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ブロードバンドはどこまで必要なのか?


 このサイトは全く個人的な趣味でやっているサイトで、自分の仕事の話を持ち込むつもりは全くありません。しかし、今回は初めて仕事に関係した話を少し書きます。
 話が長くなりそうなので、2日間に分けて掲載します。




■別府湾会議

 たまたま招かれて、ハイパーネットワーク社会研究所が主催する「別府湾会議」というイベントに出席してきました。テーマは「ブロードバンドコミュニティ」で、これは平たく言えば「日本のブロードバンドの現状と将来について語ろう」という趣旨の会議です。1980年代から日本のブロードバンドを政策的に引っ張ってきた公的機関や団体、そして企業を代表する人々、IT関連企業の代表者、そして数多くの学者、現在ブロードバンドを活用している自治体や民間団体、教育機関などの代表者、マスコミ関係者などが出席しました。そして、国際会議ということで海外のブロードバンドの活用事例などを説明するために、海外からのゲストも多数招かれました。
 私には携帯電話ユーザーのコミュニティについて話して欲しいということだったので、「ケータイコミュニティ」という2日目に行われた分科会を中心に発言してきました。そんなわけで、今回は「ブロードバンド」について、少し書いてみたいと思います。
※私がなぜこんな会議で携帯電話について話をするのかについての背景説明は省略します。

■日本のブロードバンドを推進する人々

 今回の会議では、まず大分市内のホテルで行われた1日目の会議において、世界各地、そして日本各地における最先端のブロードバンドの利用状況が報告されました。海外では、スウェーデンのストックホルム市の事例やカナダのケベック州の事例、そして韓国におけるADSLの普及状況と利用状況など。そして国内では、有名な富山県山田村における過疎の地域社会でのインターネット利用状況とブロードバンド利用事例、神戸市や岡山市などにおける行政の試みなど…が報告されました。
 今回の会議に参加して少し驚いたのは、ADSLやCATVレベルの帯域では既にブロードバンドとは呼ばない…ということです。これら500KB〜数MB程度の伝送路は、「ミッドバンド」と呼んでいます。じゃあ、ブロードバンドとは…となると、まあ最低でも10MB以上、基本的には数十〜100MB以上の帯域を持つ伝送路を呼ぶようです。
 報告された各地の利用事例でも、非常に広帯域の光ファイバー網を施設しているケースが多かったですね。
 続いて会議は、湯布院のホテルに会場を移し、最新のブロードバンド利用技術に関するプレゼンが行われました。HDカメラで撮影した高精細画像をインターネットの基幹ラインを使って伝送するインタラクティブなデジタル放送システムなど、まあ惜しげもなく高度なインフラを利用するシステムが紹介されていました。さらに深夜になると、東京大学大学院の河口洋一郎教授による、高度なCG作品などが紹介され、何でも強力なグラフィックスエンジンを使っても1秒のCGを生成するのに丸1日かかるなんて話を聞いていました。いやまったく、どの報告もすごいものです。

■山田村の実験

 過疎の村に一家に一台パソコンを導入したことで有名な富山県の「山田村」についての報告などは、正直言って驚きました。同村では、パソコンと全く縁の無かった人にパソコンを貸与するという一種の「大実験」を行なっているわけですが、現在村民のコミュニケーション手段としていかにパソコンが大きな役割を果たしているかという話と共に、ブロードバンド回線を利用した壮大な実験を行っているとのことでした。驚いたのはそんな話ではありません。
 今回紹介されたのは、山田村全域を三次元データとして持つシステムです。地形かた個々の家屋まで全てを三次元データとして持ち、三次元地図上の任意の場所からの景観を三次元でシミュレートすることができます。個々の住民の家屋も同じように三次元データとなっているので、360度視点を変えた外観表示や、内部構造まで知ることができます。さらにこれだけで終わらせるのではなく、風や太陽熱などの大気データ等も付加することで、完全なバーチャル世界の構築とその属性としての膨大な情報データベースを一体化するとの構想でした。…で、これだけのシステムを山田村内で有効に活用するためには、少なくとも250Mbit/sの回線が欲しい…との話まで出ていました。
 「日本を地方から変革するためには、高度なコミュニケーション・ネットワークが必要」 「地方住民、特に高齢者のデジタルデバイドを解消するためにはインターネットコミュニケーション技術の粋をつぎ込む必要がある」…といった意見もありました。
 確かに、インターネットというのは「物理的な移動に伴う距離のハンディ」や「情報発信における地域格差」を解消するためには決定的な役割を果たします。でもちょっと待ってください。日本全国隅々まで250Mbit/sクラスのブロードバンド網を整備することが、本当に必要なのでしょうか?
250Mbit/sという数値があまりにも大き過ぎて何となく現実感がないと感じます。
 というのも、今のところ東京に住んでいてさえ、一般的なユーザが施設可能なアクセスラインはADSLの8MBです。有線ブロードバンドなどの高速サービスもありますが、サービス地域はごく限られています。それどころか、8MBすら引けないユーザが東京の人口の90%近くに達するでしょう。さらに、その8MBのADSLだって、スループットの速度は2MB程度という例が大半です。これでは250MBなどと言われても実感が沸きません。

■ちょっと違和感

 山田村の事例だけではありません。会議で紹介された国内のブロードバンド活用事例は、どれもある意味では「湯水のように回線リソースを使うものもの」という感じを受けました。同じように、会議で紹介された多くのブロードバンド活用技術も、私たち「普通のインターネットユーザ」が個人的なコンテンツ発信に使えるものではありません。
 また会議においては、「ブロードバンドコンテンツビジネスのビジネスモデル」や、「ブロードバンドを市民が有効に使えるシステムの可能性」などが話し合われました。しかし私は、Webコンテンツというのは「与えられるもの」ではなく「自分で作るもの」「個人が情報発信するもの」だと考えています。個人の情報発信に使えるからこそ、インターネットは「メディア」としての存在意味があると考えています。今回の会議で議論された話の多くは、「組織の力やお金の面で相当なリソースをつぎ込んで作るインフラやコンテンツ」の話です。メディアとしてのインターネットの発展形態を見ると、こうした「上からのコンテンツ」は、受け手に対して情報を取捨選択できるだけの能力と自立心を要求するものでしょう。現時点で日本のインターネットユーザは、湯水のように送られてくる「上からのコンテンツ」を取捨選択できるほど成熟しているのでしょうか?

 勘違いしないで頂きたいのですが、私はブロードバンド化を否定するつもりは毛頭ありません。私自身が、インターネットの広帯域化の恩恵を受けていますし、300bpsのテレフォンカプラやモデムを遣っていた時代を経験しているので、現在の広帯域化の流れには満足しています。ADSLだって1.6MBよりは8MBの方がいいに決まっています。100MBになれば、そりゃ個人的にはうれしい話です。
 また、IT立国が成功しているフィンランドの例などを見ても、国が基幹インフラを整備することで、産業構造の変革が急速に進むケースがあることは事実です。そして、日本にも、インターネット基幹インフラの整備が必要であることは否定しません。

■コンテンツを作るスキル

 個人情報の発信というレベルでインターネットを考えると、一般的なユーザの多くは100MBを活かしきるだけのコンテンツ制作技術もスキルも持ちません。そして、あまりにも高価なシステムや高度なノウハウを必要とする技術は、ちょっと引いてしまいます。むろん社会的な視点でみれば、こういった高度なインターネット技術を開発していくことが必要なことであり、それがいずれは個人のレベルに降りてくるのも十分に理解しています。しかし、私は「今の自分でも使える」技術が欲しいのです。
 国内の全てのアクセス回線(ラスト1マイル)が100MBになれば、例えばDVカメラで撮影した動画を帯域を気にせずにそのままサイトで公開できるでしょう。でも、その結果、「子供の運動会で撮影したDV動画」がWeb上にあふれるのは勘弁して欲しいのです。広帯域=高画質の画像でコンテンツを作るとなると、それなりにスキルが必要です。ここで言うスキルとは、画像を編集するスキルのようなものではなく、クリエイティブな映像を作り出すスキルです。そんなものが、日本の一般的な市民の中に定着しているとは思えません。
 また、サーバースペースはどうするのでしょうか。100MBの回線を必要とするようなコンテンツを大量に置いておくサーバースペースは、気が遠くなるほど膨大なものです。誰もが数十GB、いや数百GB単位のサーバースペースを持てる日は、そんなに早く来るのでしょうか?


…以下「その2」へ続く