ともかくこのCOOLPIX P5000というデジカメ、しっかりしたよい画像が撮れます。従来のNikon機の傾向を踏襲する、シャープで落ち着いた画像です。発色には無理がないし、低ISOならノイズ感もほとんどない。ISO400までなら、ノイズは増えても十分に見られる画像。マクロも悪くない。条件次第では、仕事で使っているデジ一眼のD70と較べてもあまり遜色ない画像が得られます。サンプル画像を見てもらえばわかる通り、「おとなし過ぎる」ぐらいの画像ですが、私は好きです。1/1.8型1000万画素なんて小さな画素のCCDですが、画像処理技術の進歩もあって、絵を創る技術がこなれてきたのでしょう。ホント、最近のコンパクトデジカメは画質がいい。
広角側の36mmという画角は当然不満ですが、最近GR-DIGITALの28mmばかり使っていたので、画角が広めの画像には多少食傷気味になってたし、もともと標準レンズに近い画角の写真が好きなこともあって、常用するのに別に問題はなし。
コンパクト機としては多少大きくて重いけど、グリップの良さと相まって、スナップに使いやすいデジカメで非常に気に入りました。私はスポット測光でスナップ用に常用してます。操作性も悪くありません。シャッターボタンやズームレバーの配置もいいし、コマンドダイヤルとモードダイヤルはどちらも使いやすい。
不満な点はスピード。要するに起動時間も合焦速度も、イマイチスピード感がない。遅い…というほどではないけれど、けっして軽快ではありません。バッテリーの持ちはまあまあ。ストロボをまったく使わない状況で使用して、300枚近く撮影できました。
さらにこのCOOLPIX P5000、実売価格35,000円程度という安さも魅力です。私は34,000円程度で購入しました。撮れる写真のレベルと機能から見て、かなり割安な感じ。あくまで価格相応の質感で高級感はないけれど、それなりに「カメラらしい」顔をしているので、特に安っぽくもありません。なんとなく、昔風に首から掛けてお散歩に出かけたくなるカメラです。高級コンパクトと言えば、キヤノンのG7が売れているようですし、ここへ来てリコーのGX100が何かと話題になってますが、G7は重過ぎるし、G100は値段高過ぎの上マニアック過ぎ、まあ、3万円ちょっとで買え、日常気軽に使え、かなり質の高い写真が撮れ、マニュアル撮影なんかも楽しめる…ってことでは、このP5000悪くないと思います。まあ、しばらく使ったら飽きて、もっと軽くて小さいカメラを持ち歩くことになるかもしれませんが…
実際に海外出張時にCOOLPIX P5000を持ち歩いて撮ったスナップ写真を、何カットか載せておきます。ほとんどがオート撮影ですが、一部は手ぶれ軽減モードで高感度撮影をしてます。





閑話休題…
COOLPIX P5000のグリップがあまりもよいので、もう1台の愛機COOLPIX 7600にP5000のような滑り止め加工をしてみました。といっても東急ハンズで購入した接着剤付き滑り止めシートを貼っただけですが…。結果は、非常に使い易いものとなりました。このチープなカメラ、小型で単三電池で駆動する上、かなり高画質なので旅行用カメラとして気に入っているのです。
携帯音楽プレヤーとしてのiPOD自体については、まあこんなものでしょう(このnano以外は知りませんが…)。さほどよい音でもないし、操作性がいいとも思わない。その割に、値段は高い。まあ、操作性については個人の嗜好の問題でしょうが…。附属のイヤホーンもプア。再生時にも目的の曲を探すのが面倒。いや、iTunes側でプレイリストやフォルダをきちんと作ればいいんだろうけど、面倒でやってられない。アルバムの数だけプレイリストを作る…ってのも馬鹿げてるし、プレイリストとフォルダを併用するのもすごく面倒。ともかく、全てをiTunesという専用ソフト側で操作するなんてバカげてます。せっかくPCの中に、ジャンル、アルバムと階層別のフォルダ構成で整理してあるんだから、それをそのまま転送して表示してくれるのがいちばん手っ取り早い。
そんなことよりも、「オープン」こそがトレンドのイマドキ、専用ソフトを使わないと使えない(ユーザが勝手に開発した転送・管理ユーティリティもありますが…)とか、専用ケーブルじゃないとPCと接続できないとか…、なぜそんな時代遅れの「iTunes+iPOD」コンセプトが広く許容されるのか不思議。その専用ソフトのインタフェースも特殊、加えてiPOD自体、特別に音がいいわけでもなく、OGGも扱えない、バッテリーも持ちがそれほどいいわけじゃない…、こんな音楽プレヤーにここまで人気が集中すること自体がよくわからない。同じ4GBのシリコンメモリ型モデルなら、最近愛用しているサムスン「YP-Z5FAS」の方が使いやすいし、音もいい。FMチューナーも内蔵していて、対応フォーマットが多い。バッテリーも長持ちする(確か39時間)。専用ケーブル使用って問題はiPODと同じだけど、一番肝心な音質も含めてそれ以外の機能では全てiPODを上回るように感じます。あくまで、デザインの好き嫌いは別にして…
まあ今さら言うまでもないことだけど、iPODの筐体のデザインや質感、販売方法も含めて、アップルはイメージ商売がうまい、ということでしょう。それにしても、互換性の低さと言い、わざわざ「無効」の設定をしないとやたらとiTunes Storeへ接続することも含めて、「囲い込み」の姿勢が実に不快です。
ああ、このiPOD、仕事が終わったら誰かにあげちゃうつもり。それとも、iPODのファイル管理や転送用に開発されたWindows用のユーティリティなんかもいくつかあるので、iTunesやめてそっちを使ってみようかとも思ってます。
とは言え、私の好みとは別に、iPODは今や「世界的なインフラ」。単なる携帯音楽プレヤーではなく、多機能携帯情報機器のデファクトスタンダードの1つとなりつつあります。iPODを直接接続することができるホームオーディオ機器やカーオーディオ機器も、次々に商品化されています。ボイジャー社の電子ブックソフトもiPOD表示をサポート、さらに今回の仕事のように、Podcastは音源配信のスタンダード。こうなると、私たちのようにマルチメディアコンテンツの企画・制作に携わる人間にとって、iPODは携帯電話と並んで絶対に無視できない端末であり、プラットフォームでもあります。そんなわけでiPODに慣れるため、悲しいことに、今日も電車の中でiPODで音楽を聴いている私です。
今回は、多少アップルの悪口を書きました。iPODファン、アップルファンにはごめんなさい…です。
でも、以前も書いたように私はかつてアップル、というよりもMacの「エバンジェリスト(伝道師)」だった。もう20年も前にMacintosh Plusを購入して虜になり、その後MacをプラットフォームとするDTPシステムの普及のために駆け回りました。当時は、毎年1月になると、サンフランシスコのMacWorldに出掛け、ソフトも大量に購入してきました。自分の会社も当時はMacのオフィシャルデベロッパーで、プリンタのドライバなんかを開発していました。1980年代は、日本国内ではビジネス用PCと言えば事実上NECのPC9800シリーズがデファクトスタンダードだった時代です。98と較べて、アップルの持つビジュアルシェル型インタフェース、Macを育んだシリコンバレーのカルチャーには、大きな魅力がありました。

また、たまたま観光のオフシーズンだったせいか、日本人は全く見かけず、欧米の観光客も少ない。周囲は、ほとんどが地元の旅客ばかり。ご存知の通りマレーシアはマレー人のムスリムと中国人が多く、あとはインド系やフィリピン系が少し…って感じなんですが、ターミナル内はそうした人口構成そのまま。文化やマナーが異なる人々の行動を観察しているのは退屈しない。いやぁ、空港の中ってのは楽しいものです。
話は変わって、旅行用バッグとファッションについて。旅慣れた人は旅行用バッグにもこだわる人が多いですね。海外旅行の場合、私の周囲の旅行好きの間で最も人気があるのは、ハードケースならリモワ(RIMOWA)かも。それも国際線機内持ち込み可能なサイズでポリカーボネイト製のサルサ。確かにリモワは軽くて頑丈です。ちょっとしたホテルに泊まる時など、それなりにサマにもなります。ソフトタイプなら、TUMIも人気があります。私も往路のバゲッジロストが面倒なので機内持ち込みが基本ですが、リモワのようなハードケースは使いません。また、見栄えは全く気にしないのでTUMIのようなブランド品じゃなくてもいい。そんな私が最近愛用しているバッグが、モンベルの「クアトロパック35」です。国際線はむろん、海外の国内線でも問題なく機内に持ち込めるサイズ。中型機の頭上の棚にも余裕で納まります。1週間以内の旅行なら収納量も十分。キャリーバッグながら、しっかりしたショルダーストラップもついているので楽に背負える。キャリーとしての利用も、そこそこしっかりしたホイールなのでスムーズ。この手のバッグにしては作りもしっかりしてるし、値段も安い。けっこうお勧めです。

そして旅行ファッション。私の場合は、ビジネス旅行でも、しわにならないポリエステル製のジャケットにドレスシャツ、折り目が消えにくいナイロン混の綿パンにネクタイしちゃいますから、スーツバッグもハードケースも不要です。靴も、ビジネスに使えるタイプのウォーキングシューズです。遊びの旅行なら、ワークパンツやカーゴパンツにルーズなシャツ、少し寒いところならコーデュロイのパンツにマウンテンパーカやキルト入りのパーカ、さらに薄いフリースなどをプラスする感じ。足許はスニーカー。いずれにしても、楽な格好が基本です。
で、今回の旅にもデジカメを持って行きましたが、コンパクトとしてはちょっと大き目のGR-Dです。ジャケットやマウンテンパーカを着られない暑い国で、大き目のコンデジの携行は、ちょっと困ります。私はプライベートな時間の街歩きには、絶対にバッグを持たない主義。基本的には、現金とクレジットカードを1枚だけしか持たず、すべてポケットに収納して歩きます。赤道直下でシャツ1枚にワークパンツだけの格好だと、デジカメはどうしてもパンツのポケットに入れざるを得ません。こうしたスタイルで使うには、GR-Dは大き過ぎます。以前よく使っていたSONYの「DSC-U30」の500万画素版が出ないかなぁ…と、真剣に期待する次第です。
これは、マレーシア航空国内便の機内食に出た「ナシ・レマ」。魚の佃煮(?)が美味しいですよ。

ところで、今回の海外も携帯電話を持って出掛けました。いまやもう携帯電話なしでは生活できない日々…、若者のように一日中ケータイのキーを打っているわけではありませんが、仕事上では携帯電話は必需品。携帯電話なしで仕事をこなす状況は考えられません。
そんな携帯電話の歴史…となると、意外と知られていません。ただ、日本における携帯電話が自動車電話から始まったことは比較的よく知られていますし、初期のショルダーホンを覚えている人も多いでしょう。
NTTの前身である日本電信電話公社によって自動車ホンサービスが始まったのは1979年ですが、その前に移動式の電話としては1953年に「港湾電話」というシステムがあり、これが事実上の日本における携帯電話の始まりと言えます。そして「携帯電話」という名称でのサービスは、1987年に開始されました。その後1988年に日本移動通信(IDO)が、1989年にはセルラーグルーブがサービスを開始し、日本での携帯電話事業が本格的にスタートしたわけです(コンビニエンス・ラジオ・ホンという簡易自動車電話もありました)。当初はアナログ方式で、電話機もレンタル方式、月額料金は2万円以上でした。はっきりした記憶ではありませんが、私が1990年頃(91~2年?)に契約したIDOのサービスは、新規加入料が7万円前後、月額料金が2万円弱だったと思います。端末はTACS方式で、バッテリー込みの重さが300g近くあり、バッテリーは待ち受けで6~7時間しか持たず、重いのに予備のバッテリーを3個ぐらい持ち歩いていた記憶があります。
世界で見ると、携帯電話サービスの歴史はさらに遡ります。1946年にアメリカのセントルイス市でサウスウエスタン・ベル電話会社によって始められた自動車電話サービスが、おそらくは世界初の商用携帯電話サービス…ということになります(他にもあるかもしれません)。
さて、「携帯電話」をどう定義するか…は難しいのですが、「一般電話網(商用通信網)と相互接続された、移動端末を利用する無線通信・無線電話システム」…というのが一般的な定義でしょう。商用サービスとしては前述したセントルイスの自動車電話サービスが最初…ということになりますが、商用ではないシステムとしてならば、アマチュア無線機を使った「フォーンパッチ(ホーンパッチ)」というシステムが、かなり古くから使われていました。
「フォーンパッチ」は、アマチュア無線をやっている人以外には耳慣れない言葉ですが、要するに「有線用の電話機から公衆回線を通じてアマチュア無線に接続する」…というもので、日本ではごく最近になって部分的に許可されたものです。しかし欧米でのフォーンパッチの歴史は古く、アメリカでは少なくとも1940年代には広く行なわれていたようです。アメリカでは海外に派遣される軍人が多く、本国の家族との通話にフォーンパッチが活用されていました。第二次大戦後の日本進駐軍がフォーンパッチを利用していたという記録があります。
その携帯電話ですが、今後の発展形態としては、現行の3G、3.5Gから4Gへ…というのが定説です。要するに「より通信速度を速く」…を基本とする考え方です。「CDMA2000 1x EV-DO」や「HDSPA」などの3.5Gサービスが既に始まっており、次いで3GPPによる「LTE」、クアルコムによる「CDMA1x EV-DO Revision C」が、現時点で最も4Gに近い技術となっています。さらに3Gの本流に参加できなかった企業グループ(Intel等)が中心にWiMAX(モバイルWiMAX:IEEE802.16e)も4Gに名乗りを挙げています。そこでは、OFDMなどマルチキャリア技術の採用、MIMOなどマルチプルアンテナ、さらにはソフトウェア無線の実装など、様々な技術の採用が取りざたされています。
携帯電話の今後の進化の方向として、こうした4Gへの進化、すなわち通信の高速化や端末のマルチメディア化などを挙げるのが一般的です。しかし私は、こうした高速通信に向けての通信方式の話とは全く別の角度から、ネットワーク構成そのものの変革を期待しています。
ネットワークの形態を表す言葉に、「トポロジー」という単語があります。現在の携帯電話ネットワークは、IP化の進展度合いを問わず、基本的には中央集中型のトポロジー(スター型)を採用しています。これは何かあったときに中央の制御部分や基地局部分がダウンするとネットワーク全体がダウンする…という構成で、ある面で非常時や災害時に弱い構成とも言えます。さらに、こうした中央集中型のネットワーク構成は、「管理しやすい、されやすい」という側面があります。単純に「反民主的」のような言い方をするつもりはありませんが、やはり電話会社にとってだけでなく、政府など国家権力サイドにとっても「利用者を管理しやすい」ことは事実です。極論ですが、どこかの国による侵略を受けた場合、侵略した側は局舎の一部を占拠するだけで簡単に電話網を押さえることができますし、逆に市民による反政府運動などが起きた際に政府が簡単に電話網を止めることもできます。どちらの場合でも、通話・通信内容の管理も容易です。さらに、中央集中型のネットワークでは、制御部分に「システム負荷」が集中します。システムのリソースを分散させることが困難です。ネットワークの規模が大きくなればなるほど、中央の制御部分など、通信インフラ全体を増強する必要があります。
ところで、アマチュア無線に代表される一般の無線機・トランシーバーは違います。通信インフラ無しで、任意の端末同士で自由に通話・通信を行なうことができます。携帯電話というのは、要するに無線機です。中央の制御機能を無視する形で端末同士の自由な通話通信が可能になれば、非常時・災害時にも使え、非常に「民主的な道具」となり得るわけです。携帯電話にも、こうした「端末同士の自由な通信機能」を持たせることができ、さらに「複数の端末を経由しての端末間通信」を実現できれば、ネットワーク事情は根本的に変わります。
つまり私は、携帯電話への「マルチホップ通信機能」の付与、「アドホック・ネットワーク」化…こそが、今後の携帯電話の世界を根本的に変えると期待しています。アドホック・ネットワーク化によって、基地局を不要とし、ネットワークの規模の拡大に伴うシステムリソースの分散が可能になります。また、端末同士が自由に通話できるということは、「本質的な通信の自由」を得ることにつながります。
アドホックネットワークとは…無線LANのようなアクセスポイントを必要としない、無線で接続できる端末(パソコン、PDA、携帯電話など)のみで構成されたネットワークのことである。「無線アドホックネットワーク」、「自立分散型無線ネットワーク」などと呼ばれることもある。
アドホックネットワークでは、広くコンピュータ等の無線接続に用いられているIEEE 802.11x、Bluetoothなどの技術を用いながら多数の端末をアクセスポイントの介在なしに相互に接続する形態(マルチホップ通信)が取られている。
このため、アドホックネットワークでは基地局やアクセスポイントが不要となり、情報機器(端末、センサ、車)をなどを持ち寄ったその場で通信キャリアなどの無線通信インフラなしに無線ネットワークを構築することができたり、直接無線リンクが張れない情報機器間でも他の情報機器がそれを中継することができたり、災害時やイベント会場などでの一時的なネットワーク構築が容易であるなどといった特徴がある。
さて、日本には「本来の意味での技術系ITベンチャー企業」があまり多くありません。いや、あるにあってもソフトバンクや楽天のような「エセITベンチャー」ばかりが脚光を浴び、本質的に革新的な技術を持つベンチャーが注目されにくいし、育ちにくい…という土壌があります。これは、企業を育て、投資すべき経産省など行政側の役人や大手金融機関やベンチャーキャピタルなどに、「技術の優劣や本質がわかる」人間が少ないからでもあります。携帯電話関連のベンチャー企業といえば、昨今はコンテンツ関係やらネット広告関係のところばかりが注目を浴びている状況で、日頃実にバカバカしいと思っている次第です。
余談はともかく、私が以前から注目しているわが国の「本来の意味での技術系ITベンチャー企業」の1つに、「スカイリー・ネットワークス」という会社があります。この会社は、携帯電話の「P2P」「マルチホップ」を実現するための技術を持っており、携帯電話の将来を考える上で、現在最も注目に値する企業の1つです(代表者の梅田英和氏へのインタビュー記事)。
こうした無線通信の「P2P」「マルチホップ」の実験が、過去に行なわれたことがあります。
数年前に旧知の関西学院大学総合政策学部の中野幸紀先生とお会いした時、学生らとともにIEEE802.11Bを使ってのマルチホッピングによるネットワーク構築実験を行なっている話を伺いました。また、昨年行なわれた愛知万博の会場で、京セラやKDDI(au)慶應義塾大学、名古屋工業大学、そして上述したスカイリー・ネットワークスなどが参加して、マルチホップ通信実験を行なっていますhttp://www.kccs.co.jp/news/topics/050610.html。
これらの実験の成果やその後の展開について注目していますし。またこうした試みは今後もぜひ続けて欲しいと思います。
いずれにしても、個人的に小学生の頃から「無線通信」が大好きな私は、携帯電話の将来については非常に興味を持って見守っています。4GだのWiMAXだの、大手企業や大手キャリアの携帯電話市場における市場獲得・主導権争いばかり見ているのは面白くありません。携帯電話には、もっと本質的な発展や変革を強く期待する次第です。
それにしても、石原産業というのは何とも不気味な企業です。光触媒など機能材料に使われる酸化チタンのトップ企業ではありますが、収益の中心は農薬事業です。60年代にあれほどの問題を起こしながら、フェロシルト問題では平然と同じことを繰り返しています。
ヒ素、鉛、カドミウム、六価クロムに加えてウランやトリウムが含まれ、さらにフッ素まで発生するという「超有害産業廃棄物」そのものと言える「フェロシルト」が、なぜ三重県からリサイクル製品(土壌改良剤、埋め戻し材)の認定を受けることができたのか? 平成17年に愛知県、岐阜県、京都府などから撤去命令を受けながら、いずれも曖昧なままで今に至るまで放置されているのか?…なんとも不思議な話です。自治体や行政との黒い癒着を疑うのは私だけでないでしょう。まあ、60年代の硫酸の不法垂れ流しを握りつぶそうとしたのが当時の内閣、通産省、そして検察庁だった経緯を考えれば、自治体どころか国家レベルで行政との癒着があることを思わせます。
こうしたモラルのかけらもない反社会的な企業が、国や行政の手厚い保護の下でのうのうと営業し続けていられるのは、やはり大正時代に遡る設立の経緯と、その後の軍部との深い関係など、過去の歴史が背景にあると見るべきでしょう。
石原産業は、石原廣一郎(広一郎)によって、マレー半島ジョホール州スリメダン鉄鉱山の開発のために大正9年に合資会社南洋鉱業公司として設立されました。設立時から、当時の軍部のアジア侵略に密着して中国や東南アジアの各地から、略奪的に鉱物資源を日本に運びこんでいました。いや軍部に密着して…というよりも、軍が実権を持つ国家によって日本の南方支配を実現するという「南進論」の第一人者として軍の一部を扇動した黒幕的存在でもありました。満州事変期前後からは右翼国家改造運動のスポンサー、リーダーとして活動し、二・二六事件では青年将校たちに資金を提供、事件後には逮捕・起訴されています。経済活動面では、「石原産業海運合資会社」、のちに「南洋海運」を興し、スリメダン鉄鉱山を足がかりにフィリピンや中国海南島にも進出、さらには四日市市に戦後に続く工場を建設。そして、マレー半島とジャワ島、スマトラ島の定期航路を開きました。石原産業は、太平洋戦争終戦にまでに1000万tに達する鉄鉱石を日本に向けて積み出し、軍部に対する大きな影響力を持ち続けるとともに、石原産業も石原廣一郎自身も莫大な資産を築きました。
戦後はA級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に拘禁されています。1949年に公職追放処分を解除され、石原産業社長に復帰しました。
この石原廣一郎の戦前の活動について、「自社の利益を追求したのではなく日本国家の利益のために働いた」と、彼の業績を高く評価する向きもあります。しかし、彼が本当にそんな高潔な人物であったとすれば、彼自身が経営に携わった戦後の石原産業による60年代の硫酸垂れ流しや近年のフェロシルト投棄など、懲りもしないで続けられる反社会的な企業活動の説明はつきません。
いずれにしても、現代の石原産業と国家権力との不気味な癒着の真相は、闇の中ということでしょう。
現在、イラクにおける米軍の治安維持活動は崩壊の危機に瀕しています。米兵の死者は2003年の侵攻以来2700人を超え、最近では月間死者数が100人ペースに達しています。ワシントンポスト紙の世論調査では、ブッシュ政権のイラク政策に否定的な回答は64%に達し、51%が駐留米軍の削減、37%が即時撤退を求めている…とのこと。米中間選挙を2週間後に控えてブッシュ政権はイラク政策推進のため使ってきたスローガン「ステイ・ザ・コース(この道を最後まで突き進む)」を急きょ取り下げることになりました。イラクは既に、かつてのベトナムと同じ「泥沼」となっています。
いまさらあらためて書くほどのことでもありませんが、現在のアメリカで自ら希望してイラクに向かう州兵や、戦場での準軍事業務への就労を志望する民間人の大半がマイノリティで貧困層です。志願兵制度を採る米軍のリクルート活動では、貧困層をターゲットに「退役後は大学に進学できる」「病気の家族の医療費を軽減できる」「劣悪な環境から脱出できる」等々の言葉で呼びかけています。学歴社会のアメリカでは、大学卒業資格を持たない層の大半は、一生時給5ドル程度の仕事に就くケースが多いので、大学進学のための学費支給は魅力的な条件です。ただ、退役後に大学に進学できるのは全体のうち35パーセント、そして高額な授業料を払い続けて卒業できるのは15パーセントに過ぎません。さらに、命がけで戦う一般兵士の給料は年間2万ドル以下で、たいした貯金が出来るわけではありません。結局は、戦場で命をかけて戦っても、貧困層から這い上がるのは非常に難しいということです。
また、戦場での準軍事業務を請け負う民間企業への就労者もひどいものです。兵士と同等の危険に晒される彼らの大半が、いわゆる「失業者」なのです。
現在アメリカには、3700万人の貧困層(貧困層の規準は家族構成数によって異なるが家族3人の場合、年収14,680ドル:161.5万円未満の層を指す)がいます。人種別に見ると、黒人人口の24%、ヒスパニック人口の22%、白人人口の8%が貧困層に属しています。わずか1%の人口が、国全体の富の42%を所有するのがアメリカという国です。
これがアメリカの現実です。政治家はむろん、富裕層や高学歴層は、リビングでくつろぎながら、TVニュースでイラク戦争を体験しているのです。ましてや政府高官とその家族は、原則として戦場に出ることはありません。稀に政府高官の家族が職業軍人となり戦場に出るケースもありますが、その場合は危険な最前線に出ることはまずありません。あの戦争を煽るブッシュ自身も、ベトナム戦争の徴兵逃れのために下院議員だった父親の影響力を使ってテキサス州空軍に入隊、きちんと兵役を務めていない…という疑惑がありました。まあ、徴兵忌避を行ったわけではないにせよ、最前線へ行くことを逃れたことは事実です。
エスタブリッシュメントや富裕層はけっして戦場に出ない…というのは、何も現代のアメリカに限った話ではなく、「ノブレスオブリージュ」なる概念が事実上消滅した近代以降、世界中のあらゆる戦争で見られることです。むろん、わが国である日本も例外ではありません。
明治の近代軍隊創設期から既に、軍隊に入隊するのは貧しい農家の次男や三男などが多かったことはよく知られています。明治5年に布告された徴兵の詔・徴兵告諭から始まったわが国の徴兵制ですが、そこでは一家の主人や、代人料270円を払える富裕層は免役となる制度などが設置されました。これによって、主に貧農の二男、三男が兵役の負担にさらされることになったわけです。
当時の状況について、面白い話があります。世界で「脚気」の原因を最初に突き止めたのは海軍軍医の高木兼寛(慈恵医大創始者)ですが、彼は脚気防止のため明治陸海軍の主食を、白米をやめて麦飯にすることを提案しました。しかし麦飯を採用したのは海軍だけで、陸軍は採用しませんでした。その結果、日露戦争では陸軍では約25万人が脚気を発症し、脚気による病死者は約2万7800人に至りました。日露戦争の戦死者は約4万7000人で、なおかつ戦死者中にも脚気患者が多数いると推定され、結果として日露戦争では「戦闘による負傷等による死者よりも脚気による死者のほうが多い」…という事態になりました。一方で高木の提案を採用して兵員に麦飯を支給していた海軍では、脚気は軽症患者が少数発生したのみで死者はありません。
陸軍が麦飯食を採用しなかったのは、当時の陸軍軍医、森林太郎(森鴎外)の反対もさることながら、先に述べた「貧しい農家の二男や三男などが多かったこと」に最大の理由があります。入隊前には食うや食わずの極貧生活を送っていた彼らの最大の入隊理由が、「軍隊に入れば白米を腹いっぱい食べられる」だったからです。「貧困層が食べるために軍隊に入る」…というのは、考えてみれば現代のアメリカと同じです。
昭和2年の兵役法以降は、富裕層の徴兵免除はなくなったはずですが、国家総動員体制に入った日中戦争や太平洋戦争期ですらも、エスタブリッシュメントや富裕層は戦場に行かずに済みました。高級官僚や財閥系企業のトップクラスなどは、大半が徴兵を逃れています。それだけでなく、市井の金持ちや有力者連中も徴兵逃れを行いました。軍隊にとられる仕組みは、徴兵検査の合格者名簿から、「連隊区司令部」という役所が召集令状を出すのですが、当時、連隊区司令部に対して金品を贈り、名簿から自分の名前を削らせたり、悪い病名を書かせたりした人がたくさんいた、という記録があります。お金持ちやその役所の役人と親しい有力者は、徴兵を忌避する手段を持っていたわけです。
さて、冒頭のケリー議員の「一生懸命勉強しないとイラクへ行って苦労する」…発言に戻りますが、これを日本に置き換えてみると、こんな発言になるでしょう。「一生懸命勉強しなさい、勉強しないと自衛隊に入ってイラクなどの戦場に行くことになりますよ」…。もし、現代の日本で、国会議員や学校の教師がこんな発言をしたら、それはもう大変な騒ぎになるはずです。ただ、本音の部分ではどうでしょう。そして、現実はどうでしょう。
自衛隊員の所得平均については知りません。学歴構成についても詳しい情報はありません。ただ、日本の場合は公務員給与の水準が高いので、民間企業の給与と較べて、自衛隊の給与がそれほど低いわけではありません。また、大学進学率が50%近い日本では、大学卒業者の社会的価値はアメリカほど高くありません。最近では、就職氷河期を境に、大卒者の自衛隊入隊率がかなり上がった…という現実もあります。しかし、官公庁のキャリア組や医師、司法試験合格などを狙っている学歴最上位層の多くは、確実に「自衛隊に入るような人間は落ちこぼれ」と考えているはずです(キャリアの防衛庁組、防衛大学、防衛医大等卒業者を除いて…)。東・京大進学率や国公立大学医学部進学率を誇るような超一流進学校では、「自衛隊に入って戦場に行くような人間にはならないような教育」が行なわれているのが現状です。また、子供をそうしたコースに乗せたいと考えて教育費を注ぎ込んでいる富裕な家庭では、家庭内でケリー議員の言葉と同じような会話が行なわれているかもしれません。
結局のところ、戦争を賛美し、若者を戦場に送り出そうとする人間の大半は、自分自身や身近な人間を戦場に送らなくてもよい人間たちです。ケリー議員の発言は、あらためてそうした現実を浮き彫りにしました。
]]>まず「いじめ問題」ですが、マスコミの報道を見ていると、責任逃れに終始していじめを認めない学校側や教育委員会の対応に対する非難ばかりが集中しています。でもいじめに関して、最も責任を取るべきなのは、誰がどう考えても「いじめた側の人間」です。「教育現場の責任」なんてものは、「本人の責任」、「家庭の責任」の次にくるべきものです。この点を、もっときちんと報道すベきです。相手を死に至らしめるまでいじめた人間こそが、まずもって速やかに責任を問われるべきです。年齢によっては、保護者の責任も問われなければなりません。私は、実名を公表しろとは言いませんが、少なくとも暴力行為があれば即、暴行・傷害の罪に問うべきでしょう。言葉によるいじめであっても、犯罪として立件可能であるることは言うまでもありません。ともかく、「いじめは犯罪」であることを、教育現場は明確にわきまえるべきです。そして、学校や家庭が、刑事責任・損害賠償責任を回避する目的で虚偽申告を行うこと、それもまた犯罪であることを明確にする必要があります。
履修単位不足問題も、「責任の所在」議論がおかしいのは同じです。学校の責任だけでなく、文科省や教育委員会の責任も問われています。そしてこの履修単位不足問題では、ともかく「生徒が被害者」ということになっています。進学率向上を目的に履修科目を減らした学校や、それを黙認した形跡がある教育委員会に責任があるのは当然ですが、本当に履修単位不足の生徒達は「単なる被害者」に過ぎないのでしょうか? 大学入試に都合がよいだけのカリキュラムを黙って(喜んで)受け入れた生徒達には、何の責任もないのでしょうか?
自分たちは被害者…と憤る生徒たちを見ていると、「ちょっとおかしい」とも感じます。彼らが自らを被害者と感じるのは、「受験も近いこの時期に補習授業を受けなければならないから」であって、「高校がちゃんと所定の科目を教えなかったから」ではありません。つまり、高校生たちは多くの場合、本来受ける権利があるはずの授業を受けられなかったことに対して憤っているわけではない…のです。
さらにTVを見ていたら「自分たちはちゃんと所定の科目を履修しているのに、50時間しか補習しないでも済むのは不公平」だ…と憤っている高校生がいました。これもヘンです。自分たちは「苦労した」が、彼らは「楽をした」と言っているわけです。本来なら、全科目を履修できた自分たちは幸運であり、受けられなかった生徒を「気の毒」と思うべきでしょう。自分は、ちゃんと教養を身に付ける機会を得ることができたのですから。
考えて見れば、高校生にもなれば、自分たちが「何のためにどんな科目を履修しているか」「何のために学ぶか」については、強い自覚があって然るべきです。例えば「世界史の時間に日本史を履修されられた」のであれば、真っ先に生徒自身が抗議すべきことであり、それを「入試への利便性を図ってくれる」と感じる方がヘンなんです。自らが「楽をする」ために履修不足を見過ごした生徒達自身にも、大きな責任があります。18歳にもなって、何を甘えたことを言っているのでしょう。
誤解しないで頂きたいのですが、私は「生徒には学校側のカリキュラムが適法であるかどうかを調べる責任がある」…と言っているのではありません。それは無理ではないにせよ、さすがに酷な話です。私は、「生徒には自ら何を学ぶか判断する責任があるのではないか」…と言っているのです。
いずれにしても「補習の上限50時間以内」なんて、こんなことで決着をつけるのは間違っています。履修単位不足の生徒全員に、正規の授業時間に相当する補習を義務付けるべきです。また、高校の履修単位不足で入学した大学生は、大学に在籍しながら高校での補習を受けるべきです。履修単位不足のまま既に大学を卒業した社会人は、いったん高校・大学の卒業資格を取り消した上で、正規の授業時間に相当する補習を受けた上で、改めて高校・大学の卒業資格を付与すべきです。
そういえば、履修単位不足が発覚して自殺した校長がいました。あえて死者に鞭を打ちますが、もしこの自殺の理由が履修単位不足の発覚にあるのなら、自殺するなどというのは甚だ無責任であって、教育者、しかも校長という教育現場で指導的立場にある人間の行動としては、到底容認することはできません。若者の自殺が相次ぐ中で、教育現場では「人生で壁にぶつかったら死を選ぶのではなく、粘り強く解決法を探して強く生きるべき」と教えなければならないはず。校長が自殺などすれば、安易に死を選ぶことを肯定しているようなものです。
日本の携帯電話会社各社は、世界市場に眼を向けず、日本国内という非常に狭い市場での争いに終始しています。
あらためて言うまでもなく、日本の携帯電話(2G)はPDCという世界的に見て互換性のない方式でスタートし(独自方式採用には当時の郵政省の意向が強く働いた)、その後3Gの時代になってもW-CDMAという互換性が低い方式を採用しました。W-CDMA方式のFOMAは、スタート時点では3GGPによる互換性の保証がなかったという経緯があります(現在はGSM等と一定の互換性を確保)。ともかく、GSM中心の世界の携帯電話市場の中で、まさに「孤立している」のが日本です。
日本の携帯電話の加入者は既に9000万を超えています。2005年時点のデータでは、日本は世界の携帯電話市場の13%を占めていますが、端末の人口普及率が70%を大きく超えた日本は、欧州と同じく低成長時代に入っています。現在の13%という世界市場シェアは、今後人口が多い中国やインド、インドネシア、ブラジルなどの人口が多い諸国の普及率が高まるとともに、大きく下がってくることは間違いありません。中国の携帯電話普及率は約30%、インドは10%以下で、今後高い成長率が続くことが予想されています。例えばインドについては、2005年で約7500万の加入者となっていますが、これは2004年と比較して約50%の増加です。2010年には加入者が2億5000万人を超えると予想されていますが、これでもまだ携帯電話の普及率は人口全体の20%強に過ぎません。このインドや中国の人口と普及率の推移を見ていると、数年後に世界の携帯電話市場における日本市場のウェイトは数%以下に下がることは確実です。
日本の端末メーカーも、世界市場に目が向いていないのは同じです。国内市場ではシャープがトップで、松下、NECが後を追う構図となっていますが、2005年の世界における携帯電話販売台数は約8億台で、メーカー別シェアはトップのノキアが32.5%、2位はモトローラで17.7%、次いでサムスンが12.7%、以下、LG(6.7%)、ソニー・エリクソン(6.3%)、シーメンス(3.5%:現在は台湾のBenQが買収)が続くという状況です。日本メーカーの世界市場でのシェアは、パナソニック・モバイルコミュニケーションズが8位、NECが9位、三洋電機が10位ですが、シェアの合計は数%に過ぎません。2006年には、世界の携帯電話販売台数は20%以上伸び、9億6,000万台に達すると予想されていますが、日本メーカーのシェアはさらに下がる可能性が高いと思います。
ともかく「世界」という視点で見る限り、日本の携帯電話産業はサービス会社も端末メーカーも「取るに足らない」ようなちっぽけなものに感じます。そして、こうした狭い市場だけで競争しているがゆえに、悪名高い「販売奨励金制度」をあらためることができず、「安価な端末と高い通話・通信料金」という悪循環から抜け出すことができません。「キャリアが加入者を囲い込む」ことを前提とした現在のビジネスモデルでは、加入者は自由にキャリアやサービスを選択することができません。こうした日本固有のビジネスモデルの歪みを根本的に是正し、利用者にとって本当に利便性が高く安価な携帯電話サービスを提供するためには、キャリア各社が、携帯電話サービスの「世界標準」に目を向けるしありません。
さて、現在の日本の携帯電話サービスの仕組みの中で、「自由なキャリア選択」「サービスや端末選択の多様化」、そしてその結果必然的に起こるであろう「キャリア間の自由な競争」を妨げている最大の問題は、「SIMロック」です。
「SIMロック解除」の問題に取り組まない限り、日本国内のキャリア間での健全なサービス競争は進まないと思います。そして、日本の携帯電話産業は「携帯電話の世界標準」に本気で向かい合うこともないし、海外での競争にまともに参加することができない状況が今後も続くでしょう。
あらためて説明するまでもないことですが、日本の各キャリアの端末にはSIMカードが採用されていますが、その端末・カードには「SIMロック」が掛けられています。例えば最も普及しているFOMAでは全ての端末にSIMが使われていますが、そのSIMは、同じW-CDMA方式のSBの携帯電話では使えないように、ロックがかかっています。また、同じキャリアの端末であっても、他人から譲ってもらった端末などでは使えません。海外ローミングのためにSIMを交換することは可能ですが、海外での通話時にも、あくまで日本の携帯電話会社が設定した高い通話料金に縛られます。
一方で、例えば世界で最も普及しているGSM方式では、回線契約と携帯電話端末が分離されており、日本のようなキャリア主導の端末販売方法が取られていません。NOKIAなどの端末メーカーがショップチェーンを展開し、携帯電話端末の販売から保守までを手がけています。端末を購入したユーザーは、好みの事業者と加入契約を結び、SIMカードを入手します。これをSIMフリーの端末に挿入することで携帯電話として機能するわけです。SIMカードには、加入契約手続き不要のプリペイドタイプも存在し、ユーザーは端末と通信事業者を自由に選択できます。
こうした販売方法では、携帯電話端末が非常に高価になってしまう…のが欠点と言われています。確かに、現在日本のキャリアが販売店に支払う販売奨励金は、端末1台当たり4万円程度であり、これによって6~7万円はすると言われる高性能最新端末が2万円台で購入できるわけです。しかし、携帯電話加入者の中で、いったい何割ぐらいが、この「高性能最新端末」を必要とするのか、大いに疑問です。携帯電話の利用者の70%ぐらいは、搭載されている機能の半分ぐらいしか使っていないでしょうし、全利用者の30%ぐらいは通話と簡単なメールだけでいい…というユーザーでしょう。実際に私自身がそうですし、こんな私は現在持っている端末機能の1/10も使っていません。端末メーカーは、シンプルな機能の製品から高機能最新製品まで端末のラインアップを多様化することで、シンプル機能のローエンド製品なら販売奨励金なしで1~2万円で販売することは可能なはずです。
まあ、日本がもし世界標準のGSM方式を採用していれば、海外の大手端末メーカーによる量産効果が効いた安価な端末を入手できますし、日本の端末メーカーは世界を相手にビジネスができるため端末の生産量が増え製品単価は下がるでしょうが、この話をいまさらにしてもしょうがないですね。
確かに最新機能端末を使ったコンテンツビジネスも重要かもしれませんが、こうしたビジネスの対象者は、けっして全加入者ではありません。
そして何よりも、SIMを交換するだけでキャリアを変更できれば、キャリア変更のたびに端末を交換する必要がなくなります。こうして自由にキャリアを選択できてこそ、初めてナンバーポータビリティに意味が出てくるように思います。
実際に、私がよく行くGSM圏の中国やタイなどでは、販売奨励金制度はありません。ショップで購入するノキアやサムスンの最新端末は確かに高価ですが、一方でショートメールと通話だけのシンプルな機能の端末も売っており、それらは確実に1万円以下で入手できます。そして、自由にキャリアを選んでSIMの入ったスターターキットを買えば、その日から通話ができます。プリペイド方式のSIMも選択できます。
「SIMロック解除」と一口に言っても、SIMロックについては、ロックの対象範囲によっていくつかのパターンがあります。具体的には、端末ロック(特定の端末のみ使用可能)の他、事業者ロック(特定の事業者のSIMのみ使用可能)、グループロック(特定の事業者グループのSIMのみ使用可能)、カントリーロック(特定の国の事業者のSIMのみ使用可能)…があります。これら全てが解除されるのが理想ですが、ナンバーポータビリティ手続きに伴うキャリア間のセコい争いを見ていると、日本国内ではまず端末ロックと事業者ロックを解除するところから初めて欲しい。そうすることで、少なくとも国内市場での「健全なサービス競争」が始まるはずです。
さて、このSIMロック解除の問題、「通信分野における規制緩和」の流れの中で、水面下では各キャリアともに、真剣に考えざるを得ない状況になりつつあります。しかし、ナンバーポータビリティ手続きに伴う騒動を見ていると、むしろこのSIMロック解除の問題に鈍感なのは、一般加入者・ユーザーの方ではないかという気がします。ナンバーポータビリティに伴う混乱を批判したり、現行キャリア各社の料金体系やサービス内容を比較したりするのもいいのですが、もっと本質的な部分で「日本の携帯電話ユーザが置かれた立場」「日本の携帯電話サービスの特異性」を問題にして欲しいとも思います。
さて、総務省が主催している「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」において、SIMロックの問題が取り上げられています。既に「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方について 新競争促進プログラム2010」という報告書案が公表されてますが、その中の「第6章 その他の検討すべき政策課題」において、以下のようにSIMロック解除の問題が取り上げられています。非常によくまとまっているので、ちょっと長いですが引用しておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現行ビジネスモデルの見直しの必要性
しかし、こうしたビジネスモデルは市場環境が変化する中で見直しを迫られている。その理由として、例えば以下の3点が挙げられる。
第一に、携帯端末市場が成熟化の方向に向かいつつあり、端末の高機能化が相当程度進展した他、携帯電話と無線LANの共用端末が市場に投入される等、従来の携帯市場における垂直統合型のビジネスモデルは閉鎖型モデルから開放型モデルへの転換を余儀なくされている。
第二に、携帯端末市場における国際競争力の問題がある。我が国においては、電気通信事業者が主導する形で端末開発・販売が行われ、高スペックの端末が多数市場に流通している。しかし、国内市場に一定のロットが見込まれてきたためベンダーは経営リソースを国内向けに多く投入したこと、ベンダー主導の開発が行われていないため海外市場のニーズと乖離が起きたこと、海外市場がGSM中心であり十分な競争力が発揮できないこと等により、端末市場は結果的に国内に閉じたものとなり、ベンダーは高い技術力を有しているにもかかわらずグローバルな端末市場において国際競争力を有するに至っていない面がある。
第三に、端末販売における販売奨励金は、端末販売を容易にする面がある一方、当該コストの一部を利用者料金で回収する仕組みを採っているため、頻繁に端末を買い換える利用者とそうでない利用者を比較した場合、前者に対する販売コストの一部も後者が負担する形となっており、利用者間の負担の公平性が担保されていない面がある。
市場活性化に向けた取組みの必要性
端末市場を活性化し、利用者利益の確保を図るとともに、ベンダーの国際競争力の向上を図るためには、市場の成熟化の中で限界が見え始めた現在のビジネスモデルを見直し、市場環境の変化に対応したビジネスモデルを確立することが求められる。
具体的には、例えば以下の2つの方策について検討を行う必要があると考えられる。
(a)販売奨励金の廃止等の検討
まず、販売奨励金の廃止(若しくは販売奨励金を低廉に抑えた別の選択肢をメニューとして加えること)について検討する必要がある。この点、販売奨励金の廃止等は端末価格の上昇を招くという点で、端末販売に与える影響を懸念する向きもある。
各社の公表データによれば、販売奨励金は端末1台あたり概ね4万円弱である。他方、端末買換えサイクルは概ね2年となっている。このため、概算ベースでは販売奨励金は各社のARPU(Average Revenue PerUser)の約1/4を占めていると推測される。
しかし、端末販売に際して利用者料金で当該コストを回収する選択肢に加え、端末販売価格は相対的に高いものの利用者料金による当該コストの回収が少ない選択肢を用意することにより、利用者はそのいずれかを選択することが可能となり、利用者自らによる選択を認めるとともに、利用者間の負担の公平を確保することが可能になることが期待される。
(b)SIMロックの解除の検討
販売奨励金の廃止等の検討に併せて、SIM(Subscriber Identity Module)ロックの解除についても早急に検討を開始すべきである。携帯端末には通常SIMカードが挿入されており、このカードにはユーザ情報が記録されている。機能的にはこのSIMカードは着脱可能であり、別の端末にSIMカードを挿入して、これまでの端末同様に使用することも可能である。
SIMロックと利用者利益
しかし、実際にはこうしたSIMカードの自由な着脱による端末利用はできないよう、通信事業者がSIMロックと呼ばれる制約を課しているのが一般的である。これは、携帯端末の販売に係るコスト等を通話料金で回収するためには当該端末を一定期間使用し続けることが必要であることに起因している。しかし、販売奨励金の場合と同様、必要なコストを電気通信事業者が回収した後においても、当該SIMロックは解除できないのが実態である。
利用者の選択の幅を広げて利便性の向上を図る観点からは、こうしたSIMロックについても、一定の条件下で解除する方向で検討することが適当である。SIMロックについては、その対象範囲に応じて幾つかの類型が存在する。具体的には、端末ロック(特定の端末のみ使用可能)の他、事業者ロック(特定の事業者のSIMのみ使用可能)、グループロック(特定の事業者グループのSIMのみ使用可能)、カントリーロック(特定の国の事業者のSIMのみ使用可能)がある。
SIMロック解除に関連して検討すべき課題
現実にSIMロック解除を行う際には幾つかの問題点も存在しており、例えば、以下の2つの問題点が指摘されている。
第一に、これまでのビジネスモデルにおいては、各携帯事業者が垂直統合型ビジネスモデルを構築する中、各事業者が実装しているISP機能の上にポータルサイトを設けて各種のコンテンツ・アプリケーションを提供している。このコンテンツ等については事業者ごとに記述言語が異なるなどの問題があり、事業者間の相互運用性が確保されていないとの指摘が多い。
しかし、携帯市場におけるビジネスモデルとしてはいわゆる“The internet”に直接接続可能なフルブラウザー機能を搭載した端末が市場に多数投入されており、また前述のとおり、無線LAN機能を搭載した端末も登場している。こうした状況に鑑みれば、従来のビジネスモデルを前提とした通信サービスと端末のバンドル化が唯一の選択肢ではなくなってきているものと考えられる。
第二に、現在の3Gサービスにおいては、W-CDMAとcdma2000という2つの通信方式が採用されている。このため、両方の通信方式に対応するデュアル端末が必要となりSIMロック解除の効果が限定的との指摘もある。他方、例えば事業者ロックを解除することにより、諸外国で見られるように、SIMカードを差し替えることでMVNOのサービスを受けることができるようになるなど、MVNOとそのネットワーク上で事業展開を行うMVNOとの間のSIMロック解除などの措置を講じることも考えられる。
(c)諸外国における動向
SIMロック規制について諸外国における動向を見ると、米国及びEUにおいては特段の規制は存在しない。ただし、EU加盟各国の状況を個別に見ると、フランス(SIMロックは6か月間)、イタリア(同18か月)、デンマーク(同6か月)において、一定期間経過後にSIMロックを解除しなければならないとの規制が適用されている。
なお、英国においては98年にSIMロック規制に関するガイドラインを公表し、通常12か月間経過後のSIMロック解除を義務づけたが、02年、OFCOMは本ガイドラインを撤廃した。これは、SIMロックは利用者が携帯事業者を変更する際に依然として問題であるとの認識を示しつつ、SIMロック規制が利用者利益に与える影響について、より明確に把握することが必要である等の理由を示して当該規制を廃止したものである。
また、販売奨励金については、例えば韓国においては、03年の電気通信事業法改正により禁止した。これは、後発の事業者の場合、販売奨励金の存在が経営を圧迫することとなる等との判断によるものである。なお、3Gについては当該端末の普及を図る観点から、04年、販売奨励金に関する規制を解除している。なお、韓国にはSIMロック規制は存在しない。
その他、フィンランドにおいては、韓国と同様に、2G端末については販売奨励金を禁止しているが、3G端末については、販売奨励金を伴う契約及びそれに伴うSIMロックを最長2年まで認めている。
(d)検討の方向性
以上のとおり、携帯端末市場の活性化に向けては、販売奨励金の廃止等やSIMロックの解除を含めた措置を検討する必要がある。本件は、端末販売後のコスト回収を通信料金で行っているという面において、適正な料金設定が行われているかどうかという料金政策の観点からも検討が必要である。
また、前述のとおり、例えば事業者ロックの解除はMVNOの新規参入を促進する面もあるため、携帯端末市場の競争促進に向けた検討については、これらを総合的に勘案したものであることが望ましい。
ただし、本件は関係当事者である通信事業者や端末ベンダーの事業戦略と密接に関連しているところであり、行政主導で強制力を有する競争ルールを整備することを第一の選択肢とすることは必ずしも適当ではない。このため、先ずは関係当事者の参画も得た形で検討の場を設け、07年夏を目途に結論を得ることが適当である。
なお、各通信事業者が同時期に販売奨励金の回収を予定しない料金メニューを導入するとした場合、当該行為が独占禁止法で禁止する行為に該当するかどうかという議論がある。
しかし、各通信事業者が自主的に販売奨励金の回収を予定しない料金メニューを新たに設けることは料金の多様化につながるものでもあり、直ちに独占禁止法上問題となるものではないという見解が公正取引委員会から示された。
「ナイト・フォール(上・下)」(N・デミル:講談社文庫)
文句なしに面白い、何を読んでも面白いネルソン・デミルの力量には敬服。一番好きな作品は「アップ・カントリー」かな…。本作は「プラムアイランド」と同じくNY市警コーリー刑事が登場。96年7月17日に起きたTWA800便の墜落事故については、非常によく覚えてます。80年代によく訪れ、個人的に馴染み深いニューヨークのロングアイランド沖での出来事で、事故発生当時も人為的な破壊工作の可能性が大きな話題となりました。
「ルシタニアの夜(上・下)」(ロバート・ライス:創元推理文庫)
モンタナ州の片田舎の郵便局で起こった惨殺事件、90年前に投函され配達されなかった3通の手紙、アメリカが第1次大戦に参戦するきっかけになったUボートによる攻撃で沈没した客船ルシタニア号…、なんとなく三題噺のような展開だが、それなりに面白い。ただ「郵政捜査官」なる職業の設定は、作品のモチーフのために無理やり作ったような感が否めない。
「天使と罪の街(上・下)」(M.コナリー:講談社文庫)
「ザ・ポエット」の続編です。マケイレブの死からはじまり、FBI捜査官レイチェルが登場します。文句なしに面白いのですが、「ザ・ポエット」と比較すると、なんとなく物足りません。ま、期待があまりに大き過ぎたってことでしょう。
「血の協会(上・下)」(マイケル・グルーバー:新潮文庫)
「夜の回帰線」に続く、マイアミ警察のジミー・パス刑事を主人公にしたシリーズ2作目。これまた文句なしに面白い。アフリカの少数民族に伝わる呪術を扱った前作もよかったが、オカルト色がちょっと強かった。今回の設定はかなり異色。殺人犯とされた女性が辿った運命は、架空の物語とは言え、妙なリアリティがあります。出だしを読んだとき、その後にこんな展開が待っているとは予想できませんでしたた。アフリカの現状、人種・民族差別など社会問題がうまく散りばめられています。
「大山倍達正伝」(小島一志、塚本佳子:新潮社)
人物を描いたドキュメントとしては類を見ない労作で、面白さも超弩級。極めて個性的、いや個性的なんて言葉では表せないほどユニークな一人の人間の評伝として読んでも面白いが、戦後史、日韓関係史として読んでも面白い。彼が終戦からしばらくの間、建青の民族運動とケンカにあけくれる時期は、時代背景を浮き彫りにします。漫画の空手バカ一代は断片的に読んだ記憶がありますが、あの話はウソ、あの話はホント…的な興味以前に、虚実取り混ぜて伝説の人となった大山倍達とは、何とも魅力ある人物です。大山倍達は、1954年頃には自分の出自を公表していた…というのは知りませんでした。ちょっと重くて大きい本だけど、ぜひ一読をお奨めします。
「硫黄島の星条旗」(ジェイムズ・ブラッドリー/ロン・パワーズ:文春文庫)
栗林中将の戦略・戦術を高く評価し過ぎているように感じます。まあ、硫黄島で戦った海兵隊の勇気を高く評価し、しかもあまりに多い死傷者を正当化するために、敵の戦術を評価せざるを得なかったのでしょう。それにしても、戦争遂行のためには組織的なプロパガンダが必要だってことは、今も昔も変わりません。
「箱崎ジャンクション」(藤沢周:文春文庫)
いやあ、純文学です。茶化さないでまじめに感想を述べれば、実はかなり面白い。1時間もかからず一気に読みました。梁石日の「月はどっちに出ている」とか、映画「タクシードライバー」なんかもそうですが、タクシー運転手の日常というのは、小説や映画にしやすいのかもしれません。もっとも最近タクシーに乗ると、運転手に、不景気のグチ、中途半端な自由化による水揚げの大幅な低下のグチ…ばかりを聞かされてうんざりです。
「犬坊里美の冒険」(島田荘司:光文社新書)
プロットはあいも変わらず島田荘司そのものだけど、好きですよ、犬坊里美のキャラクター。御手洗潔にも吉敷竹史にも飽きたし、このシリーズに期待しましょう。島田荘司も多少、枯れてきたような気がする。
「天下城(上・下)」(佐々木譲:新潮文庫)
まあ、星2つがいいところの暇つぶし小説。ホント、この人の作品は、そこそこ面白い作品と駄作とが混じる。最近はイマイチの作品が多い。ちょっと前に「疾駆する夢」を「プロジェクトXのように安易なストーリー」とけなしたばかりだが、この「天下城」はちょっとマシ。週刊現代の連載時から時々読んでいたけど、「穴太衆」の視点から書いた戦国時代は新鮮かも。
「21世紀のマルクス主義」(佐々木力:講談社学術文庫)
佐々木力って、確か東大でセクハラ事件を起こしましたよね。まあ、それはともかくとして、古典的トロツキストの面目躍如たる本。マルクス主義に新しい光を当てた…とは到底思えませんが、和田春樹よりはマシ。「マルクス主義の誤りはソ連や東西ドイツ、東欧の崩壊で証明された」…的な単純な議論をする人は一度読んでもいい本かも。昨今の環境保全運動とマルクス主義の関係についてなど「なるほど」と思った部分もちょっとあります。
「1968年」(スガ秀実:ちくま新書)
スガ秀実はちょっと年食ってるけど、東浩紀や山形浩生あたりと並んで売れっ子です。で、この本だけど、混沌としていたこの時代の様々な思想潮流を網羅的に見るって、結構大変かもしれません。「ご苦労様」って感じです。クロカンやら大田竜、平岡正明、竹中労など懐かしい名前が並びます。大田竜の「辺境最深部へ退却せよ」は、高校時代に周囲のミニブームの中で私も読みました(内容は忘れた:笑)。あの大田竜が民族主義やら陰謀論の方向へ「行ってしまった」のは、今にして思えば理解できないでもないですね。個人的には、現在に至るまで谷川雁の「工作者宣言」が好きですが…。べ平連運動の内幕やら、それなりに面白く書いてあります。
個人的には、ポスト団塊世代の私にとって1968年はリアルタイムでの体験者ではないです。でも、ベトナム反戦運動、公民権運動の高まり、キング牧師の暗殺、パリの「五月革命」、プラハの春…など、私の世代でもそれなりに影響を受けたことは確か。そういえば「1968 世界が揺れた年」(マーク・カーランスキ:ソニー・マガジンズ)も読みました。
「中東イスラーム民族史」(宮田律:中公新書)
イスラム世界を、アラブ、ペルシャ、トルコの3つの民族に分けて解説しています。これを読むと、あのアケメネス朝ペルシャの末裔たるイランという国の持つ「文化的プライド」がどれほどのものか、よくわかります。アメリカは、イランに手を付けると本当に泥沼に嵌まるでしょう。それにしても、ブッシュへの追従でアザデガン油田の権益を手放した日本政府・役人は本当にバカですね。
「十二世紀ルネサンス」(伊東俊太郎:講談社学術文庫)
「中世の真っ只中、閉ざされた一文化圏であったヨーロッパが、突如として『離陸』を開始する十二世紀。東方からシチリアへ、イベリア半島へ、ギリシア・アラビアの学術がもたらされる。ユークリッド、プトレマイオス、アル=フワーリズミーなどが次々とラテン訳され、飛躍的に充実する西欧の知的基盤。先進的アラビアとの遭遇が生んだ一大転換期を読む」…って、帯のフレーズそのままなんですが、面白い本です。12世紀当時の、イスラム圏とヨーロッパ圏の文化の差は、想像を絶するほど大きかった。ユークリッド幾何学もアリストテレスも知らなかったヨーロッパ人は、ギリシャ語→アラビア語→ラテン語という経路で翻訳されて、はじめて高度なギリシャ文明を知ったわけです。
そういえば、先ごろローマ法王ベネディクト16世が、イスラム教を「邪悪で残酷」と表現した中世ビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したことで、イスラム教徒の怒りを買ったことは記憶に新しいですね。この「十二世紀ルネサンス」を読むと、当時のキリスト教の哲学的レベルの低さでは、イスラムを評価することなど無理だったことがよくわかります。これは以前読んだ本ですが、「アラブから見た十字軍」(アミン・マアルーフ/牟田口義郎・新川雅子訳:ちくま学芸文庫)という非常に面白い本があります。著者はレバノン在住の著名なジャーナリストですが、十字軍の名の下に文明国イスラムに攻め込んだキリスト教徒が、「フランク」と呼ばれ、「人肉喰いの野蛮人」として恐れられた状況が詳しく書いてあります。
「パレスチナとは何か」(エドワード・W・サイード:岩波現代文庫)
スイス人写真家のジャン・モアが撮影したパレスチナ内外での写真に、サイードが随想的な文章を付けただけの本です。文章には、政治的な主張や解説はほとんど含まれません。ページをめくりながら写真によって「パレスチナの原風景」を見ていくだけなんですが、政治的、または地政学的な文脈で語られることが多いパレスチナには、実は「人が住んで日々の生活を営んでいる」という当たり前のことを思い出させてくれます。
「石油の歴史-ロックフェラーから湾岸戦争後の世界まで」(エティエンヌ・ダルモン/ジャン・カリエ著:文庫クセジュ)
書店でふと見つけて読んでみましたが、とても面白い本でした。1859年、アメリカ、ペンシルバニアで始めて商業ベースでの石油掘削が開始されて以降の「石油産業の歴史」が書かれていますが、現代の石油メジャーの成立過程がよくわかります。類書がないだけに、たくさんの人に一読を進めたい本です。
さて、飲酒運転を本気でなくそうとするのなら、まずもって、「日本においては飲酒運転が実質的に認められている」ことを認識するところかスタートしなければならないはずです。
この「日本では飲酒運転は認められている」…というのは、別にここでわざわざ私が言うまでもなく、誰もが「とっくにわかっている」ことです。地方都市の飲み屋街周辺など、検問をやれば絶対に大量の飲酒運転常習者を検挙できる場所では、現実にはほとんど検問などやっていません。駐車場付きの居酒屋が日本中に存在し、それが放置されている現状は、誰もが承知しているるとおりです。まったくもって、こうしたお店が飲酒運転幇助にならないのは不思議です。
さて、以前読んだ「『おろかもの』の正義論」(小林和之著:ちくま新書)という本の中に、こんなことが書かれていたことを思い出します。
「…もし、あらゆる価値観の中で、『人間の生命ほど大切なものはない』というのがもっとも崇高で絶対的な価値だとすれば、年間に交通事故で1万人が死ぬ…という現状に対して手を打つはずだ。例えば自動車の最高速度を物理的に大きく制限すれば交通事故及び事故死は劇的に減るはず。もし、自動車の最高速度が30kmだったら、交通事故死者数は1/10以下になるかもしれない。時速30Kmしか出せない自動車を製造するのは容易だ。しかし、そうすれば交通事故死が劇的に減ることはわかっていても、そんな自動車を製造しようという話にはならない。それは、自動車の最高速が時速30Kmになれば、自動車の持つ利便性や楽しさが大きくスポイルされ、経済的な損失も大きい。つまり、現状の交通事故の死者1万人というのは、車社会の利便性を甘受するためにはある程度の犠牲はやむを得ない…という社会的コンセンサスに基づく『犠牲』的な意味を持つ。要するに『人間の生命ほど大切なものはない』という価値観は絶対的なものではない」…という内容です(記憶を辿って書いたので1字1句同じ内容ではありません)。
もし、飲酒運転について「ぜったいにやってはいけない危険な行動」という社会的なコンセンサスが出来ているのなら、飲酒運転の根絶など容易です。現時点で飲酒運転がなくらないのは、「事故を起こさないのなら多少の飲酒運転は許される」、または「車社会の利便性と経済利益を享受するためには、飲酒運転による多少の犠牲はやむを得ない」…というのが社会的コンセンサスだからでしょう。特に後者の「車社会の利便性と経済利益を享受するためには、飲酒運転による多少の犠牲はやむを得ない」…というコンセンサスは、おそらく経済界や政界の要請も含んだものとなっているはずです。
「ある程度の犠牲を想定した上での利便性追求、効率追及」という部分では、実は速度違反も駐車違反も飲酒運転もまったく同じなのが現状です。
飲酒運転が許容されている理由は、大きく4つほどあると思います。
まず、産業保護や社会・経済の効率性維持の面では、2つの産業に対する「保護」の意図が働いています。
飲酒運転を許容してまで保護されている産業の第1は、言うまでもなく自動車産業です。わが国の自動車関連産業への就労者は500万人を越えています。自動車製造部門だけをとっても、出荷額は43.2兆円、設備投資額は1.2兆円、研究開発費は1.6兆円に達します。関連産業の裾野の広さを考えれば、自動車産業はわが国の経済の命運を左右すると言っても過言ではないほど重要なものです。飲酒運転の厳格な禁止がどの程度自動車の販売台数に反映されるかはわかりませんが、具体的な数字の問題よりも、速度違反や駐車違反の問題も含めて「全般的に交通違反の処分を緩めにする」ことで、「クルマ社会の繁栄」に水を差さないようにしていることは確かでしょう。
飲酒運転を許容してまで保護されている産業の第2は、「飲食業」です。GDPに占める飲酒業の比率がかなり大きいこともありますが、それよりも、目立った産業が少ない地方において飲食業界が景気の良し悪しに与える影響が非常に大きい点が、最大の理由でしょう。かつて高知県が役人の接待を禁止処分にしたところ、飲食店の売上げが大幅に減り高知市の景気が大きく後退したいう話がありました。そのとき、飲食店組合は地域活性化のために知事に接待禁止の緩和を訴えたどうです。こうした地方の飲食業こそが、飲酒運転規制の強化でもっとも大きな影響を受けるからこそ、地域社会のコンセンサスを受けて飲酒運転に対する対応を甘くしています。
次に、飲酒運転を許容する大きな理由として、「地方経済」に対する保護・配慮…という問題があります。都市部と地方の経済的格差が進む中で、地方経済は人口減少による地盤沈下が進んでいます。公共交通機関が発展していない地域におけるコミュニティの崩壊を防ぎ、若い世代の永住を促すためには、クルマ社会を許容するしか方法がなく、そこには「ある程度の飲酒運転には目を瞑る」という配慮が働くのは当然です。こうした「地方」こそが、政権与党の大票田であることも忘れるわけにはいきません。
そして、「飲酒運転の許容」の問題を考えるにあたってこれが最大のポイントとなりますが、「飲酒」という行為自体を許容する国家権力のスタンスについて考える必要があります。明白に「麻薬」の一種である「アルコール」が、「国家の方針として認められている」点について、検証する必要があるはずです。
アルコールは極めて依存性・中毒性の高い「薬物(ドラッグ)」です。こちらを見ればわかるとおり、アルコールはヘロインに匹敵する急性精神毒性、及び身体・精神への依存性を持っています。米国などでは、アルコールは「酒・麻薬類」として、保健衛生問題上ではドラッグと同等に扱われています。1998年フランス国立保健医療研究所が、麻薬の危険度調査で、身体的・精神的依存性、神経への毒性、社会的危険性など各項目について調査したところ、アルコールは非常に危険度が高く、ヘロインやコカインと並び最も危険な薬物…と結論づけました(たばこは幻覚剤や鎮静剤と同じ2番目に危険度の高いグループ、大麻は最も危険性の低いグループ)。だからこそ、日本では交通飲酒検問等により飲酒運転が検挙された場合、後述の酒気帯び運転であって交通事故の発生が無い場合には、飲酒運転罪のみで逮捕されることは少ないのですが、米国をはじめいくつかの国では、身体能力に影響する物質として、酒類も覚醒剤等の向精神薬と同じ定義とし、「薬物等の影響下での運転」(DUI)として基準を設け、DUIの基準を超えた場合は刑事事件となり、飲酒運転のみでも逮捕・勾留される…わけです。
アルコール依存症というのは立派な精神疾患ですが、要するに「アル中」であるところのアルコール依存症患者の数は全国で440万人(久里浜式アルコール症スクリーニングテストによるもの)も存在し、精神疾患の中でも罹患率が高く危険なものです。要するに、酒はドラッグ以外のなにものでもありません。
アルコールはまた、犯罪を引き起こす大きな原因となっていまず。飲酒運転による交通事故に限らず、酩酊しての傷害事件・殺人事件など、毎年かなりの数の事件が飲酒によって引き起こされています。飲酒は、傷害や殺人などの犯罪事件の約25%に関与している…という非公式な統計もあります。また厚生労働省の「成人の飲酒実態と関連問題の予防に関する研究」(2004年)によれば、暴言・暴力・からまれる・強要・セクハラなど、飲酒に関係したなんらかの問題行動の被害を受けた者の割合は、男性の31.3%、女性の26.3%で、合計28.7%にのぼり、「成人で飲酒問題被害にあった者」は3040万人と推定されています。うち、「被害の経験が被害者のその後の生き方や考え方になんらかの影響を与えた」と回答した者は、男女合わせて推計1400万人に達するとされています。
こうしてみると、本来は「アルコールの摂取自体を禁止」すべきだと思うのですが、統治・管理システムとしての「国家権力」は、「統治下の国民のガス抜き」のために、最低限の「麻薬類」の利用を認める意向を持っており、それが「酒」ということになるわけです。仮に飲酒規制を強め過ぎれば、飲酒行動が地下に潜ることは、禁酒法やイスラム国家の実情で証明済み。結局は、鮭ぐらいは一定の管理下で認めた方がよい…というのが国家の意思ということです。
飲酒運転をなくすにはどうしたらよいか、考えてみましょう。むろん、飲酒運転をしない…というモラルに頼るのではなく、「社会システム上、絶対に飲酒運転はできない」という制度を作る必要があります。
そのためにもっとも簡単な方法は、まずは「飲酒運転で事故を起こしたら厳罰に処す」という形で法改正をするのではなく、「飲酒運転自体を厳罰に処す」ことです。
まずもって呼気検査において「○○mg以上が酒気帯び」などという形で「許容範囲」が存在し、さらにアルコール検知量によって「酒気帯び」と「飲酒」の区分が存在する…ということ自体が「少量の飲酒なら運転を認めている」ということの明白な証左です。現状の「酒気帯び運転(0.15mg以上0.25mg未満)の減点が6点」なんて、飲酒運転の危険性を考えれば、バカバカしくて笑っちゃうような甘い処罰です。
本気で飲酒運転をなくそうというのであれば、飲酒運転の違反処分の構成要件を、例え0.001mgであろうと「現行の検知器の検知可能限界値」のアルコール検出をもってし、その処分内容を「免許取り消し(欠格期間は永久)」…ってことにすればよいのです。要するに、一度でも酒を飲んで運転すれば、それが例えどんな微量であろうとも、永久に運転免許を失う…というシンプルな制度にするのです。こうした制度に変えて数年も経過すれば、運転免許を飲酒運転はほぼ無くなると思われます。この非常にシンプルな対策こそ、「アルコール検知装置付きの乗用車」なんてバカな代物を作るよりも、はるかに効果的な飲酒運転対策であることは確実です
こうした飲酒運転規制の強化に加え、居酒屋やスナックだけでなくファミレス等も含めて、「駐車場を持つ飲食店全てに対して一切の例外を認めずアルコール提供を禁止する」措置もとるべきなのは言うまでもありません。
いったいこう