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2010年04月27日

●電子書籍、電子出版について思うこと

 これまでに何度も書いてきましたが、私は本が好きです。「本好き」を通り越して、「本」に埋もれてきた人生…と言ってもよいかもしれません。最近になって書籍購入に遣うお金は少なくなりつつありますが、それでも仕事の関係で会社に経費を請求する分も含めれば、毎月平均5~10万円、年間で100万円前後の書籍・雑誌を購入しています。基本的にはジャンルを問わない乱読ですが、特に好きなミステリーは文庫本の新刊を中心に、確実に週に3~5冊程度は読みますし、その他のジャンルの文庫や新書、ハードカバーを含めて、過去20年間以上、1日1冊以上のペースで本を読んできました。
 そして、一般的な本好きの例に漏れず、私は「装丁」や「文字組み」、「紙の匂い」といった「物理的な要素」を含めて「本が好き」です。初版本を集めるといったマニアックな趣味はないものの、基本的には印刷物としての書籍を愛しています。
 さらに私は、ライターとして書籍や雑誌のコンテンツを書く側でも仕事をしてきました。何冊かの著書もあります。さらに、編集の仕事にも携わった経験があります。読者として本が好きなだけでなく、本を作るプロセス、本を売るプロセスも含めて、現行の日本の「出版文化」「出版業界」「出版産業」を守りたいと強く思う人間です。

 くどいほどに言いますが、ともかく私は印刷物としての本や雑誌が好きだし、出版文化の隆盛を強く願う人間です。だからこそ、kindleやiPADの話題で盛り上がる昨今の電子書籍論議を聞くにつけ、非常に複雑な想いを抱いてきました。
 確かに私は、外に出ている時や打ち合わせなどで誰かと会っている時を除けば、オフィスの中ではほぼ1日中パソコンの前に座っています。仕事のために必要な日常的に得る情報の大半をパソコンから得ています。さらに私は昔からPDAを使ってきました。ともかく私は、PCの画面はむろん、PDAやMID、そしてスマートフォン等の画面で活字を読むことに抵抗は全くありません。にもかかわらず「本を読む」、特に「小説を読む」とか「優れたドキュメンタリー作品を読む」となると、これはもう「印刷された書籍で読む」のでなければ嫌だ、気分が乗らない…と長い間思い続けてきました。だから、どこか本質的な部分で、「電子書籍」には興味を惹かれなかったわけです。

 さてそんな私でも、近頃は電子書籍の流通と普及に、大きな期待をするようになりました。先日、たまたまKindle2の実物に触れる機会があり、300g弱の重量の端末の中に1500冊の書籍(ただし英文)が入り、1回の充電で2週間バッテリーが持つことを知って、その利便性に非常に大きな魅力を感じます。Kindle2の290gという重さは、ちょっと厚めの文庫本1冊の重量です。私は普段カバンの中に、必ず文庫本を数冊は放り込んでいます。たった300gの端末1台に、1.4GBのストレージなら日本語書籍でも数百冊は入るでしょうから、これを一度に持ち運べるのは大変魅力的です。海外出張などに持って行ければ、こんな便利なことはありません。最新の雑誌などもダウンロードして読めれば、空港などでも退屈せずに済むというものです。
 もう1点、私が電子書籍に惹かれつつあるのは、そのkindle2に使われている電子ペーパー、E Ink社のディスプレイを実際に見たからでもあります。表示速度に多少の難はあるものの、適度なコントラストで目に優しく、とても読みやすい、まさに「紙のような」ディスプレイでした。確かに、速い速度でパラパラとページをめくりながら読む「速読」には向きませんが、普通の速度で読んでいく分には、問題の無い性能です。これなら、長時間書籍のように読んでも疲れない…と直感的に思いました。
 私が最初に商用レベルの電気泳動ディスプレイ(In-plane Electrophoretic Display)に接したのは1980年代末頃ですが、当時マトリクス方式で大きな文字表示のPOP用途、数字中心の情報表示パネル等に使われようとしていたEPIDを思い出すと、現在のE Ink社のEPDは見違えるほど素晴らしいものです。今後、反応速度がより速くなって速読にも耐えるようになり、解像度がもう1段上がれば、私は電子書籍だけで満足して読書生活を送ることができるでしょう。

 電子書籍、電子出版の普及に様々な問題があるのは十分に承知しています。現行の出版物の複雑な権利関係をクリアするのは難しいでしょうし、著作権関係の法令の再整備も必要になりそうです。また、電子書籍端末の普及と電子書籍の流通が、既存の出版社、書店、そして新聞社の存続に致命的な影響を与えることは確実です。大手出版社によって日本電子書籍出版社協会が発足するなど、既存業界にも対応する動きが出ていますが、私の周囲を見る限り、全般的には「どうしてよいのかわからない」という業界関係者が多いのも事実です。
 ともかく、電子書籍だからといって無理に価格を安くする必要はありません。編集や版組みなども、まずは何か特別なことをやる必要はありません。当面は「印刷物」と同じ価格で、まったく同時に新刊を刊行する仕組みを早急に作って欲しいものです。書籍を購入するにあたって、電子書籍と紙の書籍のどちらを選択するか、読者の自由意志に任せる体制を作るだけでよいのです。出来る限り既存の出版の仕組みと文化を温存する形で、合理的な電子出版をスタートすることは、十分に可能なように思えるのですが…

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