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August 18, 2005

蒼ざめた馬

 今回の解散・総選挙、そして郵政反対派の未公認と対立候補擁立に至る小泉首相の行動について、ある議員がTVカメラの前で「政治テロ」なんてバカなコメントをしていました。
 それにしても「テロ」という言葉を、こうも安易で薄汚いイメージに貶めたのは、ブッシュでしょうか、アルカイーダでしょうか、それとも安易に連発するマスコミでしょうか…

 私は「テロ」「テロル」という言葉を、漠然とながら、ある種の「美しい響き」を持つ言葉として認識していた部分があります。
 例えばロープシンの「蒼ざめた馬」。エスエル(社会革命党)の指導者であったサヴィンコフによって書かれました。この本は高校時代に現代思潮社版で読んだと記憶していますが、現在手許にあるのは晶文社から工藤正広の訳で出ていたもの。この本の帯には、「国家権力に鋭く対決する真実の瞬間を求めつづけたテロルの純粋な魂は歴史の闇をよぎってどこへ消えたか」とあります。ロシア革命前のナロードニキに始まる「赤色テロ」は、結局ロシア革命の闇の彼方に埋もれてしまいました。しかし「蒼ざめた馬」には、闇に消えた多くのテロリストの心の内奥、極限の行動に伴う深い精神的な営為が描かれていました。テロル…という行動様式に、なんとなく惹かれるきっかけになった作品です。
 カミュの「正義の人々」も忘れられません。私は、9.11事件の本質について、そしてブッシュや小泉が事あるごとに連呼する「正義」という言葉の軽さについて、カミュの口から語ってもらいたかったと、真剣に思います。
 沢木耕太郎の「テロルの決算」も、非常に印象に残る物語でした。社会党委員長だった浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢の決意と行動に、そして刺された側の浅沼稲次郎が積み重ねてきた想いに、ある種の「美」というか、鮮烈な生き様を感じたものです。

 ともかく、今もって世界中で連呼され続ける「テロ」という言葉にはうんざりしています。簡単に一般市民を殺す奴らもクソですが、自分の意見や価値観にそぐわない行動を何でも「テロ」という言葉で片付ける奴らもクソです。

 それにしても、以前も書きましたが「エロテロリスト」を名乗るインリン・オブ・ジョイトイはエラい。彼女は、「テロ」という言葉の本質をよく知っています。最近は、リング上で「M字ビターン」なんてやってっますけど…

投稿者 yama : August 18, 2005 04:19 PM

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