まって意味もなく時間を潰す」という点においては、表面的な状況としては、我々の世代とやっていることは何ら変わりません。私などは、同世代の中では醒めている方だったかもしれませんが、それでも高校時代は毎日毎日友人と集まっては何時間も話し込んでいました。今の高校生と同じように街で遊ぶのも好きだったし、ファーストフード店が今ほど無い時代だったので、喫茶店や学校の部室などでとりとめもなく話をしていました。
 でも、我々の世代と今渋谷に集う若者たちとの決定的な違いは、やはり「人間関係の濃さ」にあると思います。私は10代の頃の友人関係の中で、相手に対して、自分は人生に対してどのように考え、政治や社会問題についてどのようなスタンスでいるかを、徹底して曝け出しました。また、男女を問わず付き合う相手には、その全てを曝け出すことを求めました。こうした状態から生じる、「人と人との複雑な関わり」が何よりも面白かったのです。しかも、その関係が濃ければ濃いほど面白かった…というのが偽らざるところです。
 それに比べると、イベントサークルのような集団に身を置く今の10代の人間関係は、いかにも希薄です。「…趣味の合う子が集まっているから普通の友達より結束力が強い」とあるように、しょせんは「ファッションや音楽の趣味」レベルでの共通項があるに過ぎません。我々の頃は全く逆で、「ファッションや音楽の趣味は違っても本質的な部分で同じ『こころざし』や人生観、社会観を持つ者同士」が深い人間関係を作っていったわけで、そうした関係と比較すれば、「ファッションや音楽の趣味」レベルでの付き合いは、あまりにも希薄です。
 そして、希薄なのは人間関係だけではありません。音楽もファションもすべてに軽いのが、今の10代かもしれません。私が好きな音楽はやたら重い70年代のロックですし、映画「タクシードライバー」に影響を受けた私は、作品中のロバート・デ・ニーロを真似ていつも「M65」を着ていました。今思い出すと、そんな自分に笑ってしまいます。
 希薄な人間関係がダメだ…と言っているのではありません。また、「軽さ」も悪いことではありません。希薄な人間関係の中で、軽い音楽を聴き、軽いファッションに身を包む…、これはある種うらやましい部分もあります。しかし、イベントサークルに熱中する今の10代の軽さ、何よりも「希薄な人間関係」の中だけで棲息しているとすれば、そこにはひとつだけ大きな問題があります。それは、「人間関係のトラブルに弱い」という点です。
 「複雑な人間関係」に耐性がない最近の10代は、人間関係がこじれるとすぐに解決をあきらめ、疎外感や絶望感を味わったり、「暴力」や「自殺」などの極端な行動に走ります。「軽くて楽しいだけ」だったはずの人間関係が、ちょっとした感情の行き違いが生じると、一転して深刻なトラブルに転化してしまいます。
 私の世代の多くは、10代の頃から、友人関係に限らず「濃い人間関係」「複雑な人間関係」の中に身を置くことがけっして苦痛ではありませんでした。だから、私たちは「面倒な人間関係」に対応する術を身につけていますし、人間関係がこじれることを恐れもしません。むろん、孤立することも恐れません。何かあれば、大きなトラブルにならないように、人間関係を改善していく努力をします。これは友人関係だけでなく、男女関係でも同じです。
 10代の若者が、渋谷のイベントサークルに参加して遊んでいる現状は、それ自体はいっこうに構いません。しかし、その集団の中にあっても、また学校や家庭を含む日常生活の中でも、もっと「濃い人間関係」「複雑な人間関係」を作る努力をしていって欲しいと思います。じゃないと、今後ますます殺伐とした世の中になりそうです。

 さて、低調な精神除隊の中でも、本だけは読んでいます。今日読了したのは、<マット・スカダーシリーズ>でおなじみのローレンス・ブロック「砕かれた街 上・下」(二見書房)です。9.11テロ事件を題材に取り込んだ最近のミステリーの中では、もっとも優れた1冊でした。また、古い<マット・スカダーシリーズ>で描かれたマンハッタンの街の様子とは異なる、ごく最近のマンハッタンの街の様子が生き生きと描かれていました。

2004/8/4

 精神の活動、というよりも脳の活動が下降期に入っているようです。仕事の能率も上がらないし、この日記もあまり書く気が起きません。普段なら、人と会って話したり、新聞や雑誌を読んだり、TVのニュースを見たりすると、必ず何かしら興味を持つネタがあり、そこに「感嘆」とか「怒り」とかの感情が沸くのですが、ここ数日は誰と会っても何を見てもボンヤリとしています。
 大量殺人事件、イラクでのテロ、国会での年金問題の審議、豪雨による被害、あいあかわらずの少年犯罪と子供を殺す親、海外での大火災、エイベックスの社内抗争など、ここ数日見聞きするニュースのいずれもが、何の感慨も喚起しません。
 そんな中で唯一少し考え込んだのが、今朝のNHKニュースで見た「アメリカ中西部の大旱魃と水不足」というニュース。現在アメリカで続いている歴史的な旱魃は、どうも今後数年、数十年に渡って長期化しそうだとのこと。アメリカ中西部は、いまや世界中が必要とする穀倉地帯でもあるわけで、こりゃいよいよ世界の食糧事情は深刻になりそうです。中国も水不足が伝えられており、石油も大幅に値上がり、世界の破滅が近づきつつあるようです。まあ、自分は残された短い人生をできるだけ楽しく生きよう…なんて不埒な考えが頭を過ぎりましたね。
 で昨夜は、池袋の夜に精通するシステムエンジニアKUMA氏とその他女性2名で、池袋東口の新文芸座近くの立飲み屋「小島」でしばし談笑。ビジネスの話も多少ありましたが、まあ概ね楽しい雑談に終始しました。私が飲んだのは、生ビールを1杯と焼酎をロックで3杯、他の3人も同じくらい飲んだかなぁ。飲み物もつまみも全部300円均一なので、1人1500円くらいでしたね。そういえばお店ではTVでサッカーをやってました。日本が延長後半に劇的な逆転勝利を収めるシーンで、アナウンサーもサポーターもみんな大興奮。でも我々4人はみなサッカーに特別の興味がないので、淡々と話に興じてました。
 2時間ほど飲んで帰宅後は、仕事です。依頼された原稿書き…と言ったって、いわゆる「記事広告」の原稿。まあギャラが悪くないので受けた仕事ですが、少し酔った状態で800字ほどを1時間ほどで書き上げました。シャワーを浴びて、30分ほど読書をして就寝です。
 読書といえば、ちょうど読み終わったのがスティーブン・ハンターの新刊「ハバナの男たち(上下)」(扶桑社ミステリー)です。おなじみ、アール・スワガー(ボブ・スワガーの親父)を主人公とするシリーズですが、ちょうど「悪徳の都」で書かれたギャングとの抗争事件の直後の時代を想定しています。舞台はキューバのハバナ、革命前夜のハバナです。若き日のカストロが準主役で登場する他、ヘミングウェイなども出てきます。どうせあとがきに書かれているからバラしちゃいますが、あの有名な「モンカダ兵営襲撃事件(1953年)」を題材にしており、実に面白い小説です。なんたって、あのカストロが徹底して女たらしとして書かれており、実家の農場近くに住む人妻とベッドで一戦交えている最中に秘密警察に襲われ、素っ裸で逃げ出すシーンもあります。スティーブン・ハンターの作品としては、「さらばカタロニア戦線」と並ぶ面白さですね。
 ところで、ちょっと古いニュースですが、温泉に色を付けて、いったい何が悪いのでしょう? どうせ温泉の半分は沸かしているんだし、循環浄化しているところも多いですよね。温泉の効能なんてどれも何の医学的根拠もない実にインチキ臭いものだし、たかが「色を付けた」ぐらいで騒ぐな…と言いたいです。

 何か、低調な精神活動を如実に反映している、低調な内容の日記でした。

2004/8/2

 いつも書いていることですが、私は旅が好きです。あまりアウトドアで遊ばなくなった最近では、旅が唯一の趣味といってもよいかもしれません。趣味、遊びとして「旅」をする理由というのは十人十色でしょうが、私は基本的には「考えない」時間を過ごすために旅をします。そして、「目的の無い旅」を愛します。日常生活の中で片時も本を放さない私が、唯一本を読まなくなるのは「旅」をしている時だけです。特に海外旅行に行くと、本を読む時間がうんと少なくなります。旅の間中全く本を読まないわけではありませんが、例えば1週間の旅行中に2〜3冊しか読まない、1冊の本を繰り返して読む…など、普段の生活からは考えられないほど読書時間が減ります。私は、海外へ出ても観光地を周遊するわけではありませんから、要するに空いた時間の大半を街でぼんやり過ごす…というのが基本的なスタイルです。適当なバーに入って昼間からビールを飲んだり、見知らぬ現地の人と話したりして過ごします。
 活字中毒の私が「なぜ旅行中に本を読まないか」という理由を考えて見ると、おそらく「単に街で過ごしているだけでも、入ってくる情報量が普段より多い」「目や耳から入ってくる情報が普段と質的に異なる」…からでしょう。人間は、非日常的な情報を処理することで「気が紛れる」ということです。私が日常的に本を読むのは「非日常の世界に入りたい」ためであり、その役割を旅自体が果たしてくれるわけですね。

 なぜこんな話を書き出したのかというと、「最近の十代の若者は旅をしなくなった」という統計がある…と、ニュースで聞いたからです。旅をしなくなった…とは言っても、「十代の海外旅行者」などは、ここ数年増加し続けています。ここでいう「旅をしなくなった」というのは、「自分で組み立てる旅」を全くしなくなった…という意味です。
 例えば「青春18きっぷ」の世代別利用状況を調べると、驚いたことに30代、40代の利用者の方が10代の利用者よりも多いそうです。これはもう「中年18きっぷ」ですね。十代の若者の多くは、青春18きっぷを使うような旅には興味が無いわけです。だから十代が旅をするのは、「友人とディズニーランドに行く」とか「サークル仲間と温泉へ行く」など、あくまで「日常の遊びの延長としての旅」が多いわけです。
 こうした「旅をしなくなった十代」という状況は現在の社会状況を見ていると非常に納得できます。最近の若者は刹那的な享楽を追い求める方向に向かっているので、旅をするなんて面倒なのでしょう。お金を遣うとすれば、渋谷で飲んだりカラオケに行ったり、はたまたブランド品のバッグを買ったり、車を改造したり…と、こういったことにお金を遣う方が楽しいのでしょう。「友人とディズニーランドに行く」とか「サークル仲間と温泉へ行く」なんて旅なら、これはカラオケに行くのと同じ「日常の楽しみの延長」に過ぎませんから、若者もやるんでしょうね。しかし、バックパッカーのように目的も無く海外を放浪したり、バイクで長期間のツーリングに行ったり、青春18きっぷで当ても無く長期間の旅行をしたり…なんてのは、非日常的な行動であり、面倒な非日常的行動や面倒な非日常的思考を楽しもう…なんて若者が、昔よりも減ったということなんでしょうね。

 …で、「十代が自由な旅をしない」という状況を聞いて思い当たったのは、学力の低下、教養主義の終焉に関係があるのではないか…ということです。考えてみると、旅とは、ある種「知的な遊び」なのかもしれません。特に「目的のない旅」や「1人旅」は、常に「考えること」を必要とします。先に私は、自分の旅の目的について「考えない時間を過ごすため」と書きました。なぜ旅に出るとモノを考えないか…について、「単に街で過ごしているだけでも、入ってくる情報量が普段より多い」「目や耳から入ってくる情報が普段と質的に異なる」からではないか…と書きました。「目や耳から入ってくる情報の量が多かったり、普段得ている情報と質的に異なる」…ということは、「考えないで済む」のではなく、あくまで「日常考えていることを考えないで済む」だけであり、逆説的に言えば「普段と違うことをたくさん考えなければならない」…ということなのでしょう。考えること自体が苦手な若者が、おそらく旅をしなくなったのです。旅、それも「一人旅」や「目的も無く放浪する旅」は、「知的な遊び」だという事実の、裏返しです。

 そうなると、「旅をする頻度」またはと「旅をする人間の教養や感性」には、ほぼ確実に相関関係があるように思います。さらに批判を承知で卑俗な言葉を使うと、「自分で組み立てる旅が好きか否かと、学歴の高低」「自分で組み立てる旅が好きか否かと、偏差値の高低」の間には、ほぼ確実に相関関係がありそうです。だから、「若い世代の学力が落ちた」こと、「若い世代が勉強をしなくなったこと」など、若い世代の知力や教養の低下が、「旅に興味を示さない十代」という現象になって現れているのでしょう。

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