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私的画像日記 〜デジカメとともに暮らす日々の記録

 

   
11/18  映画「千と千尋の物語」が、「タイタニック」の持つ興業収入記録を塗り替えたそうですね。で、ちょっと驚いたのですが周囲の人間でも見に行った人が多いんです。これは子供じゃなく大人の話です。
 こんな話を書くと宮崎アニメファンから抗議が来そうなんですけど、はっきりと書いちゃいます。私は宮崎駿のアニメって大嫌いです。もっと正確に言うと、嫌いというよりも「気持が悪い」って感じかなぁ。それも「背筋がぞくぞくする」ほど気持悪いのです。
 アニメとは言っても、宮崎作品が手間と暇をかけ、高度な技術を駆使して作られている高い水準を持った映像作品であることは十分に理解しています。でも、まずは宮崎アニメの根底に流れる「ヒューマニズム」みたいなものが、生理的に肌に合わないですね。人間の社会の問題、人の心の問題、優しさとか憎しみなどの感情を、あんな形で表現されたくないって感じかなぁ。一言でいうと「安っぽいヒューマニズム」を押し付けられている感覚があります。
 それと、この手の主題をここまできちっとした作品として作り込んで、多くの大衆(あえて大衆という表現を使います)に受け入れられる形に仕上げられると、これはもう立派なプロパガンダですね。こうした作品を狙い通りにたくさんの人が見て、同じような感想を抱くっていうのは、ちょっと怖い感じがします。宮崎アニメは何となくある種の「宗教」っぽい…と誰かが言っていましたが、同感です。いまや、宮崎アニメ自体が新興宗教的な存在になりつつあるかもしれません。ともかく、感性領域で判断すべき主題を、たくさんの人が同時に支持するなんて現象は、「多様な感性の集合体であるべき本来の人間社会のありよう」と反するような気もします。この手の作品に関しては、本来もっと様々な受け止め方があるべき…って思いますね。
 大人が「宮崎作品に感動した」なんて言ってるのを聞くと、「お前、感受性が鈍いんちゃう?」とチャチャを入れたくなります(ゴメンナサイ…)。
 似たようなことは「ハリーポッターと賢者の石」にも言えます。こちらは安っぽいヒューマニズムではなく、「安っぽい人生訓」を垂れられている感じ。しかも、幼稚な表現で…。映画化されてたくさんの大人が見に行き、同じように感動したり感銘を受けたりすると思うと、やっぱり気持悪いですね。
 でも、「ハリーポッターと賢者の石」は世界中で1億部も売れたんですよね。何故こんなに、「感性の画一化」とか「物事の受け止め方の画一化」が進んだのでしょう。こういう多様性がなくなりつつある世の中って、マズいんじゃないのかなぁ。

 むろん、この手の問題について、私は誰とも議論する気はありません(笑)。

 2日間の出張から帰ってきて、オフィスでは山のように仕事が溜まっており、今日も休日出社して仕事を片付けています。当然ながらデジカメで撮影する暇がありません。従って今日もまた画像日記にはなりませんでした。
 「しし座流星群」も見る暇はなさそうです。 
11/14  唐突な話ですが、ワープロがまだ存在しなかった頃、どうやって文章を書いていたのか、今となっては想像を絶する話です。
 初めて仕事にワープロを使ったのは、専用機の「キャノワード」でした。その後PC9801を導入したので初の連文節変換可能なワープロソフトである「松」を使い始めたのが、本格的なワープロ歴の始まりです。当時「松」は148,000円とかした記憶があり、今となってはパソコン2台分の価格ですから驚きですね。その後「一太郎」をVER.3.0までけっこう長く使い、Ver.4.0になった時にテキストデータが生成できなくなったので、使うのをやめました。ここ5年間ぐらいは、お決まりのWordを使っています。
 ワープロは文章を書くときに、アウトラインプロセッサとして思考と表記を連携しながら使えるのが最大のメリットです。まずは思いつくままに脈絡の無い文を書いておき、それをベースに思考しながら文章を膨らませていくことができるところがいいですね。あとは文章を適当に切り貼りしたり、捨てたり書いたりしながらまとめ上げていきます。
 でも、手書き時代にはこうした「思考と表記の連携」が出来なかったわけで、現在ではどうやってノートや原稿用紙に文章を書いていたのか思い出せないぐらいです。もうワープロ無しでは絶対に長い文章を書けません。
 むろん、「漢字が書けなくなった」というデメリットはあります。でも、そんなこと些細な問題ですね。ワープロは、明らかに思考を助けてくれます。漢字なんか、辞書を引けば済む話ですから。ただし、文章の中でどの言葉を「かな」にしてどの言葉を「漢字」にするか…というのは、けっこう考える方です。ワープロを使うようになってから、かな表現が減った感じはあります。つまり、何でも漢字にしがちです。また、同じ意味の漢字が複数ある場合に、どれを使うか…についても、ワープロが最初に出す漢字に影響されがちなので、気をつけるようにしています。
 いずれにしても、ワープロは私の人生の中では最大の「文明の利器」の1つです。

   さて明日から出張なので、2日間に渡ってこの日記をサボることになります。今回はいろいろと理由があって、ノートパソコンを持っていきません。そのうち、iモードから書ける日記コーナーでも作ろうかなんて考えましたが、日記などというものは無理して毎日書くことはありませんよね。
 今日は1日中会議で、デジカメを撮影するヒマがありませんでした。 
11/13  昨夜発生したニューヨークの飛行機墜落には、非常に驚きました。「またか」という感じで、遅くまでCNNを見ていましたが、テロではなく事故であって欲しいと祈る気持ちと、そして心のどこかに事件性を期待する気持ちとがあり、こうした心理はTVを見ていた多くの人と同じであったと思います。
 さて、アメリカン航空機が墜落したのはJFK空港の近くのロッカウェイビーチ(Rockaway Beach)という場所です。ここは、私にとって非常に懐かしい場所でもあるので、特に真剣にTVに見入ってしまいました。
 ロッカウェイビーチは大西洋に突き出した細長い岬にあり、ロングアイランドから続く美しい海岸なのですが、マンハッタンから簡単に地下鉄で行ける美しい海水浴場があるのです。マンハッタンから近い海水浴場と言えばコニーアイランドが有名ですが、なにぶん泳ぐにはあまりきれいな海ではありません。また、周辺の治安が悪いのもタマにキズです。
 コニーアイランドに較べるとロッカウェイビーチは実に美しい海岸です。目の前には雄大な大西洋が広がり、水の透明度が高く、魚や蟹がたくさんいる海岸です。腰ぐらいまで海に浸かって歩いていると、蟹や魚を踏みつけることがよくあります。
 こんな海岸に、マンハッタンのダウンタウンから地下鉄に乗ってわずか40分ほどで行けるのです。確かJFKに行く時に乗る「A」か「S」という路線だったと記憶しています。「S」は、当時住んでいたSOHOのはずれのSPRING ST.という駅から乗ることができます。
 1983年の夏、連日40度近い猛暑の日が続く中、お金は無いけど暇だけはたっっぷりあった私は、毎日このロッカウェイビーチに泳ぎに行ってました。海パンの上に短パンを履いてそのまま地下鉄に乗り、ビーチで1日過ごすと濡れた体の上にTシャツを着込んでまた地下鉄でマンハッタンに帰ってきました。ロッカウェイビーチはJFKが近いので、飛行機の離発着の様子が良く見えるのですが、とりわけコンコルドの離陸時には大きな爆音がしたので、空を見上げていたものです。
 ビーチの近辺、特にビーチのある細長い岬とクイーンズに囲まれた湾のあたりは一面の湿地帯であり、今回飛行機が墜落したような住宅地がどこにあるのかはよく覚えていません。でも、あのロッカウェイビーチで過ごしたひと夏を思い出した、昨夜の飛行機事故でした。

 それにしても海外旅行が好きな私としては、非常に困った事態です。テロも怖いですが事故も怖い。いままでなにも意識せずに飛行機に乗っていたのですが、やはり今は海外旅行を控えてしまいますね。
 そういえば、明後日から仕事で大分へ行くことになっています。なんとなく飛行機に乗るのが憂鬱です。
 今日の画像は大宮駅前の「リスのトトちゃん」で、この日記では2回目の登場です。駅前のオブジェにもいろいろありますが、これはまあキッチュさでは1、2を争う存在でしょう。「リスのトトちゃん」というネーミングもさることながら、この両手を広げて笑っているリスの顔は、見ている方が恥ずかしくなるような像です。
 池袋にも「いけふくろう」というダジャレでネーミングされたキッチュなフクロウの像があるのですが、「リスのトトちゃん」には負けますね。宇都宮駅前の「餃子の像」やJR武蔵野線の吉川駅前にある「なまずの像」など、妙な像は日本中にあります。こういうのって、たいていは税金で作られてるんだろうな…って思うと、釈然としませんね。あと、この手の像でよくあるのが「ライオンズクラブ寄贈」ってやつ。ライオンズクラブっていう存在を何となく不愉快に思っているのは、私だけでしょうか… 
11/12  昨夜、NHKの番組「日本人はるかな旅〜イネ、知られざる1万年の旅」という番組を見ていました。この番組については前にもコメントしたことがあります。なんとなく面白いので、時間があれば見るようにしている番組です。
 今回の話は「稲作の起源」についてでした。要するに「近年の研究によって縄文時代に既に稲作が行われていたことが確実になった」という話です。確かに現在25〜30歳ぐらいまでの人は、学校の歴史の時間に「稲作が始まったのは弥生時代」と教えられているはずです。
 でも私は、狩猟・採取の時代といわれる縄文時代に既に農耕が行われており、しかも稲作があった可能性が高いという「縄文農耕論」について、高校生の頃に何冊もの本を読んだことがあります。なかでも印象に残っているのは藤森栄一という考古学者の著作です。

 藤森栄一は1911年に生まれ、1973年に没した諏訪市生まれの在野の考古学者です。諏訪考古学研究所を設立し、多くの若い研究者を育成しました。著書に「かもしかみち」「心の灯」「縄文農耕」「古道」などがあります。井戸尻遺跡を始めとする信州の縄文遺跡群を丹念に調査した彼は「縄文時代に農耕があった」との確信を深め、当時の学界の定説に対抗して大胆に縄文農耕論を主張します。しかし、学歴に恵まれず考古学会の亜流であった彼の説は、はほとんど取り上げられることなく、最後まで「在野の」という冠詞が離れなかった学者に留まったのです。
 しかし彼の著作は、八ヶ岳、北八ヶ岳、霧が峰、蓼科高原などを舞台にしたロマンあふれるエッセイとして、多くの人に支持されました。考古学マニアに支持されたというのではなく、普通の読書家や旅や山が好きな人たちに支持されたのです。私もそうでした。高校時代から山登りが好きで、しかも八ヶ岳が好きだった私は、藤森栄一の著作の一説を思い出しながら、北八ヶ岳一帯を歩き回ったものです。かれは、「南アルプスを正面に望むこんな雄大な風景を見ていた縄文人は、想像力が豊かで遊びの心を持った人々だったに違いない…」と書いています。古代の人を単なる歴史上の存在として認識するだけでなく、ものを考え、豊かな感情を持った我々と同じような「人間」として捉える藤森栄一の考え方は非常に好きでした。また、「かもしかみち」の冒頭の一文である、「深山の奥には今も野獣たちの歩む人知れぬ路がある。ただひたすら高きへと高きへと、それは人々の知らぬけはしい路である。私の考古学の仕事はちょうどそうした、かもしかみちにも似ている。」という文は、今でもよく覚えています。

 20年近く彼の著作を読んでいなかったのですが、先日書店で彼の著作「古道」が文庫本として新刊になっているのを見つけ、久し振りに読んでみました。北八ヶ岳を1人で歩いた高校時代が思い出されて、なんとも懐かしかった。
 縄文農耕論は彼の存命中には認められることがありませんでしたが、その後三内丸山遺跡などの発掘によって、教科書は大幅に書き換えられることになりました。
    ※藤森栄一についてはこのサイトが参考になると思います。

 さて、今日の画像は道端で見つけた「YAMAHA DT90」です(CheezSPYZで撮影)。1973〜4年頃のバイクだと思いますが、昔所有していたことがあるので、懐かしくなって撮影しました。2サイクルの90CCというのは、私が一番好きなカテゴリーのバイクです。今はもう買えませんね。

 ところで、以前Che-ez SPYZについてインプレンションを書いた折に「添付のソフトは使いにくいので何か別のソフトを使った方がいい」と書きましたが、その後テストをやっていませんでした。今回「PaintShop Pro 7.0」で読み出してみたところ、ちゃんとTWAINデバイスとして認識されました。具体的には「STV0680 Camera」として認識され、画像を読み出すことができます。これでもう、あの使いにくいCheezの添付ソフトから開放されました。 
11/11 よく晴れた秋の日曜日、下北沢の街を歩きました(以下、eggyで撮影)。
下北沢のお散歩は、路地の入り口にあるお蕎麦屋さんからはじまります。


オシャレな古着屋があったりして、女の子がいっぱい。


坂道や狭い路地が多いのも下北沢の楽しいところ、まだ通ったことのない道がたくさん。


おもちゃ屋とは言っても、何かビンテージっぽい高いおもちゃを売ってます。


「帝国経理学会」って何だろう?


こんな庶民的な風景にも出会います。

11/10  ここのところ、アフガンニスタンでの反タリバン戦争の行方が見えず、このままイスラム文化圏対キリスト教文化圏という図式で長期的かつ世界的な紛争状態に突入するのではないかと、恐れている人は多いでしょう。イスラエルやパキスタンなど紛争当事国が核を所有しているのが非常に気がかりだと思っていたら、今日のニュースでラディン氏が「我々も核を所有している」と述べたとのことです。こうした状況を見ていると、一部の宗教団体などが終末論を唱え出したのもうなずける部分があります(むろん不愉快ですが)。
 終末論というのは多くの宗教にあるのですが、特に新興宗教は終末論を前面に出して信者を獲得しようとするケースが多いようです。かつてはガイアナで集団自殺した「人民寺院」や同じくサンディエゴ郊外で集団自殺した「ヘブンズ・ゲイト」、そして日本のオウム真理教など、不快な宗教団体が不快な事件を起こしています。しかし、終末論で信者を獲得してきたのは、怪しげな新興宗教だけではありません。ユダヤ教やキリスト教はむろん、仏教にも終末論は色濃く反映されています。
 言うまでもなく終末論を教義のレベルで極限まで研ぎ澄ましてきたのがユダヤ教とキリスト教です。「キリスト」という存在自体がユダヤ教の終末論に基づく「メシア」として登場したわけですし、キリスト教では「終末の日」にすでに死んだ人も含めてすべての人が神の前に立たされて判決(審判)を受けなければならないという基本思想を持っています。まあ。個人的にはどうでもいいような考え方ですね。正直言って、このキリスト教の終末観が、他の幾多の怪しげな新興宗教の終末観と較べて、どこがまともなのかよくわかりません。罰当たりな無神論者の私には、終末論なんてすべて戯言にしか聞こえません。

 …いや、こんなところで延々と戦争論や宗教的な終末論を展開する気は全くありません。ここまでは今日の日記の「前フリ」なのです(笑)。
 「世界の終末が近い=サバイバルの必要性」というのは、誰もが直感的に連想するところです。だから、テロ事件以降の世界ではサバイバルグッズが飛ぶように売れているとのこと。私なんかは、現在の世界情勢とは関係のないところで、もともとサバイバルツールが好きでした。まあ、昔からアウトドアで遊ぶのが好きだったこともあって、サバイバルツールはけっこう集めたものです。しかし、昔のと言っても15年ほど前までのサバイバルツールと言えば、サバイバルナイフや非常用飲料水濾過装置などの、生きていくために必要な道具でした。ところが、最近は身の回りに電気を使う製品が急増し、これらをいかに非常時に使うか、ということが問題になってきています。電気を使う製品のためのサバイバルツールと言えば、そう発電機です。

 まずは「水力発電機」が欲しいところですね。これは、身近な川の流れや、ヨットなどで曳航することで発電する小型水力発電機です。値段も20万円台と手頃(?)です。敷地内に小さな川が流れている田舎の土地でも買って、使ってみたいところですね。あとは、ここでも小型製品を売ってます。
 次は、約10万円で買える風力発電機です。風力発電機はけっこうメーカーが多く、住宅用の300万円ぐらいするものの多いのですが、探すと5万円ぐらいの製品も売っているようです。これなんか9800円ですから、自宅のベランダにも1台取り付けてみたいところですね。
 そして、手回し発電機。これは携帯電話用のバッテリチャージャーとか、手回し発電機付きのラジオとか、けっこうあちこちで売っていますね。サガ電子の無線機用の手回し発電機は非常に良い製品だったんですが、現在は販売されていないようです。

 さてそこで、以前入手報告をした秋月電子で購入した950円のソーラー充電器です(WS30で撮影)。

 

500mAのニッカド電池を2本充電するのに、快晴でも8時間ほどかかるという代物ですから、とてもじゃないけどニッケル水素電池なんかには使えません。そこで700mAのニッカド電池を2本、実際に充電してみました。結果は…、3日目にフル充電されました。あまりマメに太陽の方向に向けてやってはいないのですが、なんとか充電できるようです。夜の間は電池は放電しないようになっているので、入れっ放しでOKです。
 なんたって950円ですから、非常時用に1台持ってるといいかもしれませんよ。 
11/8  「パソコンを自作する」…なんていうと、いまだに何かマニアの趣味っぽい感じを受ける方も多いかもしれません。でも、違いますよね。自作している方はよくご存知だと思いますが、パソコンを作るなんて、一言でいえば「ケースに10個ぐらいの部品取り付けてネジで止めていくだけ」の作業です。ネジ止め作業のあとには、各種ケーブルをコネクタに差し込んでいく作業がありますが、コネクタの形状がそれぞれ違うので、ほとんど間違えることはありません。要するに、パソコンの組み立ては「サルでも出来る」作業なのです。  パソコンを組み立てるにあたっては、パソコンに関する知識や電気配線に関する知識などは全く不要ですよね。つまり、パソコンとはなんたるかを知る必要はないのです。強いて挙げるなら、プラモデルが作れる…といったレベルのスキルは必要かも。まあ、プラモデルよりは簡単ですけど…。
 パソコンを組み立てるための道具は、基本的にドライバー1本です。細かい作業はほとんどないので、手先の器用さも不要です。ドライバーが回せるだけでOKです。
 最近は「パーツ同士の相性」ってのもあまりなく、マザーボードやビデオカードの組み合わせなんか、何でもOKってケースが多いですしね。ともかく、適当に買って適当に組み立てるとたいていちゃんと動きますよね。

 ところで、かつては「自作は安い」というのが本来の大きなメリットであったのですが、最近では通販ブランドやショップブランド、そそてメーカー製パソコンの型落ち品などが、ディスプレイとOS付きで6〜7万円程度で購入できます。自作の場合、本体用パーツは最安で3万円前後で購入できますが、ディスプレイとOS(オペレーティングシステム)を別途購入すると、自作パソコンの価格も、お店で購入するパソコンの価格も大差ありません。従って「安いから」という理由で作るよりも、むしろ最近は「自作パソコンはトラブルに対応しやすい」っていうメリットを強くを感じています。自分で作ったパソコンなら、不調になった時にどこが不調なのかわかりやすい…というメリットですす。

 まあ、これはいけないことですが、自作をする人の多くがOSを使い回していたと思います。OSやアプリケーションを複数パソコンにインストールする…ということをやれば、やはり3万円ちょっとでCeleron700MHz、256MBメモリ、20GBHDD、8倍速CD-Rを搭載したマシンが出来るとなると、やはり今でも「安い」と感じるかもしれません。

 そこでWindowsXPの問題です。WindowsXPがインストール制限を設けているのは、ソフトウェア販売のスタンスとしては基本的によいことだと思っています。ただ、私のように頻繁にパソコンの中身をいじっている人間にとっては、不安も残ります。というのも、XPは一部周辺機器の構成とBIOSのシリアルナンバーを見ることで、「違うパソコン」かどうかを認識するわけですよね。周辺機器認識については、かなり緩やかにしたそうですが、BIOSに関してはどうにもなりません。つまりマザーボードを交換することができない…というわけです。実は私は、けっこう頻繁にマザーボードの交換を行います。個人的な話ではなくて、オフィスで中心的に使っている10台前後のパソコンの話です。まあ、ちょっとスペックが落ちるとマザーを交換しちゃうことが多いのです。仕事柄、周囲にパソコンのマザーがけっこうある…っていう事情もありますけど。あとHDDはどうなんでしょう。HDDの交換や増設は、さらに高い頻度で行います。ちょっと容量が足りなくなるとすぐに増設。しかも新しい方のHDDをマスターにしてOSを入れ替えます。これもXPではダメなんですよね。
 こうなると、WindowsXPには簡単に移行できません。どうしても仕事で必要な2〜3台だけインストールして、あとは当面の間、Windows2000とMeで行くことになりそうですね。
 あー、いっそのこと日常の仕事を全部Linuxでこなせたらいいのに…って思いますねぇ。

 今日の画像は「SEGAFREDO」のカプチーノです(eggyで撮影)。
 基本的にはマシンで抽出したエスプレッソ系のコーヒー店はどこも不味くて嫌いです。特にスターバックス嫌いについては、前にも書いた通り。でも、こういった系統の店の中ではSEGAFREDOは雰囲気がマシな方。なんとなく店内の配色がいいですね。秋葉原の外れにあるお店とか、渋谷の東急本店通りにある店とか、時々立ち寄ります。タバコも吸えるし…。まあでも、この店もなんとなく男同士で行って打ち合わせをするって感じじゃないし、1人の時も入らないなぁ。 
11/7  この「WS30の世界」は“オルタナティブ・デジカメサイト”と謳っていますが、では現実に「オルタナティブなデジカメ」なんてあるのでしょうか?
 デジカメもコンシューマ製品である以上、マーケットの中のマジョリティのニーズに対応して製品コンセプトが決められます。例えば、「多画素、多機能、ズーム搭載」というのは、現在のデジカメに対するニーズであり、こうしたマジョリティのニーズに合致した製品はオルタナティブではありません。  だからといって、企画・設計する側の思い入れだけで作ったデジカメ、これもまたオルタナティブとは言えません。オルタナティブというからには、また現状のマジョリティニーズに対する1つの「対抗文化」の匂いを持っていなくてはなりません。そうであってこそ、はじめてマイノリティではあっても一定のユーザの支持が得られるのです。
 「オルタナティブ」と「革新的」はイコールではありません。一例で言えば、仮にCCDでもCMOSでもない全く新しい撮像原理に基づくイメージング技術を採用したデジカメが搭乗したと仮定します。その製品は革新的ではあるかもしれませんが、オルタナティブな製品とは限らないわけです。
 時としてオルタナティブなものは、進歩的ではなく逆にレトロな感覚を持っていたり、こなれた技術が使われているケースが多いような気がします。
 また、オルタナティブなものは「変わったもの」とは限りません。一見平凡な製品の中にこそ、オルタナティブな匂いがするものがあります。

 さて前置きが長くなりましたが、ここらで私が思う「オルタナティブな雰囲気を持つデジカメ」を挙げてみましょう。私は「オルタナティブ」ではないとしても、少なくとも「オルタナティブな匂い」を持っているデジカメとして、「eggy」と「DC3800」を挙げたいのでです。
 私は現時点で、手持ちのカメラ(デジタル・銀塩を併せて…)の中では、eggyとDC3800を最もよく使います。まずeggyですが、これはなんと言っても現行デジカメの中で最も手軽にMPEG-4動画が撮影できる製品です。オモチャのようなスタイルで実売価格が1万円を切りながら、VN-EZ5と遜色のないMPEG-4動画撮影機能を備え、しかも操作性も画質も悪くありません。MPEG-4動画は、端末のインターネット接続環境の高速・低速を問わず動画情報を発信でき、しかもパソコンの機能に依存せずハンドリングが容易です。安価なMPEG-4カメラという存在は、インターネットにおける「個人の動画情報発信環境」を一変させる文化的なパワーを持っている点でも、オルタナティブな香りがします。
 DC3800の方は、徹頭徹尾デジカメの現在のトレンドに反しているところが面白いですね。単焦点でズームなし、動画撮影機能なし、マニュアル設定機能はほとんどなく露出補正すらありません。パッケージングも、付属品がほとんど無く本体のみです。こんなデジカメはトイデジカメ以外では、ほとんど類を見ないものです。それでいて、レンジ感のある非常に美しい画像が撮影できる。小型でシンプルで、不思議な魅力のあるカメラです。
 私が「eggy」と「DC3800」を気に入っているのは、「オルタナティブな匂いがする」という理由なのでしょう。
 …以上、自分がお気に入りのデジカメに関する、非常に非論理的な礼賛文でした(笑)。

 今日の画像は、行きつけのレストラン「かつら」の店内です(eggyで撮影)。
 このレストランは、リーズナブルな価格で非常に美味しいものを食べさせてくれるばかりか、オーナーでソムリエの桂さんが勧めてくれるワインや日本酒が、何を飲んでも美味しいのです。今どき貴重なお店なので、真面目な話他人には教えたくないというのが本音。でも、この「かつら」の話は前にも書いたと思います。つい、こうやって何かの折にしゃべりたくなっちゃうんですよね。
 でも最近はシェフがアジアンテイストの料理に凝っていて、その点がちょっと不満。私は、コリアンダーとレモングラスが苦手なんです。だから、タイとかへ行くと食事にはちょっと苦労しますね。 
11/6  「…1700億円もの累積赤字を抱える関西国際空港会社が、1994年の関空開港以来、空港の管理・運営以外に行っているホテル事業や駐車場事業などについて、事業別の明確な損益を計算していなかったことが、会計検査院の調査で6日までに明らかになった。また、航空機発着回数や旅客数などの需要予測を立てる際に使用してきた算定データが、昨年の予測策定時以外は保存されていなかったことも判明した。財務体質の改善が急務となっている特殊法人で、赤字の原因分析が詳細に行われていなかった実態が浮き彫りになった…」

 上記のようなニュースを読むたびに。資本主義経済の是非はともかく、官僚や政治家が特殊法人を利用したり特定業界と組んだりして、一部の人達が税金を自分の懐に入れている現状には不快感が募ります。
 で、こうなったら税金を納めるのをやめようと…考えても、まあ個人単位でやれば処罰されるだけですよね。税金の不払い運動でも起こして、何百万人もの人が税金を納めなければ…とも考えますが、これまた現実には不可能でしょう。
 そこで、もっとも合理的に税金を納めない方法は「収入を無くすること」ではないかと思います。正確には「課税対象となる収入や所得を無くすこと」です。そこでまず考えられるのが、個人単位の物々交換ネットワークを全国に拡げること。物々交換は課税対象にはなるのですが、実態を税務署が補足することは非常に難しいはずです。オークションなんかも上手く使えば、税務署に所得を補足されにくくなりますよね。でも、こうした方法はフェアではありません。
 そこで次に考えられるのは、自給自足の生活を進めること。以前何かの本で読んだのですが、基本的には1000坪の土地があれば5人家族が自給自足可能なのだそうです。むろん、耕作物と家畜の飼育をバランスよく行い、しかも敷地内に飲料、耕作用となる水が豊富に湧き出ているか、小さな川でも流れていることが条件です。
 ただし、個人での自給自足を進めるには限界があります。まず第一に5人で1000坪の土地が必要だし、自給自足に適するような土地はそんなに多くありません。また、こうした最低限の自給自足を行う場合、生活水準が非常に下がるという問題があります。
 そこで考えを拡げていくと、数百人〜数千人単位の一定規模の「自給自足共同体」を全国各地に作り、相互に特産物を交換していく…という手法が現実的のような気がします。数百から数千人単位ならば、ある程度の工業生産物の製造も可能でしょう。また共同体間の物々交換によって、地域によって得られる産物の差も埋めることができます。
 むろん、革命をやろうというわけではないので100%の自給自足を考える必要はありません。現状の社会システムに対して生産物を売ったり、そのお金で必要なものを購入したりすることも考えます。自給自足部分のウェイトを高くし、既存の貨幣経済に組み込まれる部分を最小限度に留めれば、税金の納付額はごくわずかで済むはずです。

 …今日の話も他愛のない戯言です。実のところ私は、現在の社会システムや政治化の汚職などに対して怒っているわけではありません。社会に対して何か行動を起こすつもりも全くありません。私は、自分が住んでいる国とか社会システムが嫌になれば、国を捨てればいいと考えています。世界は広いので、もっと住みやすい国があるはずです。でも、今のところは、食べ物の問題がネックになっています。私は日本の食べ物というか食習慣が好きなので、海外移住を躊躇っているわけです。でも、捨てる日も近いかもしれません。
 こんなつまらない話は、もうやめておきましょう。

 今日の画像は、オフィスの近くの携帯電話販売会社の店先です(CheezSPYZのLowモードで撮影)。ここは昔光通信系の「HitShop」だったんだけど、光通信の商法が非難されたときに店の名前が変わりました。
 携帯電話って御存知の通り、新規だと安く買えて、機種変更だと高いじゃないですか。でもiモードの場合は、新規で安い端末を買ってDOCOMOショップで2000円出してROM交換してもらえばOKなので、私はいつもそうしてました。それで古い方の端末を解約すればいいのです。でも、この方法って意外に知らない人が多いみたいです。DOCOMOショップならどこでもすぐにやってくれるし、10分もあれば手続きは終わります。
 あと、携帯電話の購入時に「縛り」っていうのがありますよね。「6ヶ月以内に解約すると違約金2万円」とかいう契約です。あれは、DOCOMOショップの場合には、「独禁法に違反している」とか「消費者センターに訴える」とか言うと、たいていの場合は違約金を取られずにすみます。実際に「縛り」っていうのは、弁護士の話によるとかなり微妙な商行為みたいですよ。  
11/5  色々な掲示板上で飽くことなく続く「デジカメvs銀塩カメラ」論争。その中で「銀塩カメラ派」と呼ばれる人達がいます。銀塩カメラ派の主張には、画質やプリントの保存性において銀塩が有利というものですが、銀塩派のデジカメ嫌いには他にもう少し根深い理由があるのではないかと思っています。
 その理由とは、「実存しない像」に対する不安感…です。
 記憶と実存は違います。記憶には実体がありません。銀塩写真とデジカメ画像の最大の違いは、この「実存する像」と「実存しない像」の違いでしょう。銀塩カメラで撮られた写真は、フィルム上に実際に存在する像(イメージ)であり、デジカメはメモリというバーチャルな空間に存在する像(イメージ)なのです。むろん、デジカメで撮影した画像も、プリンタで出力すれば、実体を持つ画像となります。そこで思うのですが、実存しない像に対する不安感が強い人ほど、デジカメ画像をプリントしようとするのではないでしょうか。私は「メモリ内に存在する画像」に対する不安感がありません。従って、デジカメ画像をプリントしません。
 同じような話は、デジカメが馴染めない人だけではなく、ワープロ嫌い、電子メール嫌いの人にも言えることかもしれません。人間は、紙に書かれた文字、紙にプリントされた像に対しては、どことなく安心するのでしょう。逆に言えば、電子的なデータはなんとなく不確実・不安定な存在と感じて、本能的に一抹の不安を覚えるのでしょう。

 ところで、こうした意識を逆手に取ることで、人を容易に騙すことができます。写真というのは商業印刷物だろうとDPEだろうと、印刷されて実像となると、それは限りなく「事実」に近づいてしまいます。つまり、「プリントされたものは真実の匂いがする」のです。写真を見た人間の大半は、それが実際に存在する光景を写し撮ったものであることを疑いません。
 別に合成写真なぞ作らなくても、ある場所にある人物と偶然一緒に写っている写真を見ると、その写真を見た人はあたかも2人が関係しているように思うわけです。さらに、歴史上、ネス湖のネッシーの写真から南京大虐殺の写真に至るまで、その信憑性が話題になった写真は枚挙に暇がありませんが、いずれも本来は「証拠としての写真」という考え方がベースになって公開されていたものです。  写真というのは「実際にあったこと」でなくてはならない…と思っている人がたくさんいます。私は「写真なんて曖昧なもの」と思っていますから、写真の真贋論争には興味がありませんが…。事実なんてものは「写真」で納得するのではなく、もっと別の形で納得したいものです。

 それにしても、今日の文章は…あまりにひどい(笑)。ちょっと読み返して見ましたが、趣旨も言いたい事もはっきりしていないですね。第一、「実存する像」と「実存しない像」なんて、戯言、寝言の類です。間違ってこの日記を読んだ人は、ただちに内容を忘れてください(笑)。

 今日の画像は、夜の渋谷のゲームセンターです(DC3800で撮影)。私はクレーンゲームが好きで、1ヶ月に1回くらいですが、かなりお金をつぎ込んだりします。そのかわり…と言ってはなんですが、パチンコやパチスロを始め、むろん競馬・競輪なども含めてギャンブルと名の付くものは一切やりません。
 ところで何台ものデジカメの中で、いまのところプラーベートで最も利用頻度が高いのは「DC3800」です。DC3800って小さくて、簡単にきれいな画像が撮れて、やっぱりすごくいいデジカメです。これを上回る製品はなかなか出てこないのではないかと、危惧しております。 
11/4  今日友人と話していたら、小中学校時代の「前に習え(倣え?)」「休め」という号令の話になりました。今考えると実に妙なものだった…ということで話が一致をみました。
 他に「右に習え」だの「小さく前に習え」だの、いろいろな号令がありました。号令に合わせて、子供がいっせいに整列したり、方向を変えたりするのです。考えてみると妙なことをやっていましたよね。

 知人のフランス人の女性の話によると、小学生がこうした一糸乱れぬ行動を学校で強要されているのは、すごく異様な光景だそうです。どう見ても軍隊の行動にしか見えず、こんなことを小学校でやっている国は、少なくともヨーロッパでは見たことがないそうです。
 なぜ、教育現場でこんな軍隊のような振る舞いを教え込まなければならないのでしょうか?
 考えてみれば、ヨーロッパの多くの国には徴兵制度があります。ちょうど徴兵されているタイミングで、湾岸戦争やコソボ紛争のような国際派兵をする紛争に出くわすと、彼らは戦争に行かなければならない。そうした「戦争をする軍隊の必要性」を大人も子供も認識している国の人から見て、日本の小中学校の軍隊的な振る舞いは異様に見えるわけです。
 要するに、一言で言えば、学校は軍隊ではないし、軍事教育を学校でやる必要はないという話に尽きます。
 ここでは、軍隊の必要性とか、憲法九条の是非とか、そんな問題を論じる気はありません。そうではなく、小学校教育で軍隊のような行動様式を教えることの必要性について考えてみたいのです。
 いや、考えるまでもありません。軍隊というのは、一般的な意味での「日常」とは異なる集団です。目的はともかく、効率よく戦闘行為、殺人行為を遂行するための組織です。こうした特殊な目的を持つ集団のルールは、こうした集団の中で教えればよいだけだと思います。「学校」という場で教える必要はありません。

 ところで、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は何かイベントがある度に巨大なマスゲームをやります。あれって異様な光景ですよね。日本の小学生がやる「前に習え」「休め」も同じように異様であることに、どれだけ多くの人が気付いているのでしょうか?
 そういえば、日本人も北朝鮮と同じようにマスゲームが好きですね。幼稚園や小学校の運動会では、ほぼ100%マスゲームをやります。集団で一糸乱れぬダンスをしたりするのも好きですよね。つまり、日本人は「集団で一糸乱れぬ行動をとる」ことが好きな国民性なのでしょうか? 私は大嫌いです。

 今日の画像は、デパートの催事場でやっていた「イタリア物産展」の様子です(ChhezSPYZで撮影)。
 デパートの催事場でやる「大北海道展」とか「鹿児島物産展」とかって、いいですよね。…って。わざわざ行くわけじゃないけど、たまたま用事があってデパートに行った時に、この手のイベントに出くわすと、覗いてみたくなることがあります。美味しいものいっぱい試食して、ワインとか日本酒を試飲して…、ああ、それじゃやってることはオバチャンと同じだなぁ(笑)。ただし、さすがに1人では行けません。女の子が一緒の時に限ります。  
11/2  こんなデジカメサイトをやってると、たまに人に聞かれます。「パソコンとかデジカメとかがすごく好きなんですね?」…と。確かに「デジタルガジェット好き」っていうのは否定しません。でも自分は基本的には「アナログ」が嫌いではありません。まあ、デジカメと銀塩カメラのどっちがいいか…っていうモノのレベルの話じゃなくて、もっと根本的な部分で「アナログな生活」が好きなのです。
 典型的なのは、パソコンよりはバイクが好きって部分です。パソコンは確かにあると便利だし、なくてはならいものだけど、「趣味はパソコン」みたいには絶対になりません。パソコンはあくまで道具です。オンラインでの資料探しはいつもやってるけれど、パソコンのディスプレイで「青空文庫」を読むのはイヤ。やっぱり書店で買った文庫本を読む方がいい。何時間もインターネットにつないでいる時間があれば、外を散歩している方が好き。Webでよく買い物をするけれど、お店に行って実際に物を見て買う方が好き。Web上で見知らぬ文化の情報を見るのは好きだけど、実際に旅行して自分自身で体験する方がいい。そして、Web上の付き合いもいいけれど面と向かっての生身の付き合いはもっと好きなのです。
 ともかく「バーチャル」なものはあまり好きではないのです。パソコン上のアイドルにハマる感覚は、メンタルな部分で理解はできるけれども、自分自身は絶対にそうならない。パソコン上のアイドルを眺めている時間があれば、生身の女の子と話している方が楽しいに決まっています。
 でも、こうしたアナログ生活好きな私でも、唯一「他人の書いた手書き文」を読むのは苦手です。よく「年賀状はやっぱり手書きに限る」とか「手書きの手紙は心がこもっている」などと手書き文を礼賛する人がいますが、私はいくら達筆であっても読みにくい手書き文はきらいです。基本的には、お互いにEメールが使える環境ならば、手紙ではなくEメールを使って欲しい。そしてやむなく手紙や文書をやりとりする必要があるケースでは、プリンタに出力されたフォント文字を使って欲しいですね。  アナログなコミュニケーション、アナログなグッズが好きとは言っても、合理性が優先することは確かです。

 ところで、月刊漫画誌「ガロ」が復刻されました。私は、高校生の頃に喫茶店で読んでいました。なんか、今考えると青臭い漫画ばかりで、復刻されたからといって特に感慨はありません。それよりも、このガロ復刻は「オンデマンド印刷」によってなされるという点に興味を惹かれました。1冊1700円だそうですから、オンデマンド印刷のコストも十分に実用レベルです。前述したように、「ディスプレイ上で本を読む」という行為が嫌いな私にとっては、オンデマンド印刷の普及は非常に有難いものです。最近は、良心的な小部数の出版物発刊がビジネスとして成り立たなくなっているだけに、オンデマンド印刷によって、多様な出版物が入手できるようになるのは、本好きにとっては非常に有難い話です。

 …って感じで、こんな話を書くのが「正統派日記風」かな?

 今日の画像は、昨夜の居酒屋。牡蠣を食べたあとの殻です(ChhezSPYZで撮影)。
 そろそろ、牡蠣やふぐ、秋刀魚など秋・冬の食べ物が美味しい季節になりました。私は本当に牡蠣が好きなのですが、小さい頃は嫌いでした。牡蠣フライなんか、苦くて食べられませんでした。牡蠣というのはいったい何歳の頃から美味しいと思うようになったのでしょう。でも普通の人は、小さい頃は嫌いな食べ物でも大人になると何でも食べられるようになりますよね。私は違うのです。牡蠣は例外で、基本的には小さい頃に嫌いだったものは、大人になった今でも嫌いです。ピーマンやニンジンなど、いまだに大嫌いです。
 今日は、最後まで「普通の日記」風の話題でした(笑)。
11/1

 日記特別編  現時点でコンセプト可能な…  「使い切りデジカメ」

    
10/31  話題のリサイクルカメラ「撮ってもEG」を使ってみて、あまりにもカメラ初心者向けではない使い勝手に、怒りすら覚えました。ここで私が言っているのは「デジカメ初心者」ではなく「カメラ初心者」です。要するに「シャッターボタンを押せば写る」カメラの使い勝手とは何か…という話です。

 …で、今回あらためて静止画デジカメとしてのeggyの良さを見直しました。
 まずeggyは、ストロボがないので安心して撮影できます。かなり暗い場所、室内灯がある屋内はむろん、夜間でもちょっと離れた場所に街灯がある程度の明るさで撮影できます。
本体に適度な質量があるのでブレません。16MBのCFカードで140枚も撮影できます。16MBのCFと言えば、1000円以下で購入できます。
 画質も、35万画素のデジカメとしては「撮ってもEG」と較べれば比較にならないほどよいですね。「解像度感」ではWS30やSPYZに負けますが、画質は滑らかです。解像度が低いなりに発色がよく階調表現が豊かです。

 それにしても、「撮ってもEG」の全く使いものにならないストロボには閉口しました。「シャッターボタンを押せば写る」カメラの基本的なコンセプトを、カメラメーカーでは「暗いところでストロボが光る」ことだと考えているようです。これは、被写体との距離や被写体の明るさによって光量を変えられるストロボの限定された話です。
 WS30のような常に一定の明るさで光るストロボが「自動発光」になっていると、暗い場所で近距離の撮影が全く出来ません。そんなストロボが付いているくらいなら、手ぶれしても構わないから暗い場所でもシャッターが切れる「低速シャッター」をつけた方が初心者にも実用的です。  実際に、eggyを使っている友人の女性は、カメラ初心者にも関わらず、多少ボケた画像でも暗い場所でストロボ無しで撮影できることを喜んでいます。
 むろん真っ暗な場所で撮影するためにストロボはあってもよいのですが、必ず「OFF」スイッチを設けること、または完全なオートにするならば自動発光する光量の閾値をうんと下げることが条件です。基本的には、白飛びするくらいなら、暗くても写っていた方がガンマ補正が効きます。

 …てなわけで、やはりeggyはおススメです。そのeggy、最近では4000円前後で買ったという報告も多いようです。まだお持ちでない方はぜひ1台…

 今日の画像は、近所のヤマザキーデイリーストアにあった回収済みの「撮ってもEG」の山です(DC3800で撮影)。
 試験販売は好調だったようですね。「各地で売り切れ」なんてニュースもありましたが、販売台数が少なかったこと、私のような興味半分・面白半分のユーザーがいたこと、あとはマスコミ関係者と業界の関係者が使ったのでしょう。でも、現行のカメラスペックとプリントシステムのままでは、本格的な展開は絶対に無理でしょう。
 そういえば、この「撮ってもEG」買ったときにアンケート用紙をくれて、これを書いて送り返すと500円の図書券くれるって言ってました。5分で終わるアンケートだし、切手付きの返信用封筒も入っていたので、早速書いて送ってみようと思います。  
10/30

 日記特別編  画質は悪く、使い勝手もダメ…  「撮ってもEG」

    
10/29  大型スクーターって嫌いだなぁ。スクーターの大型化は、確かHONDAの「Freeway」からですよね。「Freeway」が最初の250ccのスクーターだったと思います。次いでバカでかい「Fusion」が発売され、その後しばらくはあまり話題になりませんでした。それが、YAMAHAから「MAJESTY」が発売されてから一種のブームになりました。今じゃ「MAJESTY」以外に、HONDAから「シルバーウイング」、SUZUKIからは「スカイウェイブ」「アヴェニス」「ヴェクスター」の3車種、排気量も250ccから600ccまであります。
 大型スクーターが嫌いな理由を明言しろと言われる困るのですが…、やっぱり基本は「バイクではない」と感じるからでしょうね。バイクは「快適であってはならない」とは思いませんが、「快適過ぎては面白くない」と思います。それから、「シンプルさを感じない」という部分もあります。
 別にスクーターが嫌いなわけではありません。「ベスパ」に乗ってたこともあるし、タンデムできるスクーターが欲しくて、初代の「ベルーガ70」に乗ってたこともあります。こうしたスクーターは、いずれもシンプルです。明らかに4輪車とは違う。
 大型スクーターって、きっと快適な乗り心地なんですよね。実際に友人の「MAJESTY」に乗ってみたら、実に楽。加速だって抜群だし、これはもうほとんど「クルマ」だな…って感じました。

 「バイクはこうあるべきだ」という確固たる考えがあるわけではありません。バイクの好みなんか人それぞれ違ってもいいし、自分の好みを他人に押し付ける気もなければ、他人の好みをとやかく言う気もありません。でも大型スクーターに限って言えば、あれは「バイクではない」と強く思います。だから、自分にとっては「バイクの好み」の範疇には入らない話なのです。あんなものに乗るぐらいなら、別にクルマに乗ってりゃよかろうに…って思っちゃうんですよね。
 ところで、スクーターと言えば「スポーツタイプの小型スクーター」っていうのも一度も買ったことがありません。「JOG」とか「ZZ」とか、ああいうヤツです。あのタイプのスクーターも何となく嫌い。そうですね、あれはバイクというより「高性能オバチャリ」って感じがするんだなぁ…。

 それにしても、相変わらず私が書く文には「…が嫌い」という主張が多い(笑)。基本的に「敵を作りやすい性格」なのでしょう。

 今日の画像は、組み立て途中のLinuxマシン(DSC-MZ1で撮影)。RedHut 8.0をインストール中です。
 Windowsで使うにはスペック的に古いマシンは片っ端からLinuxマシンにできるのでこりゃ便利だとは思いましたが、考えてみればLinuxマシンなんてそんなにたくさんあってもしょうがないですよね。サーバーはWWWサーバー以外にPloxyサーバーやプリントサーバーなどに使っても2〜3台あれば十分だし、クライアントとして使うとなるとWebブラウズとテキストエディター以外には、あまり使えるアプリがありません。そんなわけで、使いもしないLinuxマシンがゴロゴロと増えつつあります。 
10/28  「モノを集める」ことが趣味の人ってたくさんいますよね。私もその1人かもしれません。ただ、ここで言う「モノを集める趣味」というのは、「ある特定ジャンルのモノを系統的に集める」ことで、私の支離滅裂なガラクタ集めは該当しません。例えば、ビンンテージカメラとかビンテージカー、ビンテージバイクを集める人のことで、最近ではビンテージワインを集める人なんかもいますね。特にこうした「ビンテージ」モノを集めることって、「大人の趣味」的に考える人も多いようです。それと、こうしたビンテージなんとかを集める人は、自分が集めているモノについて饒舌に語るケースが多いかも。

 ところで、この「大人の趣味」というヤツはクセモノです。最近は「サライ」とか「大人の時間」とか「一個人」とかいう、いわゆる「大人の男の雑誌」というヤツが急に増えてきました。誌面のコンセプトはどれも、「粋な大人のライフスタイルを演出しよう」というものです。この手の雑誌は、各誌とも概ね好調のようです。特集のパターンはだいたい決まっていて、「大人の旅」「大人の隠れ家的なバー」「休日のファッション」「大人の趣味」…といったものです。どうやら最近の大人は、誰かにライフスタイルを教えてもらううようになったらしい。

 私は基本的に「ガキ」なので、こういう雑誌の特集によく出てくるようなライフスタイルをしてるヤツを見ると、「フン!」と思ってしまいます。年相応のちょっと渋めのファッションを決め、夜は隠れ家的なバーで静かにモルトウィスキーを飲む。車はあまり高価ではないが自己主張を感じさせるヨーロッパ車、ワインに詳しく、筆記具にこだわってよい万年筆を集めている。…こんな中年を見ると、バッカじゃないのと思うのです。
 私なんか、愛車はスーパーカブだし、格好はジーンズかチノパンにワークシャツ、マウンテンパーカ、いつもスニーカーを履いてる。隠れ家的なバーよりも居酒屋でワイワイやってる方が多いし、女の子と日曜日の渋谷で遊んでたりする…。もう、「渋い」ところなんか全くないですよね。旅だって、大人の雑誌によく特集されている「あまり知られていない大人のリゾート」…なんて全く興味がなく、汚いカッコしてマンハッタンやシカゴの雑踏の中を歩いている方が好き。アジアの片隅でビールを飲んでボーッとしているのも悪くない。いやぁ、我ながら高校卒業したあたりから現在に至るまで、やってることに全く変わりがないのには、あきれるほどです。
 まあこうして見ると、自分は「渋い中年」には絶対になれないようです。

 今日はいろんなPCパーツを探しながら、秋葉原を2時間も歩くはめになりました。先週に続いて、2週連続の秋葉原です。まあ、私が自分で必要だったわけではなく、うちのスタッフが「3万円でパソコンを組み立てる」という雑誌の記事を書くためのお買い物に、荷物持ち役で付き合わされた次第。途中で雨は降ってくるし、疲れました。

 さて、今日の画像は立ち食い蕎麦屋のショーケースです(DC3800で撮影)。
 相変わらず、毎日の昼食は立ち食い蕎麦が多い。週のうち3〜4日は蕎麦かうどんを食べています。でも、前にも書いたけど、ホントにちゃんとお店を構えている下手な蕎麦屋よりも美味しい立ち食い蕎麦屋って、けっこうたくさんあるんです。自家製麺だったり、生麺使っていたり、ちゃんとした天ぷら揚げていたり、美味しい立ち食い蕎麦屋にめぐり合うと、すごく幸せです。そのうち、私が食べ歩いた東京中の立ち食い蕎麦屋のランキングサイトでも作ろうかと考えています。 
10/26  Web上に日記サイトというのは非常にたくさんあります。自分でWebサイトを開設しようと思うと、まずコンテンツが問題になります。まあ趣味の情報なんかをコンテンツ化するのが一番よいのですが、全ての人が他人に公開するようなコンテンツを持っているわけではないですよね。そうなると、多くの人の頭に「自分のプラバシーのコンテンツ化」が思い浮かぶようです。
 実は、自分でこうして「日記」を書いておきながら、私は他人の日記を読むことが基本的に好きではありません。厳密に言うと「公開することを前提に書かれた日記」や「作品化された日記」ならOKなのです。本来の意味での日記、つまり自分の日常生活や心に思い浮かぶ事をストレートに書き綴った日記というのは、どうも読むのが苦手です。
 私は自分のプライバシーをコンテンツにするつもりは全くありません。それと同時に、他人のプライバシーがコンテンツ化されたものも見る気がありません。自分はプライバシーというものは絶対に公開も切り売りもしたくないし、他人にもそうして欲しくないわけです。だから、よくある「家族日記」タイプのコンテンツは苦手です。自分で書くのが苦手という意味ではなく、読むのが苦手なのです。自分の子供の成長日記風のコンテンツとかで、子供が小学校の運動会で活躍している写真や子供の七五三の写真などが公開されていたりすると、なんとなく腰が引けるのです。そりゃ自分達家族にとってはかけがえのない写真かもしれませが、ある意味で他人にとってはどうでもいい写真です。生々しい他人の生活や家族間での出来事なんて、別に知りたくも読みたくもありません。他人に公開する意味がよくわかりません。
 自分の身の回りに起きる事柄を“題材にする”のは、一向に構わないと思います。でも、できればそれをきちんと「アレンジ」して公開して欲しいと思うのです。Webサイトというメディアで自分のプライバシーを他人に公開するのなら、「公開するに足る作品」に昇華して欲しいと思うわけです。
 私自身は、今年の2月からもう8ヵ月もこうして「日記」というタイトルのコンテンツを書いていますが、自分のプライバシーを公開したことは一度もありません。要するに、この日記に書かれていること全部が、ある意味で全てが「作り話」です。むろん、実際にあったことを題材にはしていますが、「生放送」はしていません。公開するための編集作業を加えているわけです。本当は考えてもいないことでも、「自分の考え」として書いたりしています。

 むろん、手を抜いた編集作業だということは十分に承知しています。誤字・脱字だらけの文章で、「作品としてのレベルが低い」ということは自分が一番よくわかっています。第一、この「デジカメ日記」というコンテンツを作成するのに「15分以上の時間をかけない」というルールを自分で設けているのです。そして、レベルが低い作品を継続的に続けることを、ある種の遊びとして自分自身が楽しんでいるのです。

 またしても、妙な内容の文を書いてしまいました。今日は疲れているのです。間違ってこの文を読まれた方は、すぐに忘れてください…って、誰もこんな駄文を読んじゃいないよなぁ…。
 
 さて、今日の画像はfeel H"(エッジ)端末の外付けカメラ「Toreva」で撮影した「カメ」です。
 カメと言っても本物ではありません。チョコエッグのオマケのフィギュアで、「ナントカ・ハコガメ」です。
 自分ではチョコエッグは買いませんが、オフィスにはいくつか転がっています。、まあ、よく出来ているとは思います。自分で買い始めたら、止まらなくなる危険性は感じます。 
10/25

 短編小説   CCDの来た道

      デジカメと言えばCCDです…

    
10/24

 短編小説   火星の記憶

      タコ焼きが大好きな方に…

    
10/23  デジカメ版「写るんです」…「撮ってもEG(イージー)」 を購入してみました。  オフィスの近くにあるヤマザキ・デイリーストアの前でキャンペーンをやっていたのです。かわいいお姉さんに勧められたので、使ってみることにしました。まだ、このヤマザキ・デイリーストアの一部店舗と三省堂書店での試験販売の段階だそうです。
 24枚のプリント料金を入れて1,980円。銀塩タイプの「写るんです」の24枚撮りを購入して安いDPE屋でプリントするよりは、ちょっと高いですね。
 スペック的には全く期待していません。まあ、CMOS30万画素ということで、WS30程度の画像でしょう。プリント目的なら「写るんです」の方が、ぜったいにキレイだと予想します。
 サイズはかなり大きいです。そうですね、IXY300と同じぐらいでしょうか。ただ、大きさの割に妙に重量が軽いので、構えるとなんとなく不安になります。手ぶれのことを考えると、本体の大きさはこれくらいあった方が構えやすいのかもしれません。

 撮影にあたって、設定したり操作したりする部分はなにもなし。電源スイッチを入れて、被写体にカメラを向けてシャッターを押すだけです。シャッターボタンの感触はよくありません。押したのだかどうか、よくわからない。最初は同じショットを2枚撮ってしまいました。スライド式の電源スイッチも固く、感触は悪いですね。背面の液晶表示部(撮影画像モニタではありません)で、残り撮影枚数が減ったことを確認できます。シャッターを切ると、すぐに電源がOFFになります。

 ストロボはオートだけですが、かなり明るい室内でもストロボは光ります。ファインダーは中央部にあるレンズのすぐ上です。視野率(?)は低く、使いにくいファイダーです。
 外観を見ると、インタフェースらしきものはどこにもありません。どこから接続するのかわからいのですが、真ん中の黒い布テープを剥がすのでしょうね。分解してみたくてたまらないのですが、これって要するに「レンタル」してるわけだから、壊しちゃマズイですよね。
 でも、水の中に落としたりした時はどうなるんだろう? ともかく現時点では、わからないことだらけです。明日にも24枚全部撮りきって、購入した店でプリントしてみます。

 プリントした結果は、あらためて報告させて頂きます。気が向いたらイメージスキャナで取り込んで、サイト上でお見せすることができると思います。

 ※画像はCheezSPYZで撮ったので、よくわからないかもしれません。あしからず…
10/22

 日記特別編   ロック遺産 ニューヨーク 「CBGB」