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2011年11月03日

●スティーブ・ジョブズとは何者だったのか? (3)

iPhoneのオリジナリティとiOSの将来性

 ところで、先に挙げた2011年7月のOS別シェアには、実は続きがあります。Windows。MacOSに次ぐのは以下のOSです。iOS 3.00%、Java ME 1.11%、Linux 0.91%、Android 0.81%という順です。iOSの伸長が目立ちます。
 近年のAppleの快進撃は、ジョブスがApple社に戻って以降のiOS搭載機器、すなわちiPod、iPhone、iPadの爆発的な売れ行きによるものです。そのiOS搭載機器はここ数年爆発的にシェアを伸ばしてきました。しかし、これはおそらく過渡期的な姿でしょう。今後も過去数年のようにiOS搭載機器が市場で伸びていくという保証はまったくありません。
 いずれにしても、2001年のiPod classic発売以降、とりわけ2007年のiPhone発売以降のビジネス展開については、「おみごと」と言うしかありません。しかし、iPhone発売から5年が経ち、iOSのビジネスモデルが持つ優位性は失われつつあります。

 まずはiPhoneの先駆となったiPodです。DAP(デジタルオーディオプレヤー)としてのiPodは、もともと目新しいガジェットではありません。市場で先行したのは言うまでもなくSONYのWALKMANであり、韓国メーカーの多彩な製品群でした。iTuneとの組み合わせによるビジネスモデルが当たりましたが、現在は1年ほど前からは好調な売り上げが復活したWalkmanと熾烈なシェア争いを繰り広げています。今後もiPodがDAPのデファクトスタンダードである保障はどこにもありません。

 現在、ジョブズの最大の功績として語られるiPhoneも同じです。今後は徐々に、市場における優位なポジションを失っていくでしょう。
 独自の操作性とアプリストアとの連携でNokiaやBlackBerryからスマートフォン市場でのシェアを奪ったiPhoneですが、1人勝ち状態の全盛期は終焉を迎えようとしています。既に現在はAndroidの方がシェアは大きく、しかも伸び率も高い状況です。米市場では2011年8月の全スマートフォン保有者のうち、Android搭載機の利用者が43%で、iPhoneは28%と2倍近い差がついています。AndoroidというOSの集合体で販売台数を比較するのではなく単一メーカー同士で比較しても、2011年の第三四半期にAppleはとうとうSAMUSUNGに販売台数で抜かれました。今後どこまでiPhoneが現在のシェアを維持できるかわからないし、Androidがさらにシェアを拡大してiPhoneのシェアは小さくなるというのが大方の予想です。

 ところで、スマートフォンの市場を先駆的に切り拓いてきた功績は、やはりNokiaやRIM(Blackberry)に帰するべきものです。そして、手のひらに乗る情報端末の小さな画面上にアイコンを並べるタッチパネル方式のUIは、PDA「Palm」あたりがずっと先駆です。私は初代iPhoneが登場する6年も前の2001年に「Palm m505」を使っていましたが、電話回線によるネット接続を除けば基本的にはUIも機能もiPhoneと同じでした。Palm以外にも似たようなUIを持つPDAはたくさんありました。携帯電話回線を装備したスマホでiPhoneとよく似たUIと言えば、タッチパネルを採用したMotorola製のFOMA「M1000」や「HTc Z」なども記憶に新しいところです。記憶に間違いがなければ、いずれの機種のiPhoneより古い時期に発売されています。
 これら先行製品に較べてiPhoneが格段に洗練された機能を備えていることは確かですが、CPU、メモリ、液晶、タッチパネル、CMOSカメラなど、PDAやスマートフォンを構成するキーデバイスの技術・性能や実装技術などが格段に進歩している状況で製品化された後発機器ですから、高機能を実現できて当たり前です。携帯電話機能部分の基本デバイスである、ベースバンドチップやアプリケーションチップなども1チップ化が進み、ここ数年格段に高機能化しています。
 そして、携帯電話回線上にパケット網を築いてアプリを提供するビジネスモデルなら、1999年にスタートしたiモードの方がかなり先行しています。

 タッチパネルを採用した先駆的なPDAといえば、1993年に発売されたAppleの「Newton」があります。手書き文字認識を採用するなどNewtonプロジェクトの先進性はあらためて言うまでもないことですが、このプロジェクトはジョブス追放後のスカリー社長時代に企画され、発売された端末です。Newtonは売れず、事業としては完全に失敗しましたが、PDAの将来性に注目した結果生まれたNewtonプロジェクトについては、これを強引に推し進めたスカリーの先見性が高く評価されるべきです。そしてNewtonプロジェクトは、後のiPod、iPhoneの母体となったものでもあります。後に、Appleがニュートンの発売を中止した後にNewtonプロジェクトを引き継いだニュートン社を、Appleに復帰したジョブスが吸収しました。さらに、iPodのOSを作成したPixo社にこのニュートンの開発メンバーがいたことは有名な話です。Newtonプロジェクトとも多少関連がありますが、1996年に発売されたPalm Pilotを見ていると、いまさらですがPalm OSの先進性とiOSとの類似性がよくわかります。

 さて、こうした事実をもって「iPhoneに独自技術がない」とか「iPhoneはパクリ」とか非難したいのではありません。そんなことは、実はどうでもいい話です。「ジョブズは何も発明しなかった」という言い方で、ジョブズの資質を貶める人がいますが、それもまた間違っています。

 iPhoneに限らず、この手の情報機器はすべてが多かれ少なかれ過去の技術資産とアイデアの蓄積の上に、「新製品」が生み出されてきました。トータルに技術が発展し、構成部品が高機能化する後発製品の方が先行製品よりも高機能、多機能なのは当然であり、また必然的に小型化が可能になるためデザインの自由度も高くなります。後発機器の方が高機能でデザイン性に優れているからと言って、別に特別なことではありません。そういう視点で見たとき、iPhoneが特に画期的な製品だとは思えないのです。
 余談ですが、同じことはノートPCでも言えます。Macファンは薄型・軽量のMacBook Airを絶賛しますが、例えば三菱電機が1997年に発売した超薄型・軽量のノートパソコン「Pedion」は、当時の技術水準では世界最高の製品でした。私は欲しかったけれど、高いのでパスしました。マグネシウム・ダイキャスト筐体を採用し、約15年前に当時のA4サイズノートパソコンで世界で最薄の18mm、最軽量の1.45kgを実現したPedionの製品コンセプト自体は、MacBook Airと全く同じであったと思います。あれから10年以上も経って構成部品の大幅な機能向上が実現したからこそMacBook Airという製品が実現したのです。

 ところで、誰がどう見てもAndoroidはiPhoneをかなりの部分で真似たことは確かです。しかし、それをもってジョブズが「AndoroidはiPhoneのアイデアを盗んだ」と激怒するのは、PDAやスマートフォンの製品化の歴史から見て非常に傲慢な態度であり、お門違いです。iPhoneも同じく、誰がどう見ても確実にPalmデバイスを真似ていますし、NokiaやRIMからもよいところをたくさん真似ています。iTuneのビジネスモデルも先行した数多くのビジネスを参考にしています。今回iPhone4SでスタートしたiCloudに至っては、Googleが始めたビジネスモデルをそっくり真似したものでしょう。でも私は、製品進化のため、ユーザの利益のためには、それはそれでよいと考えています。真似る、参考にする…ことの許容限度を決めるルールとして、不完全なルールながらも「特許」が一応存在することにも意味があります。

 iPadもまた、iPodやiPhoneと同じく製品形態や機能アイデア自体は特に目新しいものではありません。タッチパネルを採用した同形状のWindowsのストレートPCなら1990年代から存在しましたし、2000年代入ってからはNECや富士通なども、主に業務用途を想定して普通にWindows機ラインアップとして普通に販売していました。当時はまだ、CPUやメモリの基本性能が低く、タッチパネルのポイント検出技術も未熟、加えて高解像度液晶は高価で、高性能化すればバカ高い価格にならざるを得ませんでした。さらに、高速のネット接続はコストが高く、3GでのMbpsレベルのネット接続はまだ実現していませんでした。だからこそ、業務用途以外では売れなかったのです。iPadは、CPUやメモリなど基本部品や構成デバイスの高機能化、低価格化が進んだ時期とうまく重なって商品化されました。そして何よりも、3GやWi-Fiによる高速ネット接続が低コストで実現する時期に商品化されたことで、コンテンツ配信が可能になり、タブレットPCにビジネス用途以外の使い途ができたのです。
 iPadもiPhoneと同じくアプリマーケットとの相乗効果で販売台数を伸ばしてきました。しかし今後は、iPadもiPhoneと同じく続々と登場しつつある高性能・低価格のAndroidタブレットとの競争の中で、iPhoneと同じく当面は徐々にシェアを下げていくでしょう。
 タブレット市場は2011年の上半期まではiPadの一人勝ちとなっていますが、下半期に入ってAndroidタブレットの販売が急伸しています。2011年第3四半期のタブレット市場シェアはApple iOSが1,110万台の出荷でシェア66.6%と依然として圧倒的にダントツ。Androidは450万台の出荷台数でシェア26.9%に留まっています。しかしAndroidタブレットは、前年同期の2.3%から十倍以上にシェア伸ばしています。2012年以降は、既にネットブックを利用しているライトユーザーの多くがタブレットへの買い替えを進めると見られています。タブレット市場は今後数年の内に大きく変化し、市場は何倍もの規模へと拡大していくでしょう。その今後拡大する市場の中で、iPadの優位性は徐々に薄れ、低価格のAndroidタブレットが大きなシェアを獲得していくはずです。
 そういえば先日Amazonが発表したAndroidタブレット「Kindle Fire」は199ドルという価格で、Android標準機能の他に、Amazonが持つ豊富なコンテンツが簡単に利用できることから、アメリカ国内に限定すれば単一機種でiPadを上回る販売数を予想する関係者も多いようです。レノボも2万円を切るAndroidタブレットを発売しました。iPadビジネスは、iPhoneビジネスと同様に、現在確実に曲がり角に来ています。
 アプリマーケットを含むビジネスモデルとしてのiOS機器は、確かにここ数年間、著しい成功を収めましたが、これが今後も持続するかどうかは全くわかりません。今後ともiPhoneやiPadがデザイン、操作性、ビジネスモデル等で市場に大きな影響力を与えていくことは確実ですが、シェアは落としていくでしょう。そして、それはかつてAppleのパソコンが辿った道と重なります。

 さらに、今後AndoroidがiOSに比して確実に市場シェアを高めていくと予想される理由があります。先日、こんな製品発表がありました。「カシオ計算機は20日、OSとしてAndroid2.2を採用し、アプリによって顧客/売上/予約管理などの機能を拡張できる店舗支援端末『VX-100』を発表した。同社製アプリのほか、対応アプリを開発できるソフトウェア開発キットも用意する…」(マイコミジャーナル 2011/10/20)
 こうした業務用機器へのOS搭載は、現時点ではiOSではあり得ない方向性です。iPadに専用アプリを入れて業務に活用する…といった使い方はすでに始まっていますが、あくまでiPadというAppleが用意したプラットフォームを使うことが前提です。iOSを搭載した業務用機器…は現在のAppleのビジネスモデルでは絶対にあり得ません。一方で、Andoroidは広範囲に搭載製品市場が拡大する可能性を秘めています。

ジョブズの「理念」について思うこと

 ジョブスは「世の中を変える、人々の生活スタイルを変える」という理念を持って製品作りをしてきた…のだそうです。しかし、MacやiPhone、iPadのビジネスモデルを見ていると、人々の生活スタイルを本気で変えようとしたとは、到底思えません。
 世の中を変えるためには、「誰もが、安く、製品やサービスを甘受できる」ようにしなければなりません。そのためには「競争原理が働くこと」が絶対に必要です。しかし、ジョブスがiPhone、iPadのビジネスモデルで目指していたのは、「競争原理を排除すること」でした。Apple社は、特許、しかも製品機能の本質とは無関係の特許までを振りかざして競争相手を威嚇・排除し、自社が唯一のサプライヤーとなることで、利益を確保しようとしています。

 現在のiOS機器とAndoroid搭載機器の関係は、1980年代のMacintoshとIBM-PCの関係と、非常によく似ています。
 「スマートフォンが世界を変える」「タブレットPCが世界を変える」ためには、発展途上の貧しい国の人々も含めて世界中の誰もが製品を購入でき、サービスを受けられる方向で普及する必要があります。例えそれが先のことであっても、少なくともそうした方向性を持ち続けるべきです。イメージや本質的機能とはあまり関係のない付加価値で高値で販売して利益を確保するiPhone、iPadのビジネスモデルでは、それができるとは思いません。おそらくその役割を担うのは、現時点ですら100ドル以下のスマホ、100ドル以下のタブレットを量産することが可能なAndroidのビジネスモデルです。
 iPhone、iPadをビジネスの中核に据えるAppleがいちばん恐れているのは、機能面で差がない製品を量産し始めたAndroid陣営と「価格競争」を強いられることです。だから、iPhoneとiPadは「価格以外の付加価値」を強力にアピールする以外にありません。iPhoneとiPadは、「値下げできない」製品です。例え量産によって値下げが可能になったとしても、値下げしてしまえばAndroid機との差別化をアピールできなくなるからです。Apple製品は「Cool」であるために、高い価格を維持せざるを得ません。

 「iPadがコンピュータを誰でも簡単に使えるものにした」と言っている人は、自分の所得、または、先進国の経済水準を基準に考えているような気がします。「誰でも」の中に、「本当に貧しい世界の人々」のことは入っていません。おそらくジョブズもそういう考えを持つ人だったのでしょう。だからこそ、製品からサービスまでを自社で完結し、あらゆる形で莫大な利益を吸い上げる「iOSビジネス」の仕組みを推進したのです。
 私はコンピュータが好きです。コンピュータには未来を変える力があると思っています。だからこそ、アフリカやインドの貧しい子供たちにも、等しくコンピュータが普及して欲しいと願っています。

 冒頭で紹介したBlogに「…Macintosh互換機は当時こそ選択肢が増えてありがたいという気持ちが強かったのですが、これはあるまじき姿であったと言わざるを得ません。Appleの哲学と美学はまさにハードとソフトの融合から生まれていた」…と書かれています。確かにMacは互換機戦略を失敗したし、近年のiOSの快進撃はクローズドな環境にこだわったから実現しました。しかし、これは「哲学」や「美学」などといったきれいごとからそうなったのではではないでしょう。きっちりと「利益」を確保するための、必然的な結論であったのだと思います。それはかつて、PC互換機のように、絶対的な出荷台数を確保できなかったMacintoshがとらざるを得なかったプロセスで、Apple社が身をもって学んだ販売方法であったはずです。iOS搭載機器は、かつてのMacintoshとは異なり、高価であるにも関わらず絶対的な出荷台数とシェアを獲得しました。その結果が、近年のApple社のすざまじい利益と時価総額の高騰を生んでいます。

 ubuntuを始めとするフリーLinuxの愛用者でもある私は、以前から「GNU」の理念が拡大することに大きな期待を掛けています。オープンソース=無償とは限りませんが、やはり低コストでOSやアプリを供給できるし、それ以上に多くの開発者とユーザが力をあわせて「よりよいもの」を作っていく姿勢とプロセスは貴重です。OSもアプリも使い方を限定すれば、極限の高機能を追う必要はありません。むしろ安価でそこそこの機能を持つ端末を広範囲に普及させる…方が、社会変革に役立つ場面が多いはずです。
 余談ですが、OS Ⅹ以降のMacOS、そしてiOSのベースに使われたオープンソースOS「Darwin」は、ずっと遡れば部分的にはFree BSDがベースとなっています。DarwinもFree BSDもフリーソフトウェアとしてソースコードと共に無償で公開されており、全世界のボランティアのプログラマの手によって開発が進められているものです。意地の悪い言い方をすれば、Apple社は、開発理念から言えば金儲けからもっとも遠いところにあったはずのオープンソースOSを金儲けに利用した…という見方だって出来なくはありません(カーネルのかなりの部分にLinuxを利用しているAndroidも似たようなものですが…)。こうした経緯を見ていると、リーナス・トーバルズが、いかに高い理念と理想をもっていたかが想起されます。そう、ジョブズと較べても…

 ところで、近年の、ジョブズ成功の要因は何でしょうか? パソコン分野で失敗したはずのAppleが、ジョブス復帰後に、こうまで大きな利益を上げることができたのは何故でしょうか? そこにこそ、ジョブズの真髄、経営者のとしてのジョブスの才能、そして本当のジョブズの理念があるように思います。
 一言で言えば、ジョブズ復帰後のApple社の方針、すなわちジョブスの方針は「信者を増やす」ことにあったのだと思います。「信者」という言葉にひっかかるものがあるのなら、「盲目的なAppleファンを増やす」と言い換えてもよいかもしれません。そのためにジョブズは、「カリスマ」を演じました。「演じる」という言い方は間違いかもしれません。エキセントリックで自我が肥大し、他人の目を意識しないジョブズには、もともと「カリスマ」になる素質があったし、Apple社はそうしたジョブズの存在の「広告塔」としての価値をよく心得ていたはずです。
 Apple社は、同社の全てのプロダクツ、とりわけMac、そしてiPod、iPhone、iPadについて、デザイン、機能、サービスをひっくるめて「Cool」と、無条件で受け入れて賛美するユーザ、「コアユーザ」を作り出すためのイメージ戦略に全力を挙げました。そしてそれは、間違いなく成功しました。
 特にこのイメージ戦略に見事に乗ったのは、iPodやiPhoneからApple社のプロダクツを使い始めた層です。
 例えば68000系Macの時代からのユーザであれば、Macを礼賛するにしても、たいていは私のようにMac以外のパソコンを使った経験を持っているはずです。だから、他社のパソコンと比較する術を持っています。iPhoneについても同じで、iPhone登場以前からPDAやスマートフォンを使っているユーザであれば、冷静にiPhoneの機能について判断できます。しかし、iPodとiPhoneのヒット以降、DAPはiPod、スマホはiPhone、タブレットデバイスはiPad、PCはMacbook Air…しか使ったことがないというユーザが増えました。こうしたコアユーザは、確実にApple社のプロダクツを買い支え続け、同社が提供するサービスにお金を遣い続けます。こうしたユーザ層を確実に増やし続けたことこそが、ここ数年のApple社の莫大な利益を生み出しました。いや、見事なものです。

 アップルは、マスコミも味方につけました。「アップル番記者の罪と罰」…という記事を読めば、アップルのイメージ戦略の片棒を担いだマスコミの実態がよくわかります。

 ジョブズが亡くなった日、TVのニュース番組を見ていたら、まだ大学生ぐらいの若い男性が、ジョブズの死を悲しんで本当にTVカメラの前で涙を流して泣いていました。その男性は「iPhoneとiPadで人生が変わった、ジョブズが自分の人生を変えてくれた、憧れの人だった…」と話しながら泣いていました。私は非常に違和感を持ったのですが、そんな不思議なユーザを産み出したことこそが、ジョブズの才能であったのだと思います。

 私は別にAppleのプロダクツが嫌いというわけではありません。iPhoneもiPodも使っていますし、仕事場にはMacもあります。しかし機能が同じであれば、どちらが面白いかと言えば、いろいろといじって楽しめないiPhoneよりも、USBやHDMI等の汎用I/Fを備え、簡単にrootを取って自由にカスタマイズできるAndroid機の方が絶対に楽しいというタイプです。「整然」としたiPhoneの世界よりも、「混沌」としたAndroidの世界が好きです。これは、「与えられる」よりも「自分の手で何かをやる」方が楽しい…という感覚に通じるものがあります。iPhoneの世界は、Appleに全てを与えられる世界…という感覚があります。

 ところで、私の会社では現在、受託でも自社でもiPhone用アプリの開発・販売を行っています。自社でアプリを販売しているとよくわかるのですが、同じアプリをiPhone向けとAndroid向けに販売すると、確実にiPhone向けが売れます。Androidの方が普及台数が増えつつあるにもかかわらず、iPhone向けアプリの方が市場が大きいのが実感できます。しかも、かなり差があります。要するに、iPhoneユーザの方が「確実にアプリ、コンテンツにお金を遣う」のです。
 さらにiPhone向けアプリの方が、「何が売れるか」「どうすれば売れるか」を、コンセプトしやすい。Androidのユーザ層は、あまりに雑然としていて、嗜好や消費傾向が掴みにくいのと較べ、iPhoneユーザの嗜好や消費傾向は、とてもわかりやすい。経験値として実感しています。

 私は、2004/8/30の日記で、次のようなことを書きました。この文を自分の日記に引用するのは2回目です。でも、あえてここで繰り返します。



 …Macユーザの第一の特徴が「インテリで所得が高め」だってのはよく知られているところ。アメリカのマーケット調査会社によって「Macユーザは Windowsユーザと比べて高所得で高学歴」という調査結果がしっかりと提示されています。でMacユーザは、この「インテリで高所得」に加えて「心情的反体制または自称オルタナティブ」であり、さらに「『文化』という言葉に弱い」という特徴を持つことは確実です。「Windowsのような体制派とは違う」という点にアイデンティティを見い出し、さらに「新しい文化の担い手」なんて言葉を聞くと、もう無条件で喜ぶタイプ。これって、マーケティングを考える立場からすると、「もっとも乗せやすい」ユーザ層ということになります。単純なミーハー層は流行に対する好みがどう転ぶかわからないし、ガチガチの保守派は逆に複雑なマーケティング手法を応用する余地が少ない。自らを革新的と考え、自分は流行に左右されないと自認している層こそが、実はもっとも「マーケティング手法を使って恣意的に流行を与えやすい」層であると言えます…

 まあ最近では、iPod、iPhoneがあまりに普及したので、さすがにiOS関連プロダクツのユーザ層には多様性が出はじめています。わけもわからず単にかっこいいからといってiPadを購入し、何に使っていいのかわからない…なんてユーザもいるようです。しかし確信犯的なiOSプロダクツユーザ層の基本的な消費傾向は、未だに大きく変わってはいません。
 ジョブズ復帰以降のApple社は、意識してこうした確信犯ユーザ層を作り出し、なおかつ自ら作り出したユーザ層に対して、効果的にたマーケティングを行うことで、莫大な利益を得てきたわけです。こんなやり方を成功させるなど、驚嘆すべきことです。ジョブズが、天才的な経営者であったと感心する所以です。


この項、終わり…

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