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2010年08月02日

●電子書籍に期待すること

 「熱を帯びる電子書籍の配信プラットフォーム競争―日本独自の規格は正しい選択か?」…、この記事を読むと、日本の電子書籍業界も、その動向を記事にするマスコミ関係者も、相変わらず「iPADの呪縛」から逃れていない…ということを強く感じます。
 「日本独自の規格よりも、国際標準ないしはそれに近い規格を採用し、その上に日本側の配信プラットフォームを構築するのが、本来進むべき道だろう。」…という記事の結論自体に異議はありません。そして、それがHTML5なのかAZWなのかePubなのかは、ユーザにとってどうでもよい問題です。第一、複数の電子書籍フォーマットを表示できる端末…さえあれば、当面は規格を統一する必要すらありません。
 ただ、今ひとつ納得できないのは、この記事が日本でも採用すべき規格として推すHTML5にしても、シャープのXMDFという独自規格にしてもマルチメディアに対応している点ばかりが強調され、またマルチメディア化しなければ電子書籍ではない…と言わんばかりの論調です。しかし私は、電子書籍だからといって、なぜ「マルチメディア対応」の話ばかりが声高に議論されるのか…、そこが理解できません。
 電子書籍の市場を考える時、本来ならば、まずは「書籍」…要するに「主にテキストだけで表現されるコンテンツ」を、どのように流通させるか…を考えるべきでしょう。確かに、グラフィックを多用する雑誌や、ガイドブックや動植物図鑑、各種教科書、事典・辞書など実用書の一部等はマルチメディア化することで情報量が大幅に増え、インタラクティブ化することで読者の理解を助けることgくぁでき、加えて検索機能が高度化し、さらに他メディアとの連携ができるなど確実に利便性も高まるでしょう。また、マンガ本などは電子書籍向きでしょうし、現代文学や現代詩の一部がマルチメディア化によって新しい表現方法を生み出す可能性もあるでしょう。
 しかし、現実に「書籍」市場のなかでもっとも大きな部分を占めるのは、小説、詩、評論、ノンフィクションなど、「テキスト」です。いわゆる「活字コンテンツ」です。これは絶対になくならないし、今後とも書籍の主流を占め続けることは間違いありません。
 だからこそ、電子書籍を今後どのように普及させるか…を考えるのならば、まずは、「テキストが読めるフォーマット」が統一されればよく、そして「テキストが読みやすい端末」をこそ、第一に考えるべきです。そして、こういった意味ではAmazonがKindleを使って成功したビジネスモデルは、端末もフォーマットも非常に優れたものであったと思うのです。
 電子出版に期待する世の中の多くの読書家は、iPADのようなカラー端末でマルチメディア化された雑誌コンテンツを読みたいわけではありません。「本が読みたい」のです。「本が好きで本が読みたい人」にきちんと応える電子出版の仕組みを作ること、そして長時間読書可能な反射型ディスプレイを使った「読みやすい端末」を普及させること…、それをこそ、まずは実現させるべきです。

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